4 / 10
第四章:夢を紡ぐ書架
しおりを挟む翌朝、光がゆっくりと温室の硝子屋根を照らし始めたころ、ニエルは目を覚ました。
眠っていたのは、昨夜リピカに案内された温室の隅だった。草花に囲まれ、少し肌寒い空気の中でも、不思議と安らかに眠れた気がする。
リピカの姿はなかった。
かわりに、古びた木の扉が開いているのが目に留まった。昨日までは気づかなかった場所。だがそこから、微かに本の匂いが漂ってくる。
導かれるように歩み寄ると、そこには――図書館があった。
それは、普通の図書館とは違った。
本棚は螺旋状に並び、天井も床も曖昧なまま続いていた。どこまでが現実で、どこからが幻想なのか。まるで夢の中を歩いているようだった。
ページの音がした。
奥のほうに、リピカがいた。静かに一冊の本を閉じ、こちらを振り返る。
「おはよう、ニエル」
「……ここは?」
「“書架”よ。この世界に存在した、あらゆる記録が保管されている場所。夢や記憶、語られなかった言葉までも、すべて“物語”の形で眠っている」
リピカは手にしていた本を差し出した。
表紙には、見覚えのある名前が書かれていた。
《ニエルの夢》
「……これ、俺の?」
「そう。あなたが見た夢、考えたこと、口に出さなかった願い。それらはすべて記録されているの。この世界の書架には、存在の痕跡が全て残されているのよ」
ニエルはその本を手に取った。
ページをめくると、確かに、自分が子どものころに見た夢が書かれていた。
誰にも話したことのない夢。湖で遊んで、高い塔に登って、そこから空に手を伸ばす夢。名前も知らない花畑で、誰かと笑い合っていた夢。
「なんで、こんな……」
「それがこの世界の仕組み。“観測”と“記憶”で成り立っている。だからこそ、誰かが記憶を忘れてしまえば、その存在ごと、世界から消えていく」
ニエルは目を見開いた。
「じゃあ……ここに残された記録を、誰かが読み返せば……?」
「一時的には、再構築されるわ。でも、記憶が“祈り”に変わらない限り、本当の意味で世界は続かない」
「祈り……?」
「忘れられても、誰かがその存在を信じ、願い続けること。それが、“継続”を生む。記憶とは“祈りの器”でもあるのよ」
リピカは本棚の中から、さらに一冊の本を取り出した。
今度は、何も書かれていない。真っ白な表紙。中のページも空白だった。
「これは?」
「あなたが、これから書く本。選択によって紡がれる物語。未来はまだ、白紙だから」
ニエルはしばらくその本を見つめていた。
そして、ぽつりと呟いた。
「……だったら、僕は“この世界が好きだ”って書くよ」
「ええ。きっと、それが最初の祈りになる」
図書館の奥に、光が差し込んできた。
夢と祈りと記録が、ゆっくりと一つの物語を織り始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
灰の街の灯火と、名もなき英雄
にゃ-さん
ファンタジー
「英雄なんて、もういらない」
滅びかけた異世界〈グレンヘイム〉に転生した青年リオは、過去の記憶と引き換えに“世界の欠片”を託された。荒廃した街、心を失った住人たち、光を信じなくなった国。だが、灰の中でも灯は消えていなかった。
リオは仲間とともに、滅びの真実を探す旅へ出る。
守るためではなく――“誰かをもう一度信じるため”に。
運命に抗う者たちが紡ぐ、再生と希望のファンタジー。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる