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六等星――そう名乗った彼女(自称なので本当に女性かどうかは分からない)は、SNS上の付き合いだけだったが、人間関係に悩んでいた須藤の心を癒やしてくれた。
そんなのただのストーカーじゃないか。そんな風にアルデバランたちは言ったが、既にカップルになっている人間の言うことだ。彼からすれば目の前にいない、ただのネットだけの付き合いだとしても、彼らよりはずっと須藤にとっての心の友だった。
彼女と毎日のように言葉を交わすようになってから半年が過ぎた。お互いに三年生となり、じわじわと就職の準備の足音が迫ってきていた。それは須藤からすればタイムリミットのようなもので、このままではいけないという焦りが、最近は頻繁に言葉となって出ていた。
――会いたい。
彼女が同じ大学に通っているのは分かっているし、同年代なことも理解している。彼女がよく添付してくる写真は確実に近くで彼を隠し撮りしたそれで、それなのに誰一人として彼女のことを知らなかった。正に六等星というニックネームのように目立たない存在なのだろう。それにしても誰もその場面を見ていないし、彼女と思われる存在の推測すら出来ないというのも、どこか腑に落ちない。
アルデバラン馬場は「幽霊なんじゃないか?」と、冗談交じりに笑った。
けれど須藤からすれば別に彼女が幽霊でも良かった。会えるなら、その顔を見て話せるなら、それで。
だから何度も「会いたい」と書いた。
やがて彼女も心境の変化があったのか「会ってもいいけど」という返事をしてくれて、その条件として「わたしを見つけてくれたら」という文言が添えられていた。
――彼女を見つけるのは容易だ。何故なら大量の隠し撮りをして送ってきた写真がある。
須藤はそう考えた。彼女がよく出没するのは学食、講堂、キャンパス、大学の正門、駐輪場、それに体育館だ。彼はそれらしい女性がいないか、いつも以上に気にかけて注視した。
だが一月経っても彼女のことは見つけられなかった。
ベテルギウスは考えた。何故彼女は見つからないのか。六等星を見つけるにはどうすればいいのか。
ある日彼は、トレードマークだった赤い髪を真っ黒に染めた。普段は赤やオレンジを選んでいた服もグレイに黒、紺と地味なものを選ぶように変えた。声もなるべく小さくし、目立たないようにマスクをして猫背で歩いた。
そんなことに意味なんてない。
サークルの仲間はみんな彼を笑ったけれど、ベテルギウスが目立たなくなってから二週間ほどが経った十月の末に、彼はようやく辿り着いた。
「やっと、分かったんだ」
大学のキャンパスに植えられている一本の銀杏の木、その下で大きな陰に隠れるようにして、その生物は存在していた。
「君は人間じゃなかったんだね」
着ているのは小豆色のニットだ。それにアーガイル柄のロングスカートを合わせている。けれど肌は半透明だった。透けている。その顔が、陰に入ると辛うじて確認することが出来た。日の下では見えなくなるらしい。
「あなたを、ずっと見てました。だって、あなたも人間じゃないから」
小さい頃に亡くなったという父親が、遠い世界の人だと母からは聞いていた。けれど、まさかそれが宇宙人のことだとは思わないだろう。
「もしよければ、わたしと一緒に、来ませんか?」
――どこへ。
という問いかけはしなかった。
「わかった」
ベテルギウスは彼女の差し出した手を握り、吸い込まれるようにして消えた。
※
その日以来、須藤輝夫という人間とベテルギウスという一等星が地球から消えた。彼について尋ねると「そんなやついたっけ?」と、大学の同級生たちは言う。
ただ、空を見上げた時に、かつてベテルギウスと呼ばれていた、今は三等星となった星の隣に、薄く、とても肉眼では確認出来ない六等星が一つ浮かぶようになった。それを見つけたある天文学者はこう答えたそうだ。
「もう孤独じゃなくなったんだな」
(了)
そんなのただのストーカーじゃないか。そんな風にアルデバランたちは言ったが、既にカップルになっている人間の言うことだ。彼からすれば目の前にいない、ただのネットだけの付き合いだとしても、彼らよりはずっと須藤にとっての心の友だった。
彼女と毎日のように言葉を交わすようになってから半年が過ぎた。お互いに三年生となり、じわじわと就職の準備の足音が迫ってきていた。それは須藤からすればタイムリミットのようなもので、このままではいけないという焦りが、最近は頻繁に言葉となって出ていた。
――会いたい。
彼女が同じ大学に通っているのは分かっているし、同年代なことも理解している。彼女がよく添付してくる写真は確実に近くで彼を隠し撮りしたそれで、それなのに誰一人として彼女のことを知らなかった。正に六等星というニックネームのように目立たない存在なのだろう。それにしても誰もその場面を見ていないし、彼女と思われる存在の推測すら出来ないというのも、どこか腑に落ちない。
アルデバラン馬場は「幽霊なんじゃないか?」と、冗談交じりに笑った。
けれど須藤からすれば別に彼女が幽霊でも良かった。会えるなら、その顔を見て話せるなら、それで。
だから何度も「会いたい」と書いた。
やがて彼女も心境の変化があったのか「会ってもいいけど」という返事をしてくれて、その条件として「わたしを見つけてくれたら」という文言が添えられていた。
――彼女を見つけるのは容易だ。何故なら大量の隠し撮りをして送ってきた写真がある。
須藤はそう考えた。彼女がよく出没するのは学食、講堂、キャンパス、大学の正門、駐輪場、それに体育館だ。彼はそれらしい女性がいないか、いつも以上に気にかけて注視した。
だが一月経っても彼女のことは見つけられなかった。
ベテルギウスは考えた。何故彼女は見つからないのか。六等星を見つけるにはどうすればいいのか。
ある日彼は、トレードマークだった赤い髪を真っ黒に染めた。普段は赤やオレンジを選んでいた服もグレイに黒、紺と地味なものを選ぶように変えた。声もなるべく小さくし、目立たないようにマスクをして猫背で歩いた。
そんなことに意味なんてない。
サークルの仲間はみんな彼を笑ったけれど、ベテルギウスが目立たなくなってから二週間ほどが経った十月の末に、彼はようやく辿り着いた。
「やっと、分かったんだ」
大学のキャンパスに植えられている一本の銀杏の木、その下で大きな陰に隠れるようにして、その生物は存在していた。
「君は人間じゃなかったんだね」
着ているのは小豆色のニットだ。それにアーガイル柄のロングスカートを合わせている。けれど肌は半透明だった。透けている。その顔が、陰に入ると辛うじて確認することが出来た。日の下では見えなくなるらしい。
「あなたを、ずっと見てました。だって、あなたも人間じゃないから」
小さい頃に亡くなったという父親が、遠い世界の人だと母からは聞いていた。けれど、まさかそれが宇宙人のことだとは思わないだろう。
「もしよければ、わたしと一緒に、来ませんか?」
――どこへ。
という問いかけはしなかった。
「わかった」
ベテルギウスは彼女の差し出した手を握り、吸い込まれるようにして消えた。
※
その日以来、須藤輝夫という人間とベテルギウスという一等星が地球から消えた。彼について尋ねると「そんなやついたっけ?」と、大学の同級生たちは言う。
ただ、空を見上げた時に、かつてベテルギウスと呼ばれていた、今は三等星となった星の隣に、薄く、とても肉眼では確認出来ない六等星が一つ浮かぶようになった。それを見つけたある天文学者はこう答えたそうだ。
「もう孤独じゃなくなったんだな」
(了)
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