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甘夏の香り
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幾年か過ぎた夏。ピアニストを辞めた私は宝物をひとつだけ手に入れている。山場の小さな家に住み、まだ幼い少女のアミンを育てていた。
数ヶ月の兵士期間の恩恵は時々感じる。例えば火起こしが早かったり、山道でも疲れにくかったり、冷たい床でもしっかり眠れる事とか。でもそんなのをいちいち考えて過ごしていない。どれも、そういえば……と、思い出すことぐらいだ。
「ねえねお母さん。お客さんが来たよ」
「お客さん?」
アミンに腕を引かれて玄関に向かう。背の高い影がガラス窓から見えていた。男性の知り合いなんて居ないのに誰だろう。恐る恐る扉を開けるとハッとする。
「フレイン・ルーナ」
彼は軒先で私の名前をしっかりと告げる。
「……どうして」
まさかだった。考えもしなかった。その瞳は見てはいけないと思ってすぐに避けた。まるで不幸を連れて来るかのような冷えた瞳にまた囚われてしまわないように。
セルジオ国からはとうに昔に出た。この地はエシュ神が治める別の国。セルジオとは敵対国になるはずだった。今頃私に何の用があって? セルジオ内部の情報を持った私が敵国にいるのはいただけない……と。
「私を殺しに来たんですか」
対して彼が何か言おうとした。だけどちょうどアミンが私の足元でスカートを握って引き寄せた。
「だぁれ? 怖い人……」
カーテンでかくれんぼする時と同じで、布地に巻き付いて片目だけで様子を伺っている。そうだ。私が死んでもこの子だけは守らなくちゃ。
「大丈夫。怖い人じゃないわ」
そっとアミンを抱き寄せて温もりをあげる。
「そうですよね?」と、今度は彼……マーカス・トワイラーンの方を見上げた。兵士を辞めてからの方が彼の噂は聞いていた。いくら冷酷が似合うといっても、子供相手には優しい顔をしてくれるだろうと試したのもある。
しかしその時、私は息を飲むことになった。
彼が見せたものがあまりにも意外。氷を一瞬で溶かしてしまいそうなほどの暖かい眼差しだったから。
「兵士さんはクッキー好き?」
「そうね。でも食事の後が良いんじゃない?」
「兵士さんは絵本好き?」
「どうかな。兵士さんに聞いてみて?」
キッチンに立つ私の側にいてエプロンを引いてくるアミンだった。
マーカスさんはリビングのソファーに座っている。アミンは彼に対して興味があるけど接し方に慣れていないだけのようだ。
「アミンの好きなお話を兵士さんに教えてあげて」
するとアミンは大きく頷いてから、エプロンから手を離して彼の方へ駆け出して行った。
その間に私は、料理と取り皿を用意してテーブルをセッティングする。何かを心配するよりも先にアミンの笑い声が届いて来ていた。あどけなくて、はしゃいだ子供の笑い声だ。
彼も一緒に笑っているんだろうか。少しの期待を持って壁から覗き見してみる。すると彼は笑ってはいない。子供に翻弄されて困っている様子にも見えた。なんだか微笑ましくなってしまう。
「マーカスさん、お昼ご飯を食べましょう」
私から誘うと彼は静かに立ち上がった。その腕に抱き付いて引っ張るアミン。されるがままで彼はテーブル席に座っている。
アミンの前では話せそうにないことを私はたくさん聞きたかった。ここへ来た理由も。彼の意外な一面さえ見ていなければ食事を勧めることもしなかっただろう。三人で座る席は不思議な心地。
「兵士さん。アミンが切り分けてあげる」
六歳の娘はいつもワガママで甘えん坊だったけど、今日だけはお姉さんになりたがっているみたい。彼のことをおままごとの人形か弟かのように思っている。
だとしたら大きくて無愛想。世界一似合わない人。だから面白くて仕方がないけど堪えていた。
