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第三話「私とわたしたち」
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何度か円山公園のゴミ拾いに参加しているけれど、この日はいつもに比べて空き缶やお菓子のゴミ、ビニール袋などの戦利品が少なかった。
「結構歩いたけど、どうする?」
木陰に入ったところで松本が私たちを見下ろして尋ねた。その表情に「もう十分だろ?」という気分を感じ取ったけれど、時間にしてまだ三十分も経っていない。
「暑くなってきましたね」
なら離れてくれればいいのに、と思う斉藤さんはずっと私の傍で、今は左の肩を私の右肩に付けている。
幸子も一緒ならたぶん松本の意見に賛成していただろうけれど、椚木先輩は意外ときっちりしているから、ゴミ袋をもう少し太らせないといけないだろうな、という考えが巡る。
「ちょっとだけ、これ頼むわ」
「え?」
そう言って松本はゴミ袋を渡すと、一人で勝手に駆けて行ってしまう。
「トイレかな?」
冗談ではないのだろうけれど、真顔でそう尋ねた斉藤さんがおかしくて、何だか吹き出してしまった。
「え? 何かまた変なこと言ってる?」
「ううん。大丈夫ですよ。それよりちょっと休憩いれましょう」
私は足元が濡れていないことを確認して腰を下ろす。斉藤さんもそれに倣って座ったが、彼女はわざわざハンカチを取り出してそれを自分の下に敷いた。
「やっぱり変?」
「ううん。全然そんなことないです。寧ろ自分の方が気にしてないんだなと思って」
フォローのつもりではなくそう言ったのだが、斉藤さんは気にしたようで、三角座りで膝を抱え込むと、そこに顎を沈めた。
「いつもなの」
彼女は足元を見つめたまま言った。
「他人のことを気にして行動してるつもりなんだけど、どこかズレてるみたいで、クスクスって笑われて、なんか悪いことしているんだって気分になって、適当な愛想笑いして、そっと逃げ出すんです」
斉藤さんは私の方を見ずにそのまま話す。相槌も待たないし、それどころかどう思うのかを耳に入れたくないみたいに、小さな声で言葉を並べた。
「最初はね、ちゃんとどこが悪くてどこがおかしくて笑うのか、いちいち聞き返してたんですよ? でもそのうちに相手が答えてくれなくなって、最終的に『ごめん』って謝られちゃうんです。けどそれってたぶんわたしの方が悪くて、そんな風にしているうちに段々わたしってみんなから避けられているのかなって思うようになって」
彼女の話のはずなのに、まるで自分の学生時代を告白されている気分になる。私もまた周囲とうまく距離感が掴めず、集団からいつも少し離れてぽつんと一人でいる方だった。
「だからいつの間にか誰とも喋らなくなったし、誘われても行かなくなったし、誰かと一緒にいたいと思うこともなくなった。一人いる方が何も気にしなくていいから楽なんだなって分かってからは、わたしにとって友だちは本や漫画だった。そういうのを暗いって言われるんだったらもうわたしは暗い子ちゃんでいいし、でも誰かと関わり合いにならないなら、そんな風に何か言われることすらないんだなって」
「斉藤さん」
「あ……ごめんなさい。わたしったらまた」
私はそっと手を伸ばして、彼女の膝を押さえている手に重ねる。
「大丈夫ですよ。何もおかしなことなんて言ってませんから。それより、好きな本とか漫画とか、食べ物とか。友だちと話したかったことを、私と話しませんか?」
彼女はやっと私に顔を向けたけれど、その目には大粒の涙が光っていて、見ているうちにぽろりとその一粒が落ちていった。
「わたし、岩根さんと友だちになれて、良かったです」
「おーい」
私が斉藤さんにハンカチを出して渡そうとしたところで、松本が戻ってくる。その手には三本のペットボトルが抱えられていた。
「オレンジとリンゴとお茶、好きなのどうぞ」
「買ってきてくれたんですか?」
そうだが、と不思議そうな顔をする彼から私はオレンジを、斉藤さんはリンゴを貰って、そのひんやりとしたボトルを両手で抱いた。
「その……俺っていつも間が悪いっつーか、どうもKYってやつなんすよ」
