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3章
30.若頭補佐はわからない2
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「思い出させたところで、あの爺さんが喋るとは思えませんが」
話を聞く限りだと、部下にも全てを黙らせている。大元である柳爺が喋るとはとても思えない。
「わかってる。どうせならって思ってるだけ」
「……怒っているんですか?」
「当たり前でしょう」
彼女の表情は紙のように白い。その目は何かを見つめているようでいて、何も写していなかった。
「父親の死んだ日、祭りの日だったって。私が幼稚園の頃の話ですからね。その祭りの記憶だって朧げです。仮にその日、父親に合っていたとしても覚えてないだろうなって思います」
美香は手にしていたなにかの景品らしい安っぽいオモチャのスイッチをカチカチと押す。七色の光が点滅してその白い顔を照らした。
「私はただ、父親の顔を知りたいだけなんです。写真の一枚もないなんておかしいじゃないですか」
「美香さんの母親に尋ねたりはしなかったんですか?」
「私にとって母は、病院に会いに行く存在でした。たまに家に戻ってはきますけど、いつも寝てて、私を可愛がってはくれましたけど、それだけです。最後まで人形みたいな人でした」
写真はあったとしても、柳爺あたりに消されていたのだろう。遺品の中にあった携帯電話の電源を入れてみても、風景の写真ばかりで、人の写真だけが抜き取られたようになっていたという。
「いつからか怖くなりました。私に父親なんかいなかったみたいで。でも、いなかったなら私もいない。母も人形みたいで、ふっと消えてしまうんじゃないかって怖かった」
そこで美香は一旦言葉を切る。しばらく口を閉ざして、やがて意を決したように言った。
「私、あのジジィが怖いんですよ」
「……とてもそうは見えませんが」
普段の柳爺とのやりとりを見ている感じでは、美香は恨みこそすれ恐れているという様子はない。あの柳狐組の長によくあんな態度がとれるなと正直関心していたくらいだ。
「私の存在の半分を証明していた母が死んでから、それはますます強くなりました。写真もまるで消されたように存在しなくて……薄々勘付きました。父親はジジィに存在を消されたって。そして母のいなくなった今、私の存在も消えるんじゃないかって」
美香の声は普段の様子とは打って変わって弱々しく、夏だというのに両腕で自分を抱くようにしていた。
「でもそれを知られるのはもっと嫌で、私は虚勢を張りました。ジジィに反発したんです。私はそうはならないって。てっきり怒られると思ったのに、柳狐の組員もジジィも、受け流した。だから、これでいいんだって思うことにしました」
恐怖を怒りで誤魔化していた、と美香は言った。
「嫌いだって感情を表に出しておかないと、あのジジィへの恐怖が表に出てきそうで怖い。そうなったら私は、きっとなにもできなくなる」
「でも、あの爺さんの美香さんへの態度を見れば、美香さんを消すなんてそんな真似するとはとても思えませんけど」
「……そうですよね。わかってます。それでも実際許せないし、耐えられないんです」
そう言ったきり、美香は黙ってしまった。見れば周囲にはもうほとんど人はいなくなって、何人かが足早に河川敷へと足を向けていた。
「でも、俺にはわかりません。クズ野郎だったって聞いているんでしょう。なぜわざわざ顔が見たいんですか」
見たくないものじゃないだろうか。俺だってそうだ。俺は美香とは逆に母親の顔を知らない。俺を産んで遊び相手だったという父親に預けたらしい。それだけ知っていれば、それ以上は正直知りたくはないし今となっては興味もない。
そう言うと、美香は驚いた顔で俺を見た。
「大原さんは、強いんですね」
俺が、強い?
単に興味がないだけだ。知ったところで何かが変わるわけでもない。
「過去に囚われないのは羨ましいです。楓も、あんなことがありましたけど今は楽しそうで、正直羨ましい」
「まあ、若頭が頑張りましたからね」
「それも羨ましいです」
美香はそう言って笑った。羨ましいとは言っているが、妬んでいるとかそういう感じはなく、純粋に嬉しそうにしている。
「……なぜ、俺にそんなことを話したんですか」
おそらく楓様には話していないことだろう。それをなぜわざわざ俺に話したのか。たまたま話したくなった時に俺がいたからだろうか。
「楓に話したら、あの子変に気使うでしょ」
「俺は気を使わないと」
「だって楓一筋じゃないですか、大原さんは」
「人聞きの悪い言い方やめてください。俺は組の平穏のために……」
その瞬間、背後から頭を掴まれた。それも結構な力で。
「わ、若頭……」
「どういうことだ大原」
いつのまにか背後に若頭がいて、俺は大いにビビった。
テキ屋の頭と話し合いをしていたはずだから、この場にいることに関しては別段驚くことじゃないが……美香はなぜか少し楽しそうにしている。まさか、若頭が近寄ってきてるのに気づいてわざと楓様一筋とか言ったな?
