千文字小説百物騙

凪司工房

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第壱乃段

まえがき

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 百物語ひゃくものがたり、という言葉を聞いたことがあるだろうか? ひょっとすると既に体験済みだ、という方もいるかも知れない。もしそうだとしても知らないあなたの為に一応ここで簡単に説明しておこうと思う。

 百物語。
 それは中世の御伽衆おとぎしゅうに由来するとも武家の肝試しに端を発するとも云われるが、怪談を百話語り終えると本物の怪異が出現するとされる、会の形式のことである。多く車座くるまざになり、中央に百本の蝋燭ろうそくを立て、一話語るごとにその灯を消していく。全てが消えた際に怪異が現れたという記録もあるが、それ自体が怪談話だと考える向きもある。何故私がこのような話をするのか。それは担当編集の仲邑絵美なかむらえみからある企画を持ちかけられたからだ。


「あ、あの。お替りを」

 空になったまま所在なげにしていたカップを持ち上げると、カウンターでスプーンをみがいていた初老のマスターが小さく返事をし、コーヒーを注ぎに来た。スマートフォンには「電車遅れてます」というメッセージが届いていたが、それを確認してから既に十五分は経過していた。窓の外に視線を向ける。明け方から降り始めた雪はまだ止む気配がない。と、ドアベルが鳴り、明るい茶色に染めた髪の毛の雪を払いながらオレンジのコートの女性が入ってきた。

「遅れて申し訳ございません」

 彼女は対面の席に座るとホットココアを頼み、足元に鞄を置く。

「それで先生、企画の返事なんですが」
「百物語になぞらえてショートストーリーを百話、連載する。内容は怪談に限らず、僕が得意なファンタジックな設定のもの、ヒューマンドラマ、SFからミステリまで幅広く書いてOK。最終的にそれを一冊の本にして発売時に百物語のイベントを開催する、と。よく売れてない僕みたいな作家にこの企画を持ってきたね」
「売れてないことはないです、ただマニアックな読者しか付いてないだけで」

 苦笑すら浮かばない。作家になって二十年あまり、その間にヒットと呼べる作品はあったのだろうか。年末に提案された時すぐに了承の返事をしたかったが、果たして百話の連載を完遂できるものなのか。十日ほど経った今でも自信は持てない。ただ全て書き終えた時、それこそ怪談の百物語ではないが、自分に何か作家としての成長が訪れるのではないだろうかというある種の予感はあった。

「本当に宜しいですね? もう後戻りできませんよ?」

 私は「お願いします」と頭を下げ、契約書にサインをした。こうして私の百物語は始まったのである。
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