「松本さんがKY?」
「知らないすか? 空気読めとか何とかっての」
私は斉藤さんと顔を見合わせて笑う。口元こそ押さえたけれど、笑い声までは隠せなかった。
「何か変すか? けど斉藤さんと深刻っぽい話してたんじゃないんすか?」
堀の深い顔が困惑で歪む。でもその歪んだ眉がおかしくて、やっぱりまた笑ってしまう。
「斉藤さんも私も松本さんのことそんな風に思ってませんよ。それに深刻なことを話してた訳じゃなくて、ちょっとした昔の思い出話で泣いちゃってただけだから。ですよね?」
「うん。そう。ありがとう」
松本は相変わらず分からないといった表情のままだが、それでもお茶のボトルキャップを外して豪快に喉を鳴らすと、私の足元に置いたゴミ袋を持ってくれた。
「そういえば松本さんて彼女持ちなんですよね?」
背を向けて芝生の上を駆けている子供たちを見やる彼に、私は思い切って尋ねてみる。
「ええ、いますよ。同棲中です」
「そ、そうなんだ……」
やはりこの手の話題が好きなのか、斉藤さんは頬の色を少し変えて松本を見上げた。
「その彼女とはさ、結婚とか考えたりしているんですか?」
「ちょっと岩根さん、そんな大胆な」
「結婚はちょっとできないすね」
考える素振りもなく即答すると、彼は再びお茶を飲む。
「そうですよね。まだ若いし」
「いや、そういうんじゃなくて……まあ色々事情があるんで」
明らかに斉藤さんの表情が変わった。私を見て、もっと訊いてとばかりに腕を小突く。
けれどわざわざ言葉を濁したところをみると、無理やり聞き出すのは躊躇われた。
私はキャップを捻り、オレンジ果汁十パーセントの砂糖水を流し込む。斉藤さんもそれに倣ったのか、既に開けていたリンゴジュースを飲んだが、私の顔を覗き込んでから何度か目線を彼の筋肉質で大きな背中へと向ける。
「松本さんて高校までは何か部活してたんですか?」
「高校はやってないです。中学まではバスケでしたけど」
彼はそれに答えるのもこちらには一切表情を見せないままで、それがわざとなのかどうなのか、私には判断が付かなかった。それでも他人に踏み込んで欲しくない一線を彼も持っているんだと感じて、私の抱いていた松本亘という人物への印象は大きく変わった。
「結構歩いたけど、どうする?」
木陰に入ったところで松本が私たちを見下ろして尋ねた。その表情に「もう十分だろ?」という気分を感じ取ったけれど、時間にしてまだ三十分も経っていない。
「暑くなってきましたね」
なら離れてくれればいいのに、と思う斉藤さんはずっと私の傍で、今は左の肩を私の右肩に付けている。
幸子も一緒ならたぶん松本の意見に賛成していただろうけれど、椚木先輩は意外ときっちりしているから、ゴミ袋をもう少し太らせないといけないだろうな、という考えが巡る。
「ちょっとだけ、これ頼むわ」
「え?」
そう言って松本はゴミ袋を渡すと、一人で勝手に駆けて行ってしまう。
「トイレかな?」
冗談ではないのだろうけれど、真顔でそう尋ねた斉藤さんがおかしくて、何だか吹き出してしまった。
「え? 何かまた変なこと言ってる?」
「ううん。大丈夫ですよ。それよりちょっと休憩いれましょう」
私は足元が濡れていないことを確認して腰を下ろす。斉藤さんもそれに倣って座ったが、彼女はわざわざハンカチを取り出してそれを自分の下に敷いた。
「やっぱり変?」
「ううん。全然そんなことないです。寧ろ自分の方が気にしてないんだなと思って」
フォローのつもりではなくそう言ったのだが、斉藤さんは気にしたようで、三角座りで膝を抱え込むと、そこに顎を沈めた。
「いつもなの」
彼女は足元を見つめたまま言った。
「他人のことを気にして行動してるつもりなんだけど、どこかズレてるみたいで、クスクスって笑われて、なんか悪いことしているんだって気分になって、適当な愛想笑いして、そっと逃げ出すんです」
斉藤さんは私の方を見ずにそのまま話す。相槌も待たないし、それどころかどう思うのかを耳に入れたくないみたいに、小さな声で言葉を並べた。
