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春霞
春霞
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「……久しぶりだね。……いや、そうでもないかな」
……うん、久しぶりでもないよね。実際はたったの数日だし。すると、クスリと少し可笑しそうな笑い声が届く。そして――
(……ほんとは会ってたんだけどね。昨日も、一昨日も――その前の日も。でも、ごめんね? あの姿は見せられなかったの。もうほとんど消えかかってたから)
「……消え、かかってた……? それっていったい、どういう――」
(……今まで、ありがとね湖春。何年もずっと私に逢いに来てくれて――愛してくれて、ほんとにありがとね)
「――っ!!」
突如告げられた、少女からの衝撃の言葉。僕が彼女と初めて会ったのは、ほんの二週間ほど前。他の誰かと間違えているのでは――本来なら、そんなふうに考えるべきところだろう。
だけど、驚きはしたものの困惑はまるでなく。彼女のその言葉に、これ以上ないくらいに心当たりしかなかったから。なので……震える唇をどうにか開き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……君は、桜の樹だったんだね」
少女の正体は、桜の樹――荒唐無稽にもほどがある発言だと自分でも思う。それでも、彼女の言葉からもこれ以外の可能性は脳裏に浮かんでこないし――何より、現実味の欠片もないこんな推測に、どうしてか僕自身、深く納得を抱いてしまっていて。すると、少し間があった後――
(――うん、正解だよ。流石だね湖春。それから……今日は、お別れを言わなきゃ駄目なの)
「………………え」
刹那、心が硬直する。その間にも、霞の向こうからは悲愁を帯びた声で言葉が続く。
彼女の話によると、近々神社が取り壊されることになるという。その際、この桜の樹も処分されてしまう予定とのことで。
と言うのも、ここは十年ほど前から経営難により廃社となっていて。だからこそ、わざわざ数百段もある階段を上がって参拝するような人なんていない――とまでは断言しかねるけど、少なくとも僕は一度も会ったことがない。そういった事情もあり、今までずっと一人で感慨に耽ることが出来たわけでして。
――だけど、そんな荒れ果てた聖域も遂に無くなってしまう。……もちろん、分かっていなかったわけじゃない。いつか、こんな日が来ることを。……だけど、まだ心の準備なんて出来て……いや、きっといつであっても出来るはずなんてな――
(――だから……だからね、湖春。一つだけ……たった一つだけ、約束してほしいの)
「…………やく、そく……?」
すると、鬱々とした僕の思考を遮るように耳に届く少女の声。返答とも言えないような微かな僕の呟きが届いたのか、少し間があった後、彼女は再び言葉を紡ぐ。
(――うん。どうか……どうか、私を忘れないで。私も君のこと、決して忘れないから)
私を忘れないで――そう願う彼女の声は、僕のよく知る穏やかなもので……それでいて、こちらの胸が痛むほど悲哀に満ちていた。そんな彼女に対し、僕は――
「…………分かった」
……そう、応えるしかなかった。そうとしか、応えられなかった。他に……他に、もっと伝えるべきことがあるはずなのに。
それでも、そんな情けない僕の返事に少女は笑ってくれた気がした。そして――
(……ありがと、湖春。最期に、こうして貴方と話せてほんとに良かった。私を見つけてくれて――愛してくれて、ほんとにありがとう。どうか、幸せになってね)
「――っ!! 待って!! 僕はまだ、君に言わなきゃいけないことが――――あ」
必死に叫ぶも言葉は途切れる。卒然、目の前の霞が嘘のように消えていたから。そして視界には、もうすっかり桜の散り終えた小さな樹だけが映っていた。
しばらく呆然としていると、はらりと右肩へ何かが舞い降りる。見ると、それは一片の桜の花弁――きっと最期の、桜の花弁だった。そっと掌に乗せ、じっと見つめる。そして、届かないと知りつつもそっと口を開く。
「……絶対に、忘れないから」
