私とわたしとワタシの日常

凪司工房

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第二話「私と彼」

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 スチール製の重い玄関のドアを勢いよく閉めるとしっかりと施錠を確認してから、ドアチェーンも下ろす。しばらく耳を澄ましてみたけれど、誰の足音も聞こえてこなかった。
 私は安堵の吐息を漏らしてきょう子が駆けて行ったのを見送ると、スニーカーを脱いで買い物袋と鞄を手に上がる。
 一体何だったのか。
 冷蔵庫の前にビニル袋に入ったままの買い物を置き去りにして、リビングに行く。
 壁に背を預けて本を読んでいるキョウコ・・・・と座り込んでクマのぬいぐるみを手にしているきょう子は、私を見て何か言いたそうに唇をとがらす。

「キョウコはさっきの人、会ったの?」
「何?」

 彼女は目を細めて私を見ると、きょう子の方を見やって舌打ちをする。

「あんたまた何かしたんでしょ? 今日子が怒ってるじゃない」
「きょう子知らないもん。わたしただあやとりしてただけだもん」
「だいたい何で外出てたのよ。ワタシらここから出ちゃいけないんだよ?」
「なんでよお?」
「あーんた、ほんと他人の話聞いてないよね。なんでじゃなくて、今日子に迷惑だから駄目だって何度も説明したでしょ?」
「だってあのお兄ちゃんと遊びたかったんだもん」
「だーかーらー、そのお兄ちゃんって何? 誰? ワタシは全然知らないし見てもないし話してないから分かんないの」

 徐々に語気が強くなり、キョウコはついに立ち上がってきょう子の前に向かう。その右手には文庫本がしっかりと握られていて、それを思い切り頭上へと振り上げた。

 ――ゆるして、ください。

 頭を抱えてじっと壁際で小さくなるきょう子は、あの日の私だった。

「キョウコ、もうそこら辺にしておいて」
「は? あんたが最初に言い出したんでしょ? またこいつが泣くからやめろって言うの? 泣けば何でも許されるの? ワタシは泣いたって怒ったって傷つけられたって誰も何一つ守ってくれないってのに! ちょっと小さいだけで、若いってだけで、贔屓ひいきしてもらえるならワタシだってずっと若いままでいたいわよ!」

 キョウコは手にした本を私に向けていたが、睨みつけようとしている彼女の目は小さく揺れ動き、何かを待っていた。
 私は小さく溜息を落とし、黙ってその文庫本を取り上げる。
 なんで? という彼女の叫びが透けて見えるようだったが、私にはどうしてそんな風にあおる真似をしたのかもよく理解できた。
 だってキョウコは中学三年生の私だから。
 誰かに罰してもらうことを期待して、相手を試す瞳の底の嘲笑がうっすらと感じられる視線だ。本当に怯えているなら決して相手と目を合わせたりなんてしない。

「私は別に怒ったりしないから。ただ事情を知りたいだけなの。ね? きょう子も分かるでしょ?」

 大きな瞳に涙を浮かべながら小さく頷くと、一度キョウコを見てから足早に私の隣まで駆けてきて、左腕に抱きついた。

「キョウコは?」
「ハァ……わかった」

 彼女は私ときょう子の顔をじっと見てから大きく肩を上下させ、私の前に座り直した。
 小さな白い丸テーブルを囲んで、三角形に並ぶ。私の右側にキョウコ、左にきょう子だ。いつもこうして何かあると”自分会議”を行うようにしていた。

「それじゃあ、まずはきょう子から。最初にあの男の人を見たのはどこ?」
「うーんと……忘れた」
「何言ってんのよ。あんた呼ばれたらほいほい外に出てっちゃったんでしょ?」

 けれどきょう子は真剣な顔で唇を尖らせると、ぶんぶんと顔を左右に振る。

「今日子。こいつまた嘘言ってる」
「そう決めつけないの。ねえきょう子。ほんとに外から彼に呼ばれて、ここを出たの?」

 その大きな瞳に涙を溜めると、一度だけキョウコを見てから私に一つ大きく頷いてくれる。

「じゃあ、あなたは彼の声を聞いたのね?」

 それにも頷いた。

「だから言ったんだよ。こいつ嘘つきだって」
「キョウコ」
「分かったよ」

 不満そうな彼女の口を一旦閉じさせると、私はもう一度同じことをきょう子に尋ねた。

「うん。そうだよ。ショータロに呼ばれたから外出たの」
「ショータロ?」

 あまりに馴れ馴れしくその名を口にしたものだから驚かされたが、私の知らないうちに仲良くなったのだろう。そうでなくてもきょう子はあまり他人に警戒心を持たない。ただ普通は見えないから彼女が近寄って行っても分かる人はいない。他人からすればきょう子たちは幽霊みたいなものだろう。
 それに私以外の人間がいるような場なら、彼女たちはすぐに消えてしまうのだ。それが彼女らがIFというものだという証拠だった。

「彼の声はキョウコも聞いたの?」

 ずっと睨むように私を見ていたキョウコは小さく首を横に振ると、

「ワタシはきょう子が何か声がするからって勝手に外に出て行くのを見てただけ。宅配便とかその手のだろうって勝手に思ってたし」
「私の声以外は出ないでって言ってるのに、出ちゃってるの? いつも?」

 キョウコは大きく頷き、きょう子は目を逸した。
 私は思い切り額を手で押さえつけて唸り声を漏らす。

「今はそっちはいいわ。とにかくあの翔太郎っていう彼にはもう二度と近づかないで」
「なんで?」
「どうしても」

 見えるはずのない私のIFを見ることのできる人間が普通のはずはないからだ、とは彼女たちには説明できなかった。

「お腹空いたでしょ。ご飯作るから待ってて」

 私は心の中で溜息を漏らして立ち上がると、不満そうに見上げる二人を背に、台所に向かった。
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