「こら、アミン。マーカスさんは自分で上手に出来るんだから」
「ダメ! 私がしてあげるの!」
私が中央のキッシュ皿を取り上げようとしたら、まさかアミンが上から覆い被さってしまった。
「ちょ、ちょっと嫌だ。服が付いてる!」
お客様に振る舞う料理なのにやめてよと攻防戦になると、私の中で蓋をしていた可笑しさが溢れていた。つい、お客様の前でおどけた笑顔を披露してしまった。アミンはこれが大好きでいつも分かっていて悪さをする。
そこへ「フッ」と微笑の音が二人の間に落とされた。それが私でもアミンも無いならば、親子は同時に彼の方を見た。
「兵士さん笑った?」
子供は素直だ。彼は認めようとはしないだろうけど、真顔をやや下へと向けていたから六歳の子供にだって勘付かれてしまう。
「兵士さん面白い! お皿貸して、大きいのを内緒で切り分けてあげる!」
「も、もう。アミンったら。いくらなんでもそんなに食べられない」
キッシュはおおよそ縦半分にした大きさで盛られた。だけど彼はペロリと平らげてしまった。
「華奢な体格なのに意外とたくさん食べるんですね」
私が驚いていると、彼の真顔がまたやや下へと向いている。
ひと通りの家事をしている間も、アミンの笑い声が絶え間なく聞こえていた。彼とはもうすっかり仲良しになったのか。お人形遊びや、お店屋さんや、冒険ごっこまでずっと遊んでいる。
この土地の天気は大雨と猛暑の変わりばんこ。今日はなんて暑い日だろう。
乾いたシーツに頬ずりすると、農園から運ばれた甘夏の爽やかな匂いが染みついている。アミンの笑い声に呼ばれて顔を上げれば、そこに笑顔の指南を受ける彼がいた。
彼は何をしに来たんだろう。私に会いに来てくれたんだろうか。期待せずにはいられなくなった。だけどダメだ。その反面で彼を失望させたくないという気持ちも同じくらい大きくなっていく。
アミンの父親のことも、私のあれからの人生も。彼に話すときっともうダメになる。
何気なく夕食を三人分作っていた時、ようやくアミンが満足してお家に入ってきた。
「マーカスさんが泊まってくれるって!」
「そ、そうなんだ」
アミンが私に不格好なウインクを送ってくれる。彼にはバレていないと思ってのこと。六歳とは言えども女の子は何かに鋭いらしい。それとも彼から私のことを聞いたのかな。
「大丈夫なんですか?」
私から彼に聞いた。
「同僚には話してあるから問題はない」
「そ、そうですか」
問題は無いかもしれないけど、何かそれ以上の理由が聞けるんじゃないかと、また期待してしまった……。
私は彼のスープを多めによそい、カラトリーはいつも使っているものと違う三セット揃ったものにした。「まるで三人親子ね!」と、子供の気遣いで私と彼はたじたじにもなってしまう。
「ねえ、お母さん。マーカスさんは外国の人だから、夜のお祈りを知らないんじゃない?」
夕食の前にこの国の神様にお祈りを捧げる習慣がある。いつもアミンが号令をかけてくれるから、そう気付いたらしい。
「マーカスさんは良いのよ」
私からアミンに告げるけど、アミンはその理由が知りたかったようだ。
セルジオとエシュは敵対国。……そうだ。こうして同じ席で料理を食べていること自体良くはないんだった。やっぱり今からでも彼には帰ってもらったほうが良いかもしれない。
私の気持ちが決まろうとした時、しかし彼は先に遮った。
「教えてもらえると助かる」
機嫌を損ね気味だったアミンは途端に明るくなる。でも……。
「待って!」
私は声を張った。しんと静かな夕食のテーブル。晴れだった日中から逆転して外では静かな雨が降り出しているようだ。窓に水が当たる音がよく聞こえた。
「……偵察。任務ですか?」
エシュに攻め入るための家庭偵察として、過去に縁のあった私のところへやって来たんじゃないかと疑った。
私たちのことは殺さないにしても、私たちと過ごした時間は彼の殺戮のために使われるんじゃないかと嫌なことを考えた。
