幸薄女神は狙われる

古亜

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その言葉に、ぐらりと心が揺れる。
私はその腕に引かれるまま、白い車に乗せられた。
何か言いたげな2人の男の腕も伸びてきたけれど、横から出てきた見知らぬ手がそれを払い除けているのが視界の端に映った。
私が車に半ば押し込まれるようにして乗せられて、それを確認した運転手はすぐに車を発進させたので、その光景はあっさりと遠ざかる。
車は暗く閑散としたオフィス街を進んでいた。

「あの、三島さんはどちらにいらっしゃるんですか?」
「……10分ほどで着きますから、ご安心ください」

私をこの車に引き込んだ男がそう答える。運転手の若い男も黙って頷いた。
男は山本、運転手は小野屋と名乗った。
山本さんは助手席ではなく後部座席、私の隣に座って安心させるように微笑んだ。

「部下が残っていますから、すぐには追ってきませんよ」

あの場から離れるため、そして三島さんの名前に油断して乗ってしまったけど、やっぱり違和感がある。
けど車から降りようにも、車は結構な速度で走ってるし、信号もしばらく青続きだ。
三島さんに電話をしてみようかとそっとポケットのスマホに手を伸ばして、やめた。
もしこの人たちが三島さんとは全然関係の無い人たち、あるいは敵だったら。今は私が大人しくしてるから何もしてこないだけかもしれない。
今、私の隣には山本さんが座っている。怪しい動きをしたらすぐに咎められるだろう。
スマホを取り出した瞬間に奪われる可能性もある。そうなったら連絡手段が断たれてしまう。相手はヤクザだ。その気になれば私を取り押さえておくくらい簡単だろう。
安全な場所から三島さんに連絡する。
そのためには青信号か何かで車が停まった時に外に逃げるしかない。しかもチャンスは一度きり。それまで、疑われるような事はできない。
むしろ、何も知らないふりをしておくべきか。今の状況が分からないのは事実だし。

「あの、何が起こってるんですか?」

私が蓮有楽会に狙われている、というのは三島さんから聞いた。攫うとか強硬手段に出る可能性も口にしていた。でも、それは三島さんが私の説得に失敗した場合じゃなかったっけ。
どうして私のことが既に蓮有楽会全体に知れ渡ってるの?

「そういえばさっき、会長さんが幹部?を集めて私を取り込めって話をしたって……」

昨日の今日ですよ?蓮有楽会の会長さん、気が短すぎやしませんか。

「ああ、会長が幹部を集めて藤倉さんが安心してこっち側に入ってこれるように丁重にもてなせって話をしたらしいんですよ」

何その気遣い。ヤクザさんにもてなされても困るんですが。というかそうだとしても、さっきのどう考えてもおもてなしじゃなかったんですが。私が無知なだけで、あれが一般的なヤクザ流おもてなしなんですか?

「あいつら、勘違いしてるんです。藤倉さんを手に入れたやつが、次期蓮有楽会会長になると」
「……は?」

私はぽかんと口を開けて固まった。衝撃のあまり、表情筋が仕事をしない。

「そんなこと会長はひと言も言ってないんですけどね。まあ、藤倉さんは会長のお気に入りですから。その藤倉さんが選んだ相手となれば、会長の覚えが良くなって出世に近付く。そう考えたんでしょう」
「お気に入りになった覚えないんですけど」

思わず真顔で言ってしまう。勝手にお気に入り認定しないでください。

「突飛なとことありますからね。うちの会長。ただ、先見の明って言うんですかねぇ。芸能、飲食、サービス、あらゆる事業に食い込んで組織規模を拡大、全盛期は蓮有楽会の黄金時代なんて言われて。下部組織のヒラからトップに昇り詰めたのも、会長が初ですよ。これからわかると思いますが、この辺り一帯で蓮有楽会ウチの息がかかっていない場所はありませんからね」

段々と山本さんの語気が強まる。とりあえず、山本さんが蓮有楽会会長を本気で尊敬しているらしい事が伝わった。

「そんな人に期待されても、私何もできませんよ?」
「そうですかねぇ。そんな会長に目をかけられた時点で、藤倉さんは普通の人じゃないですよ」

実際にこうして蓮有楽会全体が動き出してますし、と山本さんは続ける。

「藤倉さん自身がそう思っていなくても、周りが勝手に価値を付けるんです。テレビにも出られる予定だったと伺っていますよ」
「それは同僚が勝手に……まあ、そうとも取れますけど」

とはいえ、私の周りで起こるのは小さな悲劇だ。誰しもが一度くらい経験していそうな、ちょっとした不運。それが積み重なってこうなった。
今も、私にとっては不幸なことにいつまで経っても信号は青のままで、車が止まる気配はない。

「運もある意味才能ですよ。会長の武勇伝の中に当然色々博打の話が……」

山本さんは聞いてもないのに饒舌に蓮有楽会会長の話を始める。うまく事が運んでいて上機嫌なのか、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だ。
本当にこのまま不幸を受け入れるしかないんだろうか。仕方ないかと諦めるしかないのか。
……いや、どうせ不幸になるなら、少しくらい抗ったって変わらない。

「あれ、なんでしょうか」
「……あれとは?」
「正面の、暗いですし止まらないとよくわからないかもしれないです。小さい影みたいな……」
「猫ですかねぇ」

嘘だ。けどそれっぽく指で示したりしてみる。
車の速度が緩む。まだ疑われていなさそうなので、もう少し粘った。
赤信号にならず止まってもらえないなら、止めてもらえばいい。
私はシートベルトのロックを外す。同時に扉を開けて、そのまま道路に飛び出した。
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