お隣さんはヤのつくご職業

古亜

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美味しいは罪3

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駄目だ。全然集中できない。
目の前のパソコンに打ち込む数字、打ち間違えたの何回目だろう。

「佐伯さん。これ取引先に送っといて」
「この経費まとめといてくれる?あと4時に田中商事の人が来るからお茶ね」

ひとつ終わってもその間にやることがひとつ減るどころかふたつ増えてたり、田中商事って大口だけど確か担当の人が滅茶苦茶感じ悪いんだよね。うわ、出すだけ出して即退出しよう。
思わずため息が出そうになるけど、ため息つきたいのは私だけじゃない。とりあえず我慢して……我慢してもまた仕事とコンビニのパンかな。あとエナジードリンク。持ち帰りも確定だ。
こんなことなら家に帰らず会社にいる方が移動時間とか必要ないしいい気がする。会社のパソコンの方が色々できるし、帰る理由もない。
吉崎さんはあの日の夜からどこかに行ってしまったきり戻ってきている気配がない。もう1週間近く音沙汰がなかった。あんな八つ当たりをした後だから謝りたくて、手紙と冷蔵庫にコンビニで買ったプリンを入れてるけど、期限が来たプリンが私の朝ご飯になってるだけだ。
吉崎さんはヤクザ。いわゆるまともな職業とは言い難い。けどそれについては触れないのが暗黙の了解だったし、一方的に甘えていた。それなのに頼んでいないから放って置いてくれなんて、厚かましいにも程がある。
元々吉崎さんが隠れる理由が無くなれば終わる関係だ。いつかふらっと居なくなるかもしれないってことはわかっていた。だからこそ謝りたい。もう会うことがないのなら、ちゃんとお礼を言いたい。

「佐伯、手止まってるぞ。入力だけなんだから頭使う必要ないだろ」
「す、すみません」

隣のデスクの山下さんがこちらの方を見もせず苛立たしげに言う。言い方には腹が立ったけど、事実なので言い返しはしない。
そう、今は仕事中だ。切り替えないと。
書類に山の上に置かれた領収書を掴んで中身を確認する。それでもちらちらと脳裏をよぎるのはやっぱり後悔だった。
そうこうしている間に4時近くなって、私は給湯室でお茶の用意を始めた。結局いくつか仕事は残ったままだ。お茶汲みしてる場合じゃないんだけど……
じとっとした目でフロアを見ていたら、顔を上げていたお局……じゃない、お姉様その1の戸川さんと目が合った。
軽く口の端を上げて小馬鹿にするみたいに笑われた気がした。いや、気のせいじゃないなこれ。
もやもやするけど構ってる暇もないから沸かしたお湯をいったん湯呑みに移して温度を下げて、急須に入れる。いい頃合いに湯呑みに注いだそれとお茶請けを一緒にお盆に乗せて、私は応接室に向かった。

「……失礼します。お茶をお持ちしました」

お茶を淹れてさっさと出て行こう。この時期忙しいのはみんな知ってるからわかってもらえるでしょ。

「君が担当の子かい?」

お茶を来客の前に置いていたら、唐突に声をかけられる。
中年の、いかにもその辺りにいそうな男だった。電車に毎日3、4人はこういう感じの人いるよね。
銀縁の眼鏡の奥から感じる視線がどうにも居心地が悪い。
向かい合っているのはうちの営業部の部長で、営業スマイルで私を見ている。

「いえ、私は……」
「ええ、彼女がそうですよ。この資料も彼女が作ったものです」

……ん?ああ、確かに見覚えのある書類だ。うちが取り扱ってる事務用品の注文書。

「こちらとしても長いお付き合いをしたいんですよ。ですがそろそろ他のところのものも見たいと思っていまして」
「まとめてお取引をして頂ければこれまで通り、いえ、納期も短く……」

商談が再開されたっぽい。それなら私がいる必要ないよね。

「では失礼しま……」
「ああ、ちょっといいかな」

頭を下げて適当な頃合いで退出しようとしたときだった。
桐谷部長に呼び止められて私はドアノブに伸ばしていた手を止める。

「はい」
「この後店を予約しておいてくれ。駅に近い店を僕と竹山さんと君の3人で」
「わ、私もですか?」
「どうせ予定もないんだろ。頼んだよ」

そう言うと桐谷部長は商談相手、竹山さんとの話に戻ってしまう。
なんで私?確かに予定はありませんが、でももう少しくらい拒否する猶予くれてもよくない?意味がわからない……わけじゃない。私にこの人、竹山さんを接待しろってことだ。
たまにあるんだよねこういうの。好き好んでやる人なんていない。やりたくもないし。
けど、断ったら後々面倒なのは目に見えてる。
今日何度目かもわからないため息を堪えて、私は応接室を後にした。


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