彼の冷たい瞳が私を見ている。私も見つめ返していた。
その瞳の中にある本当の理由が確かなものでない限り、私はこのセルジオからやって来た男を信用してはいけないんだ。
数ヶ月の兵士期間の恩恵は時々感じる。例えば火起こしが早かったり、山道でも疲れにくかったり、冷たい床でもしっかり眠れる事とか。でもそんなのをいちいち考えて過ごしていない。どれも、そういえば……と、思い出すことぐらいだ。
「ねえねお母さん。お客さんが来たよ」
「お客さん?」
アミンに腕を引かれて玄関に向かう。背の高い影がガラス窓から見えていた。男性の知り合いなんて居ないのに誰だろう。恐る恐る扉を開けるとハッとする。
「フレイン・ルーナ」
彼は軒先で私の名前をしっかりと告げる。
「……どうして」
まさかだった。考えもしなかった。その瞳は見てはいけないと思ってすぐに避けた。まるで不幸を連れて来るかのような冷えた瞳にまた囚われてしまわないように。
セルジオ国からはとうに昔に出た。この地はエシュ神が治める別の国。セルジオとは敵対国になるはずだった。今頃私に何の用があって? セルジオ内部の情報を持った私が敵国にいるのはいただけない……と。
「私を殺しに来たんですか」
対して彼が何か言おうとした。だけどちょうどアミンが私の足元でスカートを握って引き寄せた。
「だぁれ? 怖い人……」
カーテンでかくれんぼする時と同じで、布地に巻き付いて片目だけで様子を伺っている。そうだ。私が死んでもこの子だけは守らなくちゃ。
「大丈夫。怖い人じゃないわ」
そっとアミンを抱き寄せて温もりをあげる。
「そうですよね?」と、今度は彼……マーカス・トワイラーンの方を見上げた。兵士を辞めてからの方が彼の噂は聞いていた。いくら冷酷が似合うといっても、子供相手には優しい顔をしてくれるだろうと試したのもある。
しかしその時、私は息を飲むことになった。
彼が見せたものがあまりにも意外。氷を一瞬で溶かしてしまいそうなほどの暖かい眼差しだったから。
「兵士さんはクッキー好き?」
「そうね。でも食事の後が良いんじゃない?」
「兵士さんは絵本好き?」
「どうかな。兵士さんに聞いてみて?」
キッチンに立つ私の側にいてエプロンを引いてくるアミンだった。
マーカスさんはリビングのソファーに座っている。アミンは彼に対して興味があるけど接し方に慣れていないだけのようだ。
「アミンの好きなお話を兵士さんに教えてあげて」
するとアミンは大きく頷いてから、エプロンから手を離して彼の方へ駆け出して行った。
その間に私は、料理と取り皿を用意してテーブルをセッティングする。何かを心配するよりも先にアミンの笑い声が届いて来ていた。あどけなくて、はしゃいだ子供の笑い声だ。
彼も一緒に笑っているんだろうか。少しの期待を持って壁から覗き見してみる。すると彼は笑ってはいない。子供に翻弄されて困っている様子にも見えた。なんだか微笑ましくなってしまう。
「マーカスさん、お昼ご飯を食べましょう」
私から誘うと彼は静かに立ち上がった。その腕に抱き付いて引っ張るアミン。されるがままで彼はテーブル席に座っている。
アミンの前では話せそうにないことを私はたくさん聞きたかった。ここへ来た理由も。彼の意外な一面さえ見ていなければ食事を勧めることもしなかっただろう。三人で座る席は不思議な心地。
「兵士さん。アミンが切り分けてあげる」
六歳の娘はいつもワガママで甘えん坊だったけど、今日だけはお姉さんになりたがっているみたい。彼のことをおままごとの人形か弟かのように思っている。
だとしたら大きくて無愛想。世界一似合わない人。だから面白くて仕方がないけど堪えていた。
「こら、アミン。マーカスさんは自分で上手に出来るんだから」
「ダメ! 私がしてあげるの!」
私が中央のキッシュ皿を取り上げようとしたら、まさかアミンが上から覆い被さってしまった。
