お客様はヤのつくご職業

古亜

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1章

6.若頭補佐も楽じゃない2

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「……あー、行っちゃいましたね。どうしますか?先回りしますか?」

俺は昨日の夜から今日の九時近くまで拳銃と山野とかいうコンビニ店員について調べていた。そしてその報告を終えて数時間後、俺は若頭に呼び出されて組の車で件のコンビニ店員、山野楓の通う大学に向かった。
そして到着した数分後に、完全に誘拐としか言えない方法で若頭が山野楓を車に連れ込んできたのだ。
当然ながら混乱している彼女に無言の圧をかけた若頭は、買い物に行くだけだと主張した彼女のためにスーパーに車を回させた。
そして、今に至る。

「もしかすると買い忘れに気付いた、とかかもしれませんし、待ちますか?」

スーパーの中から彼女がこちらの様子を伺っているのには気付いていた。しばらく悩んだあと、踵を返して再び店内に向うという彼女の行動を可能な限り好意的に受け取ってみたが、まあ九十九パーセント違うだろう。逃げたのだ。
正直、あの状況で気絶しなかった上に、買い物に行きたかったのだと主張できた彼女を褒めてやりたいくらいだ。

「いや、彼女の家に向かえ。わかっていた」

そうですね。俺もこうなると薄々どころかすごく思ってました。という言葉を飲み込み、俺は車を山野楓の住居へ向かわせた。
まあ逃げたくなるのも頷ける。同じ立場だったら俺も多分逃げてるから。
車を走らせている間、若頭はひたすらに無言である。
時折バックミラーで様子を伺っていたのだが、あり得ないことに若頭は俺の視線に一切気付いた様子がない。わかっていたとはいえ、よっぽどショックだったのだろうか……
未だに信じがたいが、どうやら昨晩の俺の直感は間違いでなかったようで、若頭は山野楓とやらに惚れてしまったようなのである。
さっきまでの車中の様子を見て、やっと六割くらい信じられた。
あんなに(俺的に)優しげで(俺的に)丁寧に誰かを扱ったことがあっただろうか。ほぼほぼ無言で見ていただけなんだが、そもそもあの若頭が誰かを、しかも女をああもじっと見つめていたことがあっただろうか。
岩峰昌治、三十三歳でまさかの初恋である。
自分の上司の恋愛中の心の中を推察するというのはなんとも微妙な気分になるんだが……先程からずっと無言なのも、彼女に対し必要最低限の声かけしかできていないのも、いつもの不機嫌ではなく、単に照れているからではなかろうか。
普段の若頭なら、自分の思う通りに事が運ぶよう恫喝するなり暴力に訴えるなりしているだろう。欲しいものを手に入れるためなら何だってする。それが岩峰組の若頭である。
今だって、彼女を手に入れたいのならスーパーなんかに送らせず、無理矢理連れて行き監禁でもして自分のものになるよう脅迫するなり犯すなりするだろう。
彼女の住むアパートの駐車場に車を停めながら、先程転がるようにして車から出ていった彼女の事を思い出す。
山野楓という人物について調べたが、裏社会とは何の関わりもないただの、本当にただの一般人である。容姿もさほど特別でもなく、まあ一般的に言えば可愛らしいという部類のお嬢さんである。
強盗という面倒事に巻き込まれた上に、ウチの若頭という曲者に好かれてしまった彼女には同情するしかない。
車が停まってしばらくして、若頭は車から出ていった。遠くに買い物袋を持つ山野楓の姿が見える。俺の車に気付いたのだろう。ここからでもわかるくらいに慌てた様子で電柱の陰に隠れた。
隠れたといっても所詮電柱の陰だからちらちら鞄や腕が見えるんだが。
そしてそんな彼女に声をかける若頭。当然、彼女は逃げた。
角を曲がってその姿が見えなくなってしまい、さすがにまずいと思った俺は急いで車を出て後を追う。
そしたらなぜか部下の迫田が彼女を近くの塀に押し付けていて、速攻で若頭にブン殴られている瞬間を見てしまった。
一瞬何事かと思ったが、すぐにわかった。
たぶん、逃げた彼女が迫田にぶつかり、それに怒った迫田が彼女を手近な塀に押し付けたんだろう。
しかし目の前で人が殴られ、しかも殴られた本人が土下座を始めたものだから彼女は滅茶苦茶怯えていた。
若頭が女のために誰かを殴ったことにも驚きだが、迫田も迫田だ。この辺りを見張っておけと言ったのに、いきなりぶつかってきたとはいえその見張る対象に手を出すとは。
まあ元々見た目だけで実力もそんなにない下っ端で、喧嘩っ早くそのうちトラブルを生むのでないかと懸念してたところだ。ここらで教育しとくか。
と、匕首を出したら、山野楓が俺と迫田の間に割って入ってきた。震えながら必死に頼み込まれてどうしたものかと思ったが、若頭が許したのでやめておく事にした。
普段だったら若頭自ら問答無用とばかりにスパッと切ってただろう。山野楓、恐るべし。
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