噂によると、女性がお嫌いとのことですが――それって、私も含まれていますか?

暦海

文字の大きさ
19 / 30

……それでも、一つ分かることがあるとすれば――

しおりを挟む
『あっ、ごめん。もうちょっと休憩してからの方が良いよね。さっき食べ終わったばかりだし』
『あ、いえそういうことでは……』


 すると、ポカンとする僕に朗らかな笑顔で話す舞衣まいさん。……いえ、そういうことではなく……その、お部屋に行くというのはいったい――

 ……ですが、彼女がそう仰る以上、お断りするわけにもいきません。それは、今しがた丁重にもてなしてくださったからというのもありますが――それ以上に、ここで僕がお断りすることでその話が社長さんの耳に入ろうものなら、万が一にも父に迷惑を掛ける結果となるかもしれないので。


『ほら、どうぞ入って玲里れいりくん』
『……あ、はい』

 その後ほどなく、舞衣さんの案内のもと彼女の部屋へと足を踏み入れる僕。……まあ、今になって驚くこともないのですが……うん、個人宅のお部屋ですよね? どこかの高級ホテルの一室とかでなく。……ただ、それはそれとして――

『……あの、舞衣さん。その……僕は、どこに腰を掛ければ良……あっ、いえ立ったままでも一向に構わないのですが!』
『ふふっ、なんでよ。大切なお客さんを、立たせたままにするわけないじゃん』


 慌てて加えた僕の言葉に、可笑しそうに微笑み答える舞衣さん。……いえ、その、つい確認してしまいましたが、よくよく考えれば他人様のお宅で座ることが前提なんて烏滸おこがましのではないかと思――


『――うん、さっそくだけどそこに入って?』
『…………へっ?』

 舞衣さんの言葉に、ポカンと声を洩らす僕。まあ、今日だけで何度ポカンとしているんだという話ではありますが……ですが、呆気に取られてしまうのも致し方ないかと。と言うのも、彼女が手で示したのは――

『……えっと、舞衣さん。その、僕はどちらへ……』
『ん? もちろん、そこのベッドだよ?』

 そう確認してみるも、あっけらかんとした笑顔で答える舞衣さん。……まあ、ですよね。どれほど視野を広げてみても、彼女の手の先がベッド以外を指しているようには思えませんし。……ですが、あちらに椅子は沢山あるのにどうして――

 ……いや、深く考えることでもないか。ただ、ふかふかな感触の上で話したいと思っただけかもしれないし。 

 そういうわけで、ほどなくベッドへ到着。そして、失礼しますと一礼しゆっくりとベッドへ入っ――

『――っ!?』

 直後、呼吸が止まる。何故なら――卒然、僕の両肩がぐっと掴まれ後ろへ倒されたから。そして、目と鼻の先には、ベッドで仰向けになる僕に覆い被さる舞衣さんの顔が。……えっと、なにが起こったの? なんで、こんな状況ことに――


『……ずっと、ずっとこの時を待ってたの……ねえ、あたしの可愛い可愛い玲里くん?』




『…………えっと、あの、まい、さん……?』

 そう、たどたどしく呟く僕。そして、自分でもはっきりと分かる……声が、抑え難いほどに酷く震えていることが。だって……眼前にある舞衣さんの顔が、さっきまでとまるで違うから。今の彼女は、さながら獲物を見据える狩人ハンターのような――

『……あ、あの、その、しゃちょう、さんは……』

 そう、どうにか声を絞り出し口にする。……うん、分かっている。こんな問いに、きっと意味なんてない。それでも……それでも、何か言わなきゃ――


『――うん、パパなら来ないよ? そもそも、流石に分かってると思うけど、パパが君に用事なんてあるわけないし。――あたしがパパにお願いして、今日ここに君を呼んでもらっただけだよ、玲里くん?』


 舞衣さんの言葉に、口を一文字に結ぶ僕。だけど、今度は驚かなかった。馬鹿な僕でも、流石にここまできたらそういった事情だとは察していたから。……まあ、理由はまるで見当も付かないけど。いったい、何のためにそんな――


『――初めて見た時から、心を奪われた。あぁ、なんて可愛い子なんだろうって』
『――っ!!』


 刹那、背筋が凍る。そう口にする彼女の声に、僕をまじましと見つめる彼女の目に……そっと僕の頬を撫でる彼女の手に、ゾッとするほどの恐怖を覚えたから。


『……あの、その、ぼく、かえり……』

 そう、震える声で呟く。……帰らなきゃ。今すぐ、ここを出なきゃ――


『――ねえ、玲里くん。どうして、君のパパが急に昇進なんて出来たと思う? それも、普通では考えられないレベルの昇進を』
『…………へっ? ……それは、父さんの頑張りを、社長さんが――』
『――ひょっとして、本気でそう思ってる? だとしたら……ふふっ、やっぱり可愛いなぁ玲里くん』


 恐怖に囚われた思考の最中なか、僕の目をじっと見つめたまま尋ねる舞衣さん。目を逸らしつつ覚束ない口調で答えると、何とも愉しそうな声音こえが耳元に届きゾワッとする。

 ……信じたくない。父さんの頑張りを、社長さんが認めてくれて昇進を……そう、信じたい。

 ……それでも、流石に分かる。それは、父さんのあの言葉と照らし合わせても、この推測と何ら矛盾するところはなくて。――果たして、彼女は満面に愉悦の笑みを湛えて告げた。