「ちょ、ちょっと嫌だ。服が付いてる!」
お客様に振る舞う料理なのにやめてよと攻防戦になると、私の中で蓋をしていた可笑しさが溢れていた。つい、お客様の前でおどけた笑顔を披露してしまった。アミンはこれが大好きでいつも分かっていて悪さをする。
そこへ「フッ」と微笑の音が二人の間に落とされた。それが私でもアミンも無いならば、親子は同時に彼の方を見た。
「兵士さん笑った?」
子供は素直だ。彼は認めようとはしないだろうけど、真顔をやや下へと向けていたから六歳の子供にだって勘付かれてしまう。
「兵士さん面白い! お皿貸して、大きいのを内緒で切り分けてあげる!」
「も、もう。アミンったら。いくらなんでもそんなに食べられない」
キッシュはおおよそ縦半分にした大きさで盛られた。だけど彼はペロリと平らげてしまった。
「華奢な体格なのに意外とたくさん食べるんですね」
私が驚いていると、彼の真顔がまたやや下へと向いている。
ひと通りの家事をしている間も、アミンの笑い声が絶え間なく聞こえていた。彼とはもうすっかり仲良しになったのか。お人形遊びや、お店屋さんや、冒険ごっこまでずっと遊んでいる。
この土地の天気は大雨と猛暑の変わりばんこ。今日はなんて暑い日だろう。
乾いたシーツに頬ずりすると、農園から運ばれた甘夏の爽やかな匂いが染みついている。アミンの笑い声に呼ばれて顔を上げれば、そこに笑顔の指南を受ける彼がいた。
彼は何をしに来たんだろう。私に会いに来てくれたんだろうか。期待せずにはいられなくなった。だけどダメだ。その反面で彼を失望させたくないという気持ちも同じくらい大きくなっていく。
アミンの父親のことも、私のあれからの人生も。彼に話すときっともうダメになる。
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「マーカスさんが泊まってくれるって!」
「そ、そうなんだ」
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「大丈夫なんですか?」
私から彼に聞いた。
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「そ、そうですか」
問題は無いかもしれないけど、何かそれ以上の理由が聞けるんじゃないかと、また期待してしまった……。
私は彼のスープを多めによそい、カラトリーはいつも使っているものと違う三セット揃ったものにした。「まるで三人親子ね!」と、子供の気遣いで私と彼はたじたじにもなってしまう。
「ねえ、お母さん。マーカスさんは外国の人だから、夜のお祈りを知らないんじゃない?」
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「マーカスさんは良いのよ」
私からアミンに告げるけど、アミンはその理由が知りたかったようだ。
セルジオとエシュは敵対国。……そうだ。こうして同じ席で料理を食べていること自体良くはないんだった。やっぱり今からでも彼には帰ってもらったほうが良いかもしれない。
私の気持ちが決まろうとした時、しかし彼は先に遮った。
「教えてもらえると助かる」
機嫌を損ね気味だったアミンは途端に明るくなる。でも……。
「待って!」
私は声を張った。しんと静かな夕食のテーブル。晴れだった日中から逆転して外では静かな雨が降り出しているようだ。窓に水が当たる音がよく聞こえた。
「……偵察。任務ですか?」
エシュに攻め入るための家庭偵察として、過去に縁のあった私のところへやって来たんじゃないかと疑った。
私たちのことは殺さないにしても、私たちと過ごした時間は彼の殺戮のために使われるんじゃないかと嫌なことを考えた。
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