お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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吉崎さんサイド(水炊き)

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部下から集まってくる情報を確認し終えた俺は、夕飯をどうするべきか考えていた。
とりあえず二日酔いになっているだろうから、食いやすいものがいいな。あと野菜か。となるとスープ系がメインになる。炭水化物を食わせるなら粥とかの方が食いやすいか。今冷蔵庫に入っている材料的には……鍋だな。
あいつアホっぽいから、別に鍋じゃなくても無警戒に食べそうだが、まあ念のために。
問題は壁だ。
馴染みの業者に頼んで直し……改造してもらった。これの説明を彼女にしなければならない。
昨日の夜壁に穴が空いた時点で思い付いたことなんだが、さすがに抵抗あるだろうな。むしろ快く引き受けてもらえたら驚くのはこっちの方だ。
一応金は用意した。足りないくらいだろうが、これが今まとまって渡すことのできる限界だ。さすがに今の状況でデカい金は動かせない。
とまあ、彼女が帰ってくるであろう時間に合わせて俺は水炊きを煮込んでいた。
もうそろそろ煮えるなと思ったところで、家主が帰ってくる音がした。

「ただいまー」

……ちょっと心臓が変な音を立てた。
落ち着け俺。あれは防犯上の声かけだ。これまでもたまに聞こえてきただろうが。

「ああ、夕飯できてるぞ」

俺は努めて平然とした声を出した。
この程度がなんだ。敵事務所に侵入した時に戻ってきた組員の声を聞く方が緊張感あるだろ。
そうして戻ってきた彼女は色々と言いたげにしながらも、水炊きの蓋を開けたら静かになった。
なんだ、このわかりやすい生き物。
だがさすがに壁の状況は気になるようだ。

「そう、壁!あとこの鍋とお金っ!」
「ちゃんと説明する。とりあえず食え」
「うう……」

ちょっと不満そうにしながらも、彼女の視線は先程から水炊きに釘付けで、俺はなんだか仔犬に覚えさせる待てを間違えたような気分になった。
やがていただきますと言った彼女は鍋に手を付けた。
そして、さっきのちょっとむすっとした表情から一変して、本当に旨そうに食うのだ。いちいち声を上げながら。それに当の本人は気付いていない。
正直、食べるのやめてそれを眺めていたい衝動に駆られたが、それをしたら色々まずい気がしたので、俺は無心で鍋をつつくことにした。
だから鍋の中身が空になりかけているのに気付かず、最後に若干箸がぶつかりそうになった。
この様子だと、まだ食べられそうだな。

「〆は雑炊かうどんか、どっちがいい」
「……雑炊で!」

雑炊か。それなら米の用意だな。
自分の部屋に戻って冷や飯を洗いながら、俺は自分で自分がなにしたいのかわからなくなった。

「……なんで俺はなんもしねぇやつに負けてんだ」

改めて考えてみると、彼女に女としての魅力というものは感じない。日々忙しいというのもあるんだろうが、料理もろくにしていないし部屋も片付いていない。隠したつもりなんだろうが、脱ぎ捨てたパジャマが布団の隙間から覗いている。
それにろくなものを食べていないからか、細っこい小柄な体は俺がちょっと突いたら折れそうだ。

「とにかく、これは礼だ。壁の」

自分で自分にそう言い聞かせるようにして俺は米を洗って彼女の部屋に戻る。
そうして作った雑炊を彼女はお気に召したようで、たまに頬を押さえながら旨そうに食べていた。
……このなんとも言えない充実感の正体はなんなのだろうか。
だいぶ雑炊を食べ進めたとき、彼女は唐突に名前を尋ねてきた。昨晩言わなかっただろうか。ああ、そうかもしれない。俺が彼女の名前を知ったのは置いてあった彼女の名刺でだったな。
しかしまあ、ヤクザ相手に本名をしかもフルネームで言うって……調べればわかることではあるが。
それに今さら気付いた彼女の間の抜けた表情に、俺は思わず笑ってしまった。
こんな素で笑ったのはいつ以来だろうな。少なくとも遠野の親父が死ぬ前か。
あのジジイどもとのことに決着がついたら……いや、こんなアホで生活力の欠片しか持っていなさそうな手のかかる女を巻き込むべきじゃねぇ。
そう思って渡した金だった。
あくまで取引だからと、ケジメをつける意味でもあったそれを、彼女は受け取らなかった。それどころか、飯の礼だと言ったのだ。
……やめろよ。期待しちまうから。
黙って受け取っとけという簡単な言葉すら、出てこなかった。
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