思い出の国のイブ

凪司工房

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 目の前まで覆う高さの草をかき分けながら、夢月は前に進む。
 かつては土のグラウンドだったが、もうどこにも白線はない。サッカーの錆びついたゴールポストが倒れ、その支柱につたが絡まっていた。その裏側に体育館と思われる半円形の屋根があり、右手側にはくすんだクリーム色の長方形が建っていた。中学校の校舎だ。
 それは夢月の父たちが通った校舎で、今月末に取り壊しが決まっていた。

 夢月は首から下げたデジタルカメラを構え、シャッターを切る。空は薄く曇っている程度で、辛うじて光量は足りそうだ。それでも今日を逃すとまたしばらく穢れ雪の舞う予報が出ていたから、何とか今日中には仕事を終えてしまいたい。

 夢月は今、この世界に残された廃墟を撮影して記録するメッセンジャーとして活動していた。十年前に大化沼遊楽園の写真を撮影し、それをSNSにアップしたところ大きな反響があり、それから可能な範囲で出かけていって、自分が興味を持った廃墟を撮影してはネットに上げるようになった。最初こそ本当に趣味でしかなかったが、今ではそれが仕事として求められるようになっている。

 先日、地元のデジタル新聞社の取材があり、夢月はそのインタビューに対してこう答えている。

『わたしが撮影しているのは思い出です。自分の思い出はありませんが、物には、その場所には、関わった人たちの思い出が残っています。気軽に出歩くことができない今、その場所に行きたい人たちの代行者として、わたしという存在がいると思っています』

(了)
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