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第七章:鏡の湖と偽りの自分
しおりを挟む霧に覆われていた街を越えると、地図の光は湖へと向かっていた。
その湖は、まるで空を映す鏡だった。波ひとつ立たず、世界を逆さに映し出している。
ニエルは、その湖面を見つめて息を呑んだ。
「……僕が、いる……?」
そこには、彼とまったく同じ姿をした“もうひとりのニエル”が映っていた。
だが、湖面の中の彼は笑っていなかった。
沈んだ目。唇は何かを言おうとして動き、それが声にはならなかった。
「これは、“投影”よ」
リピカが湖のほとりに立ち、囁くように言った。
「この湖は、来訪者の心を映す鏡。そこに映るものは、真実でもあり、偽りでもある」
「じゃあ……あれは僕の……?」
「そう。君の中にある、もうひとつの“在りえたかもしれない姿”。見てはいけないものを見つめ続けた、もうひとつ
の結末」
ニエルは静かに一歩、湖へ踏み出した。足元に広がる水は冷たく、しかし抵抗はなかった。
やがて、湖面の中の“もうひとりの自分”が動き始める。
「どうして、来たんだ」
声が響く。それは自分の声に似ていて、でもどこか鈍く、乾いていた。
「ここは終わった世界。残る意味なんてない。閉じてしまえば楽になれるのに」
「それでも……僕は、まだ残っていたいんだ」
「誰のために?僕のためか?それとも、君自身も覚えていない誰かのため?」
問いかけは冷たく、鋭かった。
ニエルは答えられなかった。
でも――
「……違うよ」
ようやく声を絞り出す。
「僕は、ただ……好きなんだ。この世界が。誰かの声も、笑顔も、景色も……消えるのが、悲しいから」
湖面の中のニエルは、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと微笑んだ。
そして、湖に沈んでいった。
水面が揺れ、ニエルの足元を包むように静かに広がる。
「君は、選んだのね」
リピカが小さく微笑む。
「自分の弱さも、迷いも、偽りも。それごと受け入れて進む覚悟を」
ニエルは頷いた。
「僕は僕のままで、この世界を記憶していくよ」
湖のほとりに、一輪の白い花が咲いた。
風がそれを撫でるように通り過ぎる。
そして、地図には次の場所――
「終わらない階段」への道が現れていた。
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