最後の頁で君を待つ

ArcaWorks

文字の大きさ
5 / 10

第五章:扉の番人と空白の地図

しおりを挟む

 書架を出た先、リピカは無言のままニエルを連れて歩いた。

どこまでも続く回廊。壁には色褪せた絵画や、意味の解らない紋章が彫られている。足音だけが反響し、空間の広さを物語っていた。

「ねえ、リピカ」

「なに?」

「この世界には、他にも誰かいたの?」

その問いに、リピカは一度立ち止まった。そしてゆっくりと振り返る。

「かつては、たくさんの人がいたわ。でもね、彼らは皆、それぞれの“終わり”を迎えた」

「消えたってこと?」

「“記録されなかった”の。だから今では、名前も顔も残っていない。存在の輪郭ごと、空白になった」

ニエルはその言葉を噛みしめた。

 忘れることと、存在しなかったことの違い。その恐ろしさに、ひやりと背筋をなぞられる。

ふと、リピカが手を伸ばし、ひとつの重厚な扉を押し開いた。

――中には、地図があった。

ただし、何も書かれてはいない“空白の地図”だった。

細かい線だけが幾重にも走っている。だが、地名も、目印も、何も記されていない。まるで、全てが忘れられた後に残された骨組みのようだった。

「これは……何?」

「この世界の“輪郭”よ。あなたが訪れ、記録し、祈りを込めた場所だけが、この地図に浮かび上がっていく」

「じゃあ……」

「そう。君が歩かなければ、この世界は終わってしまう、“存在しない”まま」

その瞬間、何かが軋むような音が響いた。

部屋の奥、壁際に座していた石像が、ゆっくりと動いたのだ。
それは人の姿をしていたが、顔には仮面をつけ、手には重そうな鍵を持っていた。

「”扉の番人”ね。この世界の“記憶”が封じられた場所に入るには、彼から鍵を受け取らなきゃいけない」

番人はニエルの前に立ち、無言のまま手を差し出してきた。

その掌に触れた瞬間、ニエルの胸の奥に、何かが流れ込んできた。

それは風の音、誰かの歌声、笑い声、涙、夜のざわめき……この世界に確かに存在していた、けれど誰にも覚えられていなかった記憶の断片。

「その鍵は“記憶の証”……失われたものを辿る君だけの鍵」

リピカは静かに言った。

「だけど、見たくないものまで見てしまう。それでも受け取る?」

ニエルは鍵を見つめ、そして、しっかりとそれを握った。

「僕が歩かなきゃ、この世界は誰にも届かず忘れ去られたままだ。だったら……僕が忘れずに、残していくよ」

 そのとき、空白だった地図の一点に、淡い光がともった。

それは彼の祈りが形となった証――存在の証明だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...