『――あたしが、パパに言ってあげたのよ。君の無能なパパを、昇進させてあげてほしいって。だから、感謝してね玲里くん?』


 彼女の言葉に、ただただ言葉に詰まる僕。未だ恐怖は僕の全身を巡り、さながら金縛りにでもあったように動かない。……それでも――


『…………ていせい、してください』
『……へっ?』
『……父さんを、無能だと言ったこと……訂正、してください』


 そう、どうにか声を絞り出す。……うん、分かってるよ。僕が、弱くて臆病で情けないことくらい。……それでも、これだけは……これだけは、絶対に言わなきゃいけない。あんなに優しくて、いつも家族のために頑張ってくれてる大好きな父さんを侮辱する発言だけは、絶対に許しちゃいけな――

『――っ!!』

 刹那、呼吸いきが止まる。そんな僕の視界には、先ほどの愉悦を一変させた舞衣さんの顔……そして――


『――ふふっ、勇ましく反抗なんてしちゃって。ほんと可愛いなぁ、玲里くん。でも……あんまり調子に乗らないでね?』


 そんな彼女の言葉に……声に、ブルッと背筋が震える。先ほどの威勢はどこへやら、ほんの僅かな声すらも出ない情けない僕。……いや、威勢なんてたいそうなもの、さっきもなかっ――


『――パパがね、言ってたのよ。なんか、随分と嬉しそうだったんだって、君のパパ。こんな駄目な自分を支えてくれた奥さんと息子さんに、やっと少しずつでも恩返しが出来そうだって、随分と嬉しそうに話していたらしいの。ふふっ、健気よね』

 そんなみっともない思考の最中、何とも愉しそうな笑みで滔々と告げる舞衣さん。……ほんと、父さんらしいな。恩返しだなんて……むしろ、それは僕の台詞で――


『――さて、そんな健気で素敵な君のパパが、あたしのパパのでまた昇進前――ううん、それ以下の地位に下がっちゃったら……さて、どうなっちゃうんだろうね?』


 そう、ありありと愉悦を湛えた笑みで問い掛ける舞衣さん。彼女が何を言わんとしているか、流石に分からないはずもなかった。なので――

『……それで、僕は何をすれば良いのでしょう?』

 そう、じっと目を見て尋ねる。怖いけど……恐ろしいけど、それでも目を逸らさず尋ねる。すると、満足そうに笑う舞衣さん。そして――


『――っ!?』


 刹那、背筋が震える。……いや、背筋だけじゃなく全身が震える。何故なら……卒然、すっと伸びてきた彼女の手が、衣服越しに僕の陰部を掴んだか
ら。


『あれ、何を驚いてるの玲里くん? 女と男がベッドの上で二人きり――となれば、することは一つでしょ?』
『……いや、でも……その……』

 一人身を震わせる僕に、不思議そうに口を傾げ尋ねる舞衣さん。……いや、確かにそうなのだろう。こんな僕とて、全く知らないわけじゃない。

 ……だけど、それはあくまで知識として知っているだけ。当然のこと、実際に経験したことなどただの一度もなく――

 ……だけど、思考は進まない。思考が……身体が動けないでいる間にも、シャツを捲し上げられひ弱な上半身が露わに。その後、ズボンを……下着をさっと下げられ下半身――みっともない陰部までもが露わになって。すると、すぐさま鼻息荒く自身も服を脱ぎ去り一糸纏わぬ姿となる舞衣さん。そして――


『――ほら、お姉さんとキモチイイことしよ?』


 そう、喜悦の笑みで告げる。そんな彼女の手は、僕の陰茎を踊るように弄っていて。一方、僕はこれまで抱いた覚えがないほどの強烈な嫌悪――そして、底知れぬ恐怖の中、朦朧とした意識でどうにか思考を巡らせる。

 ……分からない。どうして、こうなったのか。どうして、彼女はこんなことを……もう、何も分からない。

 ……それでも、一つ分かることがあるとすれば――僕は、彼女の望むままにこの身体を差し出すしかないということで。


 ――この日、この後のことは……もう、ほとんど覚えていない。


 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。

東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」 ──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。 購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。 それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、 いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!? 否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。 気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。 ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ! 最後は笑って、ちょっと泣ける。 #誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。

【完結】人前で話せない陰キャな僕がVtuberを始めた結果、クラスにいる国民的美少女のアイドルにガチ恋されてた件

中島健一
恋愛
織原朔真16歳は人前で話せない。息が詰まり、頭が真っ白になる。そんな悩みを抱えていたある日、妹の織原萌にVチューバーになって喋る練習をしたらどうかと持ち掛けられた。 織原朔真の扮するキャラクター、エドヴァルド・ブレインは次第に人気を博していく。そんな中、チャンネル登録者数が1桁の時から応援してくれていた視聴者が、織原朔真と同じ高校に通う国民的アイドル、椎名町45に属する音咲華多莉だったことに気が付く。 彼女に自分がエドヴァルドだとバレたら落胆させてしまうかもしれない。彼女には勿論、学校の生徒達や視聴者達に自分の正体がバレないよう、Vチューバー活動をするのだが、織原朔真は自分の中に異変を感じる。 ネットの中だけの人格であるエドヴァルドが現実世界にも顔を覗かせ始めたのだ。 学校とアルバイトだけの生活から一変、視聴者や同じVチューバー達との交流、eスポーツを経て変わっていく自分の心情や価値観。 これは織原朔真や彼に関わる者達が成長していく物語である。 カクヨム、小説家になろうにも掲載しております。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

処理中です...