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第八章:終わらない階段と見えない空
しおりを挟む湖を後にしたニエルとリピカは、薄暗い森を抜け、辿り着いた。
それは空へと続く、終わりの見えない石の階段だった。
一段一段、苔むしていて、まるで世界から忘れ去られたような静けさが支配している。
「この階段……どこまで続いてるの?」
ニエルは見上げながら尋ねた。
「空のはずだった場所まで。でも、本当の空はもう消えてしまった」
リピカは淡々と答える。
「今見えているのは、“記憶の空”。この世界がかつて知っていた空の幻影よ」
ニエルは息を飲んだ。彼の視界には確かに空があった。けれど、その青さには深みがなく、どこか絵のような平坦さがあった。
「ここまで来たら……登るしか、ないんだよね」
彼は一歩、階段に足をかける。ギシ、と古い木の階段のような音がする。
気が付けば石の階段は木にその様相を変えていた。
リピカも黙ってその後を追う。
沈黙が続く中、ニエルはポツリと呟く。
「リピカ。君は……ずっと一人だったの?」
彼女は歩みを止め、少し考えるように視線を落とした。
「うん。一人。世界を巡って、観測して、記録して。何千、何万の終わりを見てきた。でも、こんなに名を呼ばれたことは、なかったかもしれない」
ニエルは驚いたように彼女を見る。
「名を、呼んじゃいけなかった?」
「いいのよ。でも、名前を呼ばれるって――それだけで、少しずつ私の“形”が揺らいでいくの。私たちは本来、個を持たない存在、記録する者だから」
「……ごめん。でも、もう君はただの記録者じゃないと思う」
ニエルは微笑む。
「だって、君は僕と歩いてる」
リピカは静かに目を閉じた。
「ありがとう、ニエル」
その時だった。
風が吹き、空の幻影が音もなく砕け始めた。
上へ、上へと登り詰めたその先には――何もなかった。
ただ、深い闇と、そこにぽつりと浮かぶ最後の扉。
リピカが立ち止まり、言った。
「この扉を開けば、“この世界”は閉じるわ。もう後戻りはできない。鍵はあなたが持っている」
ニエルは扉に手をかける。
「分かってる。でも――」
カチリと鍵を回し。彼の声はそこで止まった。
リピカが震えていたのだ。
「リピカ?」
「……ごめん。少し、怖くなってしまったの」
ニエルは彼女の手をそっと握った。
「一緒に、行こう」
リピカは頷いた。
そして、扉が開かれる。
最後の旅が、始まろうとしていた。
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