最後の頁で君を待つ

ArcaWorks

文字の大きさ
7 / 10

第七章:鏡の湖と偽りの自分

しおりを挟む

 霧に覆われていた街を越えると、地図の光は湖へと向かっていた。
その湖は、まるで空を映す鏡だった。波ひとつ立たず、世界を逆さに映し出している。

ニエルは、その湖面を見つめて息を呑んだ。

「……僕が、いる……?」

そこには、彼とまったく同じ姿をした“もうひとりのニエル”が映っていた。

だが、湖面の中の彼は笑っていなかった。

沈んだ目。唇は何かを言おうとして動き、それが声にはならなかった。

「これは、“投影”よ」

リピカが湖のほとりに立ち、囁くように言った。

「この湖は、来訪者の心を映す鏡。そこに映るものは、真実でもあり、偽りでもある」

「じゃあ……あれは僕の……?」

「そう。君の中にある、もうひとつの“在りえたかもしれない姿”。見てはいけないものを見つめ続けた、もうひとつ
の結末」

ニエルは静かに一歩、湖へ踏み出した。足元に広がる水は冷たく、しかし抵抗はなかった。

やがて、湖面の中の“もうひとりの自分”が動き始める。

「どうして、来たんだ」

声が響く。それは自分の声に似ていて、でもどこか鈍く、乾いていた。

「ここは終わった世界。残る意味なんてない。閉じてしまえば楽になれるのに」

「それでも……僕は、まだ残っていたいんだ」

「誰のために?僕のためか?それとも、君自身も覚えていない誰かのため?」

問いかけは冷たく、鋭かった。

ニエルは答えられなかった。

でも――
「……違うよ」

ようやく声を絞り出す。

「僕は、ただ……好きなんだ。この世界が。誰かの声も、笑顔も、景色も……消えるのが、悲しいから」

湖面の中のニエルは、何も言わなかった。

ただ、ゆっくりと微笑んだ。

そして、湖に沈んでいった。

水面が揺れ、ニエルの足元を包むように静かに広がる。

「君は、選んだのね」

リピカが小さく微笑む。

「自分の弱さも、迷いも、偽りも。それごと受け入れて進む覚悟を」

ニエルは頷いた。

「僕は僕のままで、この世界を記憶していくよ」

湖のほとりに、一輪の白い花が咲いた。

風がそれを撫でるように通り過ぎる。

そして、地図には次の場所――


「終わらない階段」への道が現れていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰の街の灯火と、名もなき英雄

にゃ-さん
ファンタジー
「英雄なんて、もういらない」 滅びかけた異世界〈グレンヘイム〉に転生した青年リオは、過去の記憶と引き換えに“世界の欠片”を託された。荒廃した街、心を失った住人たち、光を信じなくなった国。だが、灰の中でも灯は消えていなかった。 リオは仲間とともに、滅びの真実を探す旅へ出る。 守るためではなく――“誰かをもう一度信じるため”に。 運命に抗う者たちが紡ぐ、再生と希望のファンタジー。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

令嬢失格な私なので

あんど もあ
ファンタジー
貴族の令息令嬢が学ぶ王都学園。 そこのカースト最下位と思われている寮生の中でも、最も令嬢らしからぬディアナ。 しかしその正体は……。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...