最後の頁で君を待つ

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第六章:記憶を食らう霧と封じられた街

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 鍵の重みは、想像以上だった。

ニエルはそれを首から提げ、リピカと共に“地図に記されていない道”を進んでいた。微かに光を帯び始めた地図の一点が、彼らの行く先を示していた。

たどり着いたのは、霧に包まれた街だった。

瓦礫と静寂。建物は崩れ、石畳には苔が這い、どこかの時計塔が針を止めたまま沈黙している。だが、何より異様だったのは、辺り一帯に満ちている“霧”だった。

ニエルは最初の一歩で既に違和感を覚えた。

「……なんだ、ここ……?」

「気を付けて。ここに長く居ると、心が削れていくわ」

リピカは袖の奥から小瓶を取り出す。中には青い光が揺れていた。

「これは“記録された記憶”の砂。これがある間は、霧に呑まれない。でも、時間が限られてる」

「誰の記憶なの?」

「わたしの。昔、ここを通った時の記憶……すでにこの場所には、人の形が残っていなかった」

ニエルは街の奥へと足を進めた。

扉の鍵が、静かに共鳴する。彼の中にある記憶の断片が、霧の中に浮かび上がってくる。

声。

誰かの笑顔。

光る花畑、鐘の音、名前のない祝祭――

だが、それはどれも形を結ぶことなく、消えていく。まるで空気の中に落とされた涙のように。

リピカが言った。

「記録されなかった記憶は、こうして霧に還るの。だから、私たちは残さなくちゃいけない。せめて誰か一人でも、覚えていてくれるように」

「じゃあ、僕はこの街を記憶する。残していくよ」

ニエルは胸元の鍵にそっと触れる。そして、街の中央――ひときわ大きな記憶の濃霧が漂う場所へ向かった。

そこで彼は見た。

街の最後を見届けた一人の少女の影。名もなき人。名もなき日々。

ニエルは膝をつき、霧に手を差し伸べた。
その瞬間、鍵が熱を持ち、彼の意識に“物語”が刻まれる。

――ある日、祝祭の終わりに少女が祈った。

「どうか、この街が誰かに覚えてもらえますように」

その祈りが、ニエルの記憶と結びついた。

霧が晴れていく。

少しだけ、街の輪郭が鮮やかになる。

そして、地図の上にもうひとつ、新たな光点が現れた。

ニエルは深く息を吐いた。

「……覚えたよ。君の祈りは、ちゃんと届いてる」

リピカは彼を見つめ、静かに頷いた。

「その鍵は、ただの道具じゃないわ。記憶を受け取り、記録する“意志”の証。あなたの祈りが、この世界の命脈になる」

霧は消え、街には風が戻っていた。 
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