千文字小説百物騙

凪司工房

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第十乃段

最後のロボット

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 壁に貼り付けられた薄いモニタには、世界で初めて実用化された産業用ロボットのユニメートがその巨大なアームで自動車部品を運ぶ様を始め、歴代のロボットたちの記録映像が次々に映し出されていた。
 蒔島博士はソファに掛け、妻が淹れてくれたコーヒーに手を伸ばす。
 ロボットは博士にとって人生の全てと言っても過言ではなかった。最初に感じた不思議と面白さは手足が思うように動かせなくなっても未だに好奇心がそそられる。できることなら永遠にロボット研究をしていたいと思っていた。
 画面が切り替わり、悲痛な表情を浮かべた世界大統領が現れて演説を始めた。
 エネルギィ問題。それはロボット開発で培われた多くの科学技術をもってしても解決できない問題だった。やがては新エネルギィが開発され、それにより化石燃料やそれに類する化学燃料への依存が解消されるものと、多くの人が信じて疑わなかった。
 しかし現実は化石燃料を超えるエネルギィは発見されず、その枯渇を目前にして人類は大きな決断をすることになった。

『本日世界標準時〇時にて、全てのロボットは停止されます。これからロボットのない新しい世界を我々は生きていくことになりますが、皆で協力し、この苦境を何とか乗り切っていこうではないですか』

 そこで蒔島はモニタの電源を切った。
 妻が椅子から立ち上がる。彼女は前足にあごを載せたまま視線だけこちらに向けているアシモフの前に、ペレット状のドッグフードの入った容器を置く。アシモフはそれの臭いを嗅ぐ動作を見せてから、口を付けようとしたが、口を開いたところで動きを止めてしまう。

「あら、電源が切れてしまったのね」
「生き物はいつか終わりがやってくる。それだけのことだよ、メイ」

 妻に言葉を掛けるが、彼女は頷きながらもやはり寂しげだ。一度アシモフの頭を撫で、それから自分の椅子に座る。彼女の為に蒔島が木を組んで作った揺り椅子はゆらゆらと前後に動いた。その肘掛けに置いた手の片方が、だらりと垂れる。

「終わってしまったか」

 彼女もまた、アシモフ同様ロボットだった。そのことを彼女自身は知らない。十年前に亡くなった妻をロボットとしてよみがえらせたことを後悔こそしていないが、二度目の死が訪れるとは、神という存在に人は抗えないと思い知らされる。
 蒔島は立ち上がり、妻の顔を撫でる。

「今日まで、本当にありが……」

 その先は、しかし、博士の口からは出てこなかった。彼もまた、ロボットだったのだ。
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