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04 お宅訪問!
1 みんな大好き長期休暇
しおりを挟む初めてのキスというものは、レモンの味がするとかんなとか。
でも実際は味なんて意識している暇もなく、過ぎ去ってしまえば一瞬で、なのにその光景は何日経っても頭の中から離れない。
なんなんだろう、この気持ちは。
「アリシェール様?」
――アリス
「アリシェール様、アリシェール様」
ぐらぐらと身体が揺れたところで私ははっとなる。
そうだ、アリシェールは私の名前だ。なんか記憶喪失の人が名前を思い出すワンシーンみたいな独白をしてしまった。
隣を見ればロサリアが心配した様子でこちらを見ていた。
現在、一緒にお昼を食べている最中であります。
「数日前から、なんだか心ここにあらずという様子でしたが……またフェルナン様と、何かあったのですか?」
「いや、フェルナン様は関係ないんだけど……」
悩みの種、というわけでもない。
ただずっと、ハッター先生とのあのキスの意味を考えていたっていうだけで。
「(キスに意味も何も……ごっこなんだし、な)」
引っかかるのは告白もそうだ。
二人きりのときのハッター先生は特に私に好意的だ。けれどそれは、恋人ごっこという約束があるからだ。
ならキスも告白も、全部、演技?
「折角でしたら何か気分転換でもいかがですか? 明日からは二週間ほど学園もお休みですし、どこか一緒に外出でも……はっ、すいません、出過ぎた真似を」
「出過ぎた真似、って何が……?」
「いえ、その……私が知っている行先など、公爵家のアリシェール様が訪れるような場所ではないなと、そう思いまして」
身分差というやつか、ロサリアはそんなことを言う。
そういえば私は公爵令嬢だったわ。いや、今更だけどね。
「別に気にしないよ。でも、一緒に居てロサリアが怪我とかしたら嫌だしなぁ……」
「最近はあまり起きませんけど、ねぇ」
特にここ数日は何も起こってない、彼女はそう続けた。
確かに最近はあまりロサリアと事故を起こしていなかった。ハッター先生が治ると言っていたのは本当で、ちゃんと治りつつあるのだろうか。
「って、そうか、明日から長期休みだっけ」
「はい、そうですよ」
では実家に帰らないといけないのか。すっかり忘れてしまっていた。
「(あ、先生は……やっぱずっと学園にいるのかな)」
引きこもりの先生は長期休み中も学園に残っていそうな気がする。
けれどそうなると先生ともしばらく会えなくなるのか。それは少し、いや、けっこう寂しい、かもしれない。会えなくなるのなら、一応その前に挨拶をしておいた方がいいだろう。
「(放課後会いに行ってみよう)」
……
はぁ、と大きなため息が室内に満ちる。
いつものお茶会用のテーブルには、普段よりも豪華なお茶菓子が揃っている。紅茶もいつもとは違う、とても良い香りがする。絶対にお高いやつだ。
テラス席に降り注ぐ日の光も暖かい。絶好のお茶会日和だ。
だというのに、向かいに座っているハッター先生はずっと浮かない顔をしていた。
「どうしたんですか?」
「……“どうしたんですか”じゃないよ」
不満そうに唇を尖らせている。なんだか先生が幼児みたいになっている。
「明日から二週間もアリスに会えないと思うと……憂鬱すぎる」
「あ、じゃあ先生は学園に残る感じなんですね」
学園の職員も基本的には皆休みだと思うのだが、先生は学園の長なので帰れないのかもしれない。
「家に帰るのも面倒だし……」
「なら休み期間中は学園には入れませんし、次に会えるのは二週間後ですね」
「…………」
むぅ、っと顔をしかめる先生。なんか可愛い。
いやだって、先生は学園長室が家みたいなものだし。そうなるともう学園閉鎖中は会えなくなるのは至極当然なわけです。
「……ねぇアリス、僕の家に興味ない?」
「えっ、もう何年も帰ってないんじゃないんですか?」
「アリスが遊びに来てくれるならちゃんと歓迎するよ」
「いや、でも悪いですよ。手間だし、わざわざそんなことしなくてもいいですって」
そう言って私は紅茶を一口口にする。ほんのりと甘い香りと共に、フルーツっぽい甘さを感じる。これは美味しい。何ていう紅茶だろうか、リピートしたい。
一人和んでいると、目の前の先生はさっきからフリーズしてしまっている。気を遣ったつもりだったのだが、もしかしてあれか、さっきのは来て欲しいとかいうフリだったり。
「ちゃんと、はっきり言うよ」
手が伸びてきて、私の手に重なる。少しだけムキになったような顔をして、先生は口を開いた。
「休みの日も君に会いたいんだ」
手触りの良い黒手袋をした手が、つうっと私の手の甲を撫でる。そして指の間を弄るように指先で突いたあと、するりと指を絡ませながら手が繋がる。すりすりと恋しそうにすり寄ってくる男性らしい長さの指は、簡単に私の手の甲を覆ってしまいそうだ。
うん、いつ見ても先生の手癖はなんか、エロい。
「ね、アリス」
捨てられた子犬のような目で先生は縋ってくる。
つまりは、家を訪ねてきて欲しいと。遊びに来て欲しいと。
そんなもの、友達も彼氏も居なかった私に越えられるハードルでは、
「わかりました、行きましょう」
ないわけでもなかった。
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