幸薄女神は狙われる

古亜

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「ああ、悪い。風呂が先だったな」

三島さんはそう言ってエレベーターを降りる。
右側の扉が三島さんの部屋らしい。

「し、失礼します……」

人様の家に入るのは緊張する。高級マンション、しかも三島ヤクザさんの部屋。拳銃とか怪しい薬とか置いてあったりするんだろうか。
なんて思っていたけど、リビングは意外なほどさっぱり、悪く言えば殺風景で驚いた。
白と黒を基調にした部屋に、テレビ、ソファー、ダイニングテーブル、椅子が整然と並んでいる。むしろ、それしかない。広いリビングだけに、空いた空間が目立つ。

「風呂沸かしてくるから、そこ座って待ってろ。エアコンも好きに調節してくれ」

震えてる理由は寒さだけではないのだけど、三島さんはひたすらに私を気遣ってくれる。男物でサイズは合わないだろうが、と前置きされてバスローブも渡された。
と、そこで替えの下着を持っていないことに気付く。むしろ今手元にあるのは着ていた服とスマホだけ。財布とかは入っている鞄は山本さんに回収されてしまって手元にない。そうだ、キャッシュカード止めたりしないと。次から次へとやることが降ってくる。

「風呂の間に洗っても乾かないだろ……確かコンビニに少し売ってたよな。風呂沸いたらすぐ入ってろ。脱衣所に置いとくから」

そう言うなり、三島さんは近くのコンビニに向かってしまった。
取り残された私はとりあえずスマホで電話と手続きを済ませ、財布に入れた各種カードの使用をストップさせて一安心していた。
そこにコンビニの袋を下げた三島さんが戻ってくる。

「なんだ、まだ入ってなかったのか。風邪引くだろ……とりあえず風呂行け。これは用意できた」

三島さんに渡されたコンビニの袋の中にはショーツとキャミソール、靴下、歯ブラシが入っていた。さすがに下着無しは抵抗があったからありがたい。

「ありがとうございます」

お礼を言ったものの、三島さんに下着買わせるってどうなの。恥ずかしくなったので私は案内された脱衣所に引っ込んだ。
とはいえここも三島さんちなんだよな。三島さんの家のお風呂……いかんいかん。
思考があらぬ方向に行きそうだったので、私は首を振ってそれを頭から追い出す。寒いのはほんとだから、ご厚意に甘えよう。それに、ひとりで考える時間もほしい。
私は服を脱いで脇に寄せておく。浴室の扉を開けると、ふわりと湯気が舞った。
ゆったり脚が伸ばせそうな広めの浴槽にたっぷりのお湯が張られている。
身体を洗って湯船に浸かると、冷えていた腕や肩にじんわりと熱が染み込んでいくようで心地よかった。乳白色の天井をぼんやり眺めているうちに、張り詰めていた緊張も少しずつ解けていくのがわかる。
私は右腕をお湯から出して、赤く浮き上がった爪の痕を眺める。ポケットのスマホを守ろうとした時、山本さんに付けられた傷だ。
二の腕の辺りもピリピリと痛む。壁に押さえ付けられた時に、擦れてできた傷。
私、これからどうなるんだろうな。
これは今の状況が夢でも幻でもないことの証明だ。
腕をお湯の中に戻して、私は大きく息を吐いた。
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