「最初はね、ちゃんとどこが悪くてどこがおかしくて笑うのか、いちいち聞き返してたんですよ? でもそのうちに相手が答えてくれなくなって、最終的に『ごめん』って謝られちゃうんです。けどそれってたぶんわたしの方が悪くて、そんな風にしているうちに段々わたしってみんなから避けられているのかなって思うようになって」
彼女の話のはずなのに、まるで自分の学生時代を告白されている気分になる。私もまた周囲とうまく距離感が掴めず、集団からいつも少し離れてぽつんと一人でいる方だった。
「だからいつの間にか誰とも喋らなくなったし、誘われても行かなくなったし、誰かと一緒にいたいと思うこともなくなった。一人いる方が何も気にしなくていいから楽なんだなって分かってからは、わたしにとって友だちは本や漫画だった。そういうのを暗いって言われるんだったらもうわたしは暗い子ちゃんでいいし、でも誰かと関わり合いにならないなら、そんな風に何か言われることすらないんだなって」
「斉藤さん」
「あ……ごめんなさい。わたしったらまた」
私はそっと手を伸ばして、彼女の膝を押さえている手に重ねる。
「大丈夫ですよ。何もおかしなことなんて言ってませんから。それより、好きな本とか漫画とか、食べ物とか。友だちと話したかったことを、私と話しませんか?」
彼女はやっと私に顔を向けたけれど、その目には大粒の涙が光っていて、見ているうちにぽろりとその一粒が落ちていった。
「わたし、岩根さんと友だちになれて、良かったです」
「おーい」
私が斉藤さんにハンカチを出して渡そうとしたところで、松本が戻ってくる。その手には三本のペットボトルが抱えられていた。
「オレンジとリンゴとお茶、好きなのどうぞ」
「買ってきてくれたんですか?」
そうだが、と不思議そうな顔をする彼から私はオレンジを、斉藤さんはリンゴを貰って、そのひんやりとしたボトルを両手で抱いた。
「その……俺っていつも間が悪いっつーか、どうもKYってやつなんすよ」
「松本さんがKY?」
「知らないすか? 空気読めとか何とかっての」
私は斉藤さんと顔を見合わせて笑う。口元こそ押さえたけれど、笑い声までは隠せなかった。
「何か変すか? けど斉藤さんと深刻っぽい話してたんじゃないんすか?」
堀の深い顔が困惑で歪む。でもその歪んだ眉がおかしくて、やっぱりまた笑ってしまう。
「斉藤さんも私も松本さんのことそんな風に思ってませんよ。それに深刻なことを話してた訳じゃなくて、ちょっとした昔の思い出話で泣いちゃってただけだから。ですよね?」
「うん。そう。ありがとう」
松本は相変わらず分からないといった表情のままだが、それでもお茶のボトルキャップを外して豪快に喉を鳴らすと、私の足元に置いたゴミ袋を持ってくれた。
「そういえば松本さんて彼女持ちなんですよね?」
背を向けて芝生の上を駆けている子供たちを見やる彼に、私は思い切って尋ねてみる。
「ええ、いますよ。同棲中です」
「そ、そうなんだ……」
やはりこの手の話題が好きなのか、斉藤さんは頬の色を少し変えて松本を見上げた。
「その彼女とはさ、結婚とか考えたりしているんですか?」
「ちょっと岩根さん、そんな大胆な」
「結婚はちょっとできないすね」
考える素振りもなく即答すると、彼は再びお茶を飲む。
「そうですよね。まだ若いし」
「いや、そういうんじゃなくて……まあ色々事情があるんで」
明らかに斉藤さんの表情が変わった。私を見て、もっと訊いてとばかりに腕を小突く。
けれどわざわざ言葉を濁したところをみると、無理やり聞き出すのは躊躇われた。
私はキャップを捻り、オレンジ果汁十パーセントの砂糖水を流し込む。斉藤さんもそれに倣ったのか、既に開けていたリンゴジュースを飲んだが、私の顔を覗き込んでから何度か目線を彼の筋肉質で大きな背中へと向ける。
「松本さんて高校までは何か部活してたんですか?」
「高校はやってないです。中学まではバスケでしたけど」
彼はそれに答えるのもこちらには一切表情を見せないままで、それがわざとなのかどうなのか、私には判断が付かなかった。それでも他人に踏み込んで欲しくない一線を彼も持っているんだと感じて、私の抱いていた松本亘という人物への印象は大きく変わった。
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