「あんまりにも大原さんが楓優先だから、ちょっとからかっただけですよ」
いや、一応仕事みたいなもんだからそうしてるだけなんだが。というかそれは美香には特に関係ないだろ。
よくわからないなと思っていたら、頭上がパッと明るくなった。少し遅れて何かの弾ける音が響く。
「花火始まっちゃったじゃないですか。早く柳爺のところに戻ってくださいって」
そう言うと美香はなぜか不満顔でサッと立ち上がって足早に河川敷の方へ行ってしまった。
「……大原」
「はい」
「今のはお前が悪い」
いや、何の話ですか。
どこかわかったような口ぶりに、若頭に対し初めてちょっとイラッとしたのはなぜだろうか。
話を聞く限りだと、部下にも全てを黙らせている。大元である柳爺が喋るとはとても思えない。
「わかってる。どうせならって思ってるだけ」
「……怒っているんですか?」
「当たり前でしょう」
彼女の表情は紙のように白い。その目は何かを見つめているようでいて、何も写していなかった。
「父親の死んだ日、祭りの日だったって。私が幼稚園の頃の話ですからね。その祭りの記憶だって朧げです。仮にその日、父親に合っていたとしても覚えてないだろうなって思います」
美香は手にしていたなにかの景品らしい安っぽいオモチャのスイッチをカチカチと押す。七色の光が点滅してその白い顔を照らした。
「私はただ、父親の顔を知りたいだけなんです。写真の一枚もないなんておかしいじゃないですか」
「美香さんの母親に尋ねたりはしなかったんですか?」
「私にとって母は、病院に会いに行く存在でした。たまに家に戻ってはきますけど、いつも寝てて、私を可愛がってはくれましたけど、それだけです。最後まで人形みたいな人でした」
写真はあったとしても、柳爺あたりに消されていたのだろう。遺品の中にあった携帯電話の電源を入れてみても、風景の写真ばかりで、人の写真だけが抜き取られたようになっていたという。
「いつからか怖くなりました。私に父親なんかいなかったみたいで。でも、いなかったなら私もいない。母も人形みたいで、ふっと消えてしまうんじゃないかって怖かった」
そこで美香は一旦言葉を切る。しばらく口を閉ざして、やがて意を決したように言った。
「私、あのジジィが怖いんですよ」
「……とてもそうは見えませんが」
普段の柳爺とのやりとりを見ている感じでは、美香は恨みこそすれ恐れているという様子はない。あの柳狐組の長によくあんな態度がとれるなと正直関心していたくらいだ。
「私の存在の半分を証明していた母が死んでから、それはますます強くなりました。写真もまるで消されたように存在しなくて……薄々勘付きました。父親はジジィに存在を消されたって。そして母のいなくなった今、私の存在も消えるんじゃないかって」
美香の声は普段の様子とは打って変わって弱々しく、夏だというのに両腕で自分を抱くようにしていた。
「でもそれを知られるのはもっと嫌で、私は虚勢を張りました。ジジィに反発したんです。私はそうはならないって。てっきり怒られると思ったのに、柳狐の組員もジジィも、受け流した。だから、これでいいんだって思うことにしました」
恐怖を怒りで誤魔化していた、と美香は言った。
「嫌いだって感情を表に出しておかないと、あのジジィへの恐怖が表に出てきそうで怖い。そうなったら私は、きっとなにもできなくなる」
「でも、あの爺さんの美香さんへの態度を見れば、美香さんを消すなんてそんな真似するとはとても思えませんけど」
「……そうですよね。わかってます。それでも実際許せないし、耐えられないんです」
そう言ったきり、美香は黙ってしまった。見れば周囲にはもうほとんど人はいなくなって、何人かが足早に河川敷へと足を向けていた。
「でも、俺にはわかりません。クズ野郎だったって聞いているんでしょう。なぜわざわざ顔が見たいんですか」
見たくないものじゃないだろうか。俺だってそうだ。俺は美香とは逆に母親の顔を知らない。俺を産んで遊び相手だったという父親に預けたらしい。それだけ知っていれば、それ以上は正直知りたくはないし今となっては興味もない。
そう言うと、美香は驚いた顔で俺を見た。
「大原さんは、強いんですね」
俺が、強い?
単に興味がないだけだ。知ったところで何かが変わるわけでもない。
「過去に囚われないのは羨ましいです。楓も、あんなことがありましたけど今は楽しそうで、正直羨ましい」
「まあ、若頭が頑張りましたからね」
「それも羨ましいです」
美香はそう言って笑った。羨ましいとは言っているが、妬んでいるとかそういう感じはなく、純粋に嬉しそうにしている。
「……なぜ、俺にそんなことを話したんですか」
おそらく楓様には話していないことだろう。それをなぜわざわざ俺に話したのか。たまたま話したくなった時に俺がいたからだろうか。
「楓に話したら、あの子変に気使うでしょ」
「俺は気を使わないと」
「だって楓一筋じゃないですか、大原さんは」
「人聞きの悪い言い方やめてください。俺は組の平穏のために……」
その瞬間、背後から頭を掴まれた。それも結構な力で。
「わ、若頭……」
「どういうことだ大原」
いつのまにか背後に若頭がいて、俺は大いにビビった。
テキ屋の頭と話し合いをしていたはずだから、この場にいることに関しては別段驚くことじゃないが……美香はなぜか少し楽しそうにしている。まさか、若頭が近寄ってきてるのに気づいてわざと楓様一筋とか言ったな?
「あんまりにも大原さんが楓優先だから、ちょっとからかっただけですよ」
いや、一応仕事みたいなもんだからそうしてるだけなんだが。というかそれは美香には特に関係ないだろ。
よくわからないなと思っていたら、頭上がパッと明るくなった。少し遅れて何かの弾ける音が響く。
「花火始まっちゃったじゃないですか。早く柳爺のところに戻ってくださいって」
そう言うと美香はなぜか不満顔でサッと立ち上がって足早に河川敷の方へ行ってしまった。
「……大原」
「はい」
「今のはお前が悪い」
いや、何の話ですか。
どこかわかったような口ぶりに、若頭に対し初めてちょっとイラッとしたのはなぜだろうか。
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