ウッドとネモ〜戦闘狂は少女の歌で悲しみを知るか?

凪司工房

文字の大きさ
16 / 41
第四章 「絶望の砂漠」

1

しおりを挟む
 雨、だろうか。
 ぽつり、ぽつりと瞼や鼻頭の上に、落ちてくる。
 ウッドはもやがかったような意識のままに目を開けた。直ぐにネモの大きな二つの瞳が飛び込んでくる。
 彼女は目覚めたウッドの顔に抱きつき、嬉しそうに何度も頬ずりをした。花の香りがした。ウッドは自分がどこに居るのか分からなくなる。花粉が多く飛ぶ春季や秋季になれば外を歩いていて花の香りに遭遇することはあるが、今は乾季。まだまだ熱い夏が続くはずだ。それとも自分が勘違いをしているのだろうか。
 ウッドは上体を起こそうと、いつまでも顔に張り付いているネモの背中の羽根をひょいと捕まえて引き剥がした。広がった視界には、見たことのない平原が広がっていた。

 ――どこだ?

 ウッドが上半身を起こすと、胸元に載っていた大きな落ち葉がかさついた音を立てて崩れた。不思議と体が軽かった。
 頭を動かして視界に入ってくる景色を確かめると、背の低い草がぽつぽつと生えた平原が広がり、森は消えていた。遠くがかすんでいるのは蜃気楼しんきろうだろうか。

「ネモ。ここは一体……」

 彼女はほっとした顔でウッドを見つめている。

「なあ、ネモ。俺はどうなったんだ?」

 ぼんやりと状況を思い出すと、ウッドはミスリルと戦っていた筈だった。途中からは内部から響いてくる「声」のようなものに突き動かされ、はっきりと覚えていない。
 自分が何をしていたのか。
 そこで何が起こったのか。
 ただ流れる血が濁流のような勢いで、体が熱かったことだけは覚えている。

「俺は何をしたんだ」

 ネモを見た。彼女は口をぱくぱくとさせて何か必死に説明してくれているようだったがそれは声にはなっていなかった。
 ただの風だ。音にすらなっていない。

「どうした、ネモ?」

 彼女は小さく首を振る。

「まさか」

 小さな口の動きを、彼女は何度も繰り返す。

「そう、なのか」

 ――で、な、い。

 声が出ない。彼女はいつの間にか声を失っていたのだ。
 それからはっとして彼女はウッドから後ずさった。背中を向ける。小さな羽根が何度もきゅうっと踏ん張って伸び、何かをしようとしているが、その度に大きく脱力し、何度も溜息を落とした。

「どうしたんだ?」

 振り返った彼女の瞳は、くすんだ色を映しているように思えた。ただ力なく首を横に振る。

「どうした?」

 首を横に振る。

「どうしたんだ、ネモ」

 何度も首を横に振っていたが、じっとウッドを見つめたかと思うと、その大きな瞳からしずくあふれ出した。一度れ出たそれはもう止まらない。次々と大きな玉となり、ネモの両の瞳からこぼれ落ちていく。それを目にして、ウッドにもようやく彼女が「かなしんで」いる意味が理解出来た。

「歌えない、のか」

 こくり、とうなずく。
 歌虫が歌えない。
 それはアルタイ族にしてみれば戦えないことと同義だ。

「お前も、俺と同じ、か」

 その言葉にネモは微笑んだ。だがその笑みには「悲しい」が含まれているようにウッドには思えた。
 笑っているのに、悲しいのか。
 そう思うとウッドの胸の中にまで彼女の「悲しい」が去来してくるようだった。
 ウッドはまず自分の剣や装備、頭陀袋ずだぶくろがちゃんとあるか確認し、しょぼくれて地面に座り込んでいるネモを右手で持ち上げた。びっくりしてウッドを見た彼女に一つ頷き、それから彼女を定位置の頭陀袋の中へと入れると、自分たちがどこに居るのかも分からないままに歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...