お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

2.ヤクザさんは突然に

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「どーしたの楓?今日なんか疲れてない?」

コンビニ強盗騒ぎの翌日、大学の講義が終わった瞬間にため息をついた私の顔を大学の友達、柳美香が覗き込む。

「昨日の夜よく寝れなくて。寝不足かな」

コンビニ強盗に巻き込まれました、なんて言えない。
昨日の夜、自分の部屋についてからしばらく震えが止まらなかった。一人になって落ち着いて考えてみたら、あれ結構まずい状況だったんだよね。銃は本物だったし、もしあの危なそうな男の人がいなかったらどうなってたんだろう。

「そういえば昨日の夜、この辺で発砲事件があったんだっけ。確か楓のバイトしてるコンビニの近くじゃなかった?」

そう言って美香はスマホを取り出して検索を始める。

「え、犯人まだ逃走中なの?ヤバくない?あー、でも銃は持ってないんだ。でもこの辺にまだいたらどうしよう」
「みたいだねー。私なーんにも知らないや」

我ながら棒すぎたかなと思ったけど、美香は寝不足が原因だと思ったのか何も突っ込んではこなかった。

「バイト行きたくないなー。危険ってことで休みにならないかな」
「夏休みにライブ行くんでしょ?」
「ううぅ……そうだ。軍資金貯めないと」

そんな会話をして、美香とは別れた。
正門を出てしばらく歩く。とりあえず買い物に行こう。
あんなことがあったから今日のバイトは休みだ。久しぶりに自炊しようかな。明るいうちに済ませたいから、夕飯の内容を今のうちに考えとかないと。
一人鍋でもしようかとスーパーに向かうため角を曲がったとき、突然肩を掴まれた。
何事かと思って振り向くと、そこにいたのは昨日の夜、強盗を撃退したあの男の人だった。昼間に見ても怖っ!
思わず叫びかけたら口を塞がれて、近くに停まっていた黒塗りの車の中に押し込まれる。
え、うそ。強盗の次は誘拐とか勘弁して……というか昨日は助けてくれたじゃないですか!
押し込まれた勢いで腕とか肩を打って、あと怖いのとで涙目になっている私を男は不機嫌そうに見下ろしている。
そしてなぜか車はどこかに向かって出発した。

「え、これ、私どこに行ってるんです?」

無言。

「あのっ!昨日のことですか?昨日のことでしたら今すぐに脳内から削除するので……いえ、とっくに忘れたのでっ……」

無言。

「えーっと、お呼びでないようなので私はこれで……」

ちょうど信号で車は止まった。こっちから出ると車道側だけど、緊急事態なので許してください。
そう思いながらドアに手をかけたら、肩を掴まれて引っ張られる。
気付けば私の頭は男の膝の上に乗っていて、男を見上げる姿勢になっていた。

「……嬢ちゃん」
「は、はいっ!」

顔が……近いっ!改めて見ると、顔はいいんだよ。傷痕とか滲み出すぎている覇気を気にしなければ、ちょっと強面のおじさ……?この人何歳くらいなんだろう。二十代と言われても納得できるし、かといって四十代でも違和感はない。纏ってる雰囲気が違えば若いのかも?
いや、今この人の年齢とかどうでもいいか。それより無言で圧かけないで!豆腐でできた私のメンタルが潰れてしまうっ!
ビクビクしながら男を見上げていると、男は不機嫌そうな顔のままフッと息をはく。

「……なぜ、一人で歩いていた?」

え……?一人で歩いてたら何か都合が悪いのでしょうか。

「み……友達はバイトで、夕飯の買い出しに行こうとしてただけです」

いつも通りにしていただけ、意図とかなんにもない。強いて言えば明るいうちに帰宅したいから、少し急いでいたくらいのものだ。

「……そうか」

一番近いスーパーに車を回せ、と男は言った。

「えーっと、送ってくださるという解釈でよろしいでしょうか……?」

こわごわ尋ねてみると、男は小さく頷いた。
なんで?と思わず聞き返しそうになったけど、黙っていることにする。なんだかこう……違和感があるんだよね。昨日の夜のあの瞬間だけしか会ってない。雰囲気とかはヤバい人感が滲み出てる感じであまり変わりがないのだけど、こんな無口だったっけ?
とりあえずこの体勢のままはまずいかなー、と起き上がろうとしたら、上から肩をグイッと押されてなぜか膝の上に頭を乗せた状態にさせられる。
起き上がるなということでしょうか。あれかな。車の外から見られると困るから、とか?
だとしても膝の上である必要はないんじゃ……と思っていたらスーパーに着いたらしく、車のバックする音がして、肩に入れられていた力が緩められる。

「着いたぞ」

起き上がって外を見ると、ここは確かに私のよく行くスーパーの駐車場だった。
ほんとにスーパーに送ってもらえたなんて思っていたら、私側の車のドアがひとりでに開いた。

「……買い物に行くんじゃないのか?」

ドアが開いてからもしばらく呆然としていたら横から声をかけられる。

「そうです!私、買い物行きますね!」

足元に転がっていた荷物を引っ掴んで私は車を降りた。

「送ってくださってありがとうございます!それでは!」

一礼して、私は逃げるようにそそくさと車を離れた。
今の、なんだったの?単に送ってくれただけ?
とりあえず買い物カゴを持つ。
えっと、私なにしに来たんだっけ?と思ってしまうくらいには動揺していた。
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