ゆっくりと顔を上げ、今一度じっと見つめる。……だけど、どうしてだろう。もうそこに君はいないはずなのに……まだ、僕の視界には霞がかかったままなんだ。
……うん、久しぶりでもないよね。実際はたったの数日だし。すると、クスリと少し可笑しそうな笑い声が届く。そして――
(……ほんとは会ってたんだけどね。昨日も、一昨日も――その前の日も。でも、ごめんね? あの姿は見せられなかったの。もうほとんど消えかかってたから)
「……消え、かかってた……? それっていったい、どういう――」
(……今まで、ありがとね湖春。何年もずっと私に逢いに来てくれて――愛してくれて、ほんとにありがとね)
「――っ!!」
突如告げられた、少女からの衝撃の言葉。僕が彼女と初めて会ったのは、ほんの二週間ほど前。他の誰かと間違えているのでは――本来なら、そんなふうに考えるべきところだろう。
だけど、驚きはしたものの困惑はまるでなく。彼女のその言葉に、これ以上ないくらいに心当たりしかなかったから。なので……震える唇をどうにか開き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……君は、桜の樹だったんだね」
少女の正体は、桜の樹――荒唐無稽にもほどがある発言だと自分でも思う。それでも、彼女の言葉からもこれ以外の可能性は脳裏に浮かんでこないし――何より、現実味の欠片もないこんな推測に、どうしてか僕自身、深く納得を抱いてしまっていて。すると、少し間があった後――
(――うん、正解だよ。流石だね湖春。それから……今日は、お別れを言わなきゃ駄目なの)
「………………え」
刹那、心が硬直する。その間にも、霞の向こうからは悲愁を帯びた声で言葉が続く。
彼女の話によると、近々神社が取り壊されることになるという。その際、この桜の樹も処分されてしまう予定とのことで。
と言うのも、ここは十年ほど前から経営難により廃社となっていて。だからこそ、わざわざ数百段もある階段を上がって参拝するような人なんていない――とまでは断言しかねるけど、少なくとも僕は一度も会ったことがない。そういった事情もあり、今までずっと一人で感慨に耽ることが出来たわけでして。
――だけど、そんな荒れ果てた聖域も遂に無くなってしまう。……もちろん、分かっていなかったわけじゃない。いつか、こんな日が来ることを。……だけど、まだ心の準備なんて出来て……いや、きっといつであっても出来るはずなんてな――
(――だから……だからね、湖春。一つだけ……たった一つだけ、約束してほしいの)
「…………やく、そく……?」
すると、鬱々とした僕の思考を遮るように耳に届く少女の声。返答とも言えないような微かな僕の呟きが届いたのか、少し間があった後、彼女は再び言葉を紡ぐ。
(――うん。どうか……どうか、私を忘れないで。私も君のこと、決して忘れないから)
私を忘れないで――そう願う彼女の声は、僕のよく知る穏やかなもので……それでいて、こちらの胸が痛むほど悲哀に満ちていた。そんな彼女に対し、僕は――
「…………分かった」
……そう、応えるしかなかった。そうとしか、応えられなかった。他に……他に、もっと伝えるべきことがあるはずなのに。
それでも、そんな情けない僕の返事に少女は笑ってくれた気がした。そして――
(……ありがと、湖春。最期に、こうして貴方と話せてほんとに良かった。私を見つけてくれて――愛してくれて、ほんとにありがとう。どうか、幸せになってね)
「――っ!! 待って!! 僕はまだ、君に言わなきゃいけないことが――――あ」
必死に叫ぶも言葉は途切れる。卒然、目の前の霞が嘘のように消えていたから。そして視界には、もうすっかり桜の散り終えた小さな樹だけが映っていた。
しばらく呆然としていると、はらりと右肩へ何かが舞い降りる。見ると、それは一片の桜の花弁――きっと最期の、桜の花弁だった。そっと掌に乗せ、じっと見つめる。そして、届かないと知りつつもそっと口を開く。
「……絶対に、忘れないから」
ゆっくりと顔を上げ、今一度じっと見つめる。……だけど、どうしてだろう。もうそこに君はいないはずなのに……まだ、僕の視界には霞がかかったままなんだ。
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