かん子の小さな願い

にいるず

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かん子の高級マンション暮らし?

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 かん子のような世間知らずでも、どう見てもここはとても寮には見えない。
 しかもこれは、世間で言われるところの高級マンションではないだろうか。しかもしかも新築であるらしい。
 
 母親に誘われベランダに出て、外の景色を眺めた。町が一望できる。すぐ下に駅がある。どうやら駅のすぐそばらしい。
 ここは最上階のようだ。
 郊外で周りに高い建物がないせいか見晴らしがいい。

 「お母さん、ここほんとに寮なの?」

 はじめて母の美絵子が、いたずらっ子のような顔をして言った。

 「実はね、ここは佐和子さんに紹介されたのよ。かん子もどうかって。正也君も同じマンションらしいの。そこでちょっと頼まれごとしちゃって」

 「えっ___!?頼まれごとって?」

 「正也君のお食事を作ってほしいらしいの?正也君、料理作るの苦手らしくて」

 「ここで一緒に食事するの?まさかここで一緒に住むって言わないよね?」

 かん子はあわてて聞いた。というのも考えてみれば、昨日買った食器やここにある一人用にはいささか大きすぎる冷蔵庫。
 しかも一人で住むには広すぎる部屋。すべてがおかしいのだ。

 「あらっ一緒がよかったの?正也君が知ったら嬉しがるわねえ」

 「違うって」

 あわてて否定する。

 「ここに一緒じゃないわよ。もしそうだったら俊史が許すと思う?」

 「そういえばそうだ!でもあいつはどこに住むの?それにここの家賃、どうなってるの?」

 「ここのお隣だと思うわよ。正也君、後で連絡するそうだから、これからのこといろいろよ~く話し合ってね」

 それだけいうと母の美絵子は、部屋で作業している俊史と父親を見ていった。

 「さあお手伝いしましょうか」

 母の美絵子は戸惑っているかん子をよそに、さっさとベランダから部屋に戻って行った。
 
 かん子も落ち着こうと、深呼吸を何回かしてから部屋にもどった。
 
 荷物の衣装ケース、段ボールはなぜかキッチン横の壁際に積まれていた。

 「お兄ちゃん、衣装ケースはあっちの部屋だよ。それに段ボールも、あっちの部屋に運んでほしいのがあるんだよ」

 「そうか?悪い悪い」

 ちっとも悪くなさそうに俊史は言った。

 「かん子こっちにも棚ほしくないか?優しいお兄ちゃんが買ってやるな。買って持ってきてやるから、その時に一緒に部屋に移動しよう。それまではここに置いておけ」

 「えっ__!?」

 「お兄ちゃんたら、また意地悪して」

 見れば母の美絵子が黒い笑みを浮かべている。その横で父親も苦笑いしているではないか。

 よく見れば、すぐ着る予定の洋服が入っている衣装ケースとホームセンターで買ったキッチン用品などは、きちんと横によけて置いてあった。
 トーテムポールのようにうず高く積まれているものは、俊史の中でたぶんすぐには使わないと判断されたものだろう。間違いなく計算してやったに違いない。理由はわからないが。

 一通り片づければ、もう夕方5時近くになっていた。

 「新築でひととおりお掃除済みだったから、早く済んでよかったわね」

 母の美絵子が当たり前のように言った。
 父親も言う。

 「ここなら安心だな」
 
 「まあ綺麗だけどね」 
 
 なぜかひとり浮かない顔で、俊史が言った。

 「じゃあ私たちは帰りましょう。じゃあ、かん子しっかりやるのよ」

 急に母の美絵子から帰る宣言をされて、かん子はびっくりした。せめて夕食まで一緒にいるかと思っていたのだ。
 さっき冷蔵庫を見たが、当たり前だが中には何も入っていない。
 
 駅の近くだから食べるところはいっぱいあるとは思うのだが、さすがに今日は一人ではいきたくない気分だった。

 「もう帰っちゃうの?夕食一緒に食べようよ~」

 「それもいいな。もうさびしくなったか?今日は、お兄ちゃんが泊ってやろうか?」

 「いい加減にしなさい。ほら帰るわよ。かん子、あとで正也君から連絡来るから待ってるのよ」

 「じゃあ、かん子しっかりやるんだよ」

 父親の言葉を後に、俊史は母の美絵子に引きずられるようにして、玄関に向かっていった。

 「かん子~寂しくなったらすぐ帰ってこいよ~。棚買ってやるからな~、またすぐ来るからな~」 

 慌ただしく三人は帰っていった。

 気づけば部屋の中は、物音一つなくシーンとしている。さっき家族と別れたばかりだというのに、また会いたくなった。
 窓から外を見れば、空が暗くなってきている。

 ベランダに出て、西の空をみやれば空が夕焼け色に綺麗にそまっている。あまりに綺麗でしばらく眺めていると、随分暗くなってきた。
 昼間は暖かくなったとはいえ、まだ4月である。夕方になると、さすがにまだ風が冷たく感じる。

 下のほうを見れば、あたりがうす暗くなったせいか、家々に明かりがついているのが見えた。
 どこからか夕食のにおいが、風に乗ってかすかに匂ってくる。
 その明りと匂いに、急にさびしさを感じたかん子だった。

 そそくさと部屋に戻ったのはいいが、やはりシーンとしている部屋に慣れない。部屋のテレビをつけたのはいいが、見る気分にはなれなかった。結局また消してしまった。

 かん子はソファに座り、いつの間にか体育ずわりになっていた。

 壁にかかっている時計を見れば、6時をすぎている。

 正也はいつ連絡してくれるんだろうと思っていると、どこから物の引きずるような音が聞こえてきた。

 
 ズッ__ ズッ__ ズッ__ ズッ__。

 あたりを見渡して視線が一点でとまる。見間違いでなければ、さきほど積み上げてあった段ボールが少し動いているではないか。
 
 かん子は、あまりの恐怖に逃げようとしたが足が動かない。しかも視線だけは、勝手に段ボールにくぎ付けになっている。
 かん子は気絶したくなった。

 (これってポルターガイスト!?)

 「うっ__うっ__うっ__」

 どこから聞こえてくるのか、うめき声まで聞こてきて、静かな部屋がうめき声と物を引きずるような音でいっぱいになっていった。

 「ぎゃあ~~~!」

 かん子は雄たけびのような声をあげていた。

 「どうした?!かん子~?!なにかあったのか?」

 段ボールと衣装ケースがすごい勢いで崩れ、よく知った顔が現れた。

 この時かん子は、もう意識が半分なかったに違いない。
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