君と私の恋愛教室〜女性アレルギィの恋愛小説家と恋を知らない女性たち〜

凪司工房

文字の大きさ
50 / 88
第六章 「恋におちて」

7

しおりを挟む
「お姉ちゃん、全部最初から知ってたの?」
「ちゃんと言ったわよ。原田君のことは知っていると」
「けど結城貴司ゆうきたかしの半分だなんて、全然言ってくれなかったじゃない? センセの指示だと思ってたのに、あれって全部お姉ちゃんからのものだったってことでしょ?」

 原田がやってくれていたと思っていた恋愛教室。その指示すら、彼の意見は微塵みじんも存在せず、最初から最後まで姉の思い通りになるようにと、計画されたものだった。原田から後半の部分の指示書も見せてもらったけれど、そこには最終的に原田に一方的に振られることまでが盛り込まれていた。

「なんであんなことしたのよ」
「いい加減にあなたに気づいてもらいたいのよ。恋愛に振り回されるような女は、くだらない人種なんだと」
「恋愛のどこがくだらないのよ? お姉ちゃんだって一応恋愛小説家なんでしょ? 自分が書いているものもくだらないって言う訳?」
「そうよ」

 躊躇ちゅうちょの全くない即答だった。

「くだらないものだから売れるのよ。人々が口にしているもの、目にしている事柄の多くについて、よく考えてご覧なさい。本当に大切なものはそう簡単に口にしないし、見せない。確かに生死が懸かったような恋愛をしている人間だっていないとは言えないけれど、大半の人間は失恋したところで死ぬことなんてない」

 それは愛里に向けた言葉にしか思えなかった。

「恋は人間にとって必要ないものなの。娯楽なのよ。だから簡単に捨てられるし、取り替えられる。一晩泣き続けたら、明日には新しい相手を探せるのが人間なのよ。それこそ、ジェットコースターに乗っている間に感じられる偽物の恐怖と同じで、紛い物の夢心地なの」

 愛里の目に、見る間に涙が蓄えられていく。けれどそれが落ちるのを待ち切れずに腕で目元をぬぐうと、前に歩み出た。

「それで、何をしに来たの? くだらない恋愛教室の最後を書き換えろとか、そういうお願い?」
「違う。お姉ちゃんが考えてるようなことなんかじゃ、全然ないよ」

 部屋に差し込んでいた陽が、少しだけ陰る。
 優里は目を細めて愛里を見ているが、彼女が何か言う前にじれて言ってしまう。

「何なのよ。どうせいつもみたく、お姉ちゃん分からないから教えてって泣きつくんでしょ? それこそ原田君に本気になってて、何とかして付き合いたいんだけどどうすればいいとか、その程度の相談でしょ?」

 愛里は首を横に振る。

「だから何? 早く言いなさい。やっと全てに片が付きそうで気分が良かったところなの」
「センセの……原田さんの、女性アレルギィを治したい。お姉ちゃんなら、何か考えてくれると思ってる」
「そんなこと? あれは精神的なものだから原田君が原田君のままなら一生治らない。そういうものよ」

 優里は大きく吐息を出すと、ベッドに座り、愛里に背を向けて続ける。

「原田君が愛里に何か言ったの? 自分の過去について話す以外にも」
「全部分かってるお姉ちゃんなら、いちいちアタシが言わなくても分かるんじゃないの?」

 小さな舌打ちが聴こえた。

「センセは何も言わなかった。お姉ちゃんの指示に従って何とか最後の原稿を書こうと苦しんでる。そもそもセンセのこと、お姉ちゃん何も分かってないじゃん。アタシに何か頼んで、お姉ちゃんに伝えるような、そんな卑怯な真似する人じゃない!」
「そういう男だから、恋愛小説が書けないのよ」

 どうして原田はこんな女性を好きになったのだろう。
 それとも彼の目にはもっと素敵な女性に映っているのだろうか。
 けれど今この場にいたら必ず幻滅するだろう。自分を見下し、恋愛を軽視し、恋愛小説をくだらないと言い切ってしまう、そんな姉に対して。

「それで愛里。原田君とは……もうネたの?」
「何よ突然」
「それが一番意外だったのよ。今までの愛里なら相手がたとえ女性アレルギィだとしても、必ず一緒に寝てた。セックスするところまでいくかは分からないけど、でもそういう性的な魅力は姉の私が言うのも何だけど、かなり男性ウケするものがあると思う。それは原田君みたいな真面目な男性だったとしても、抗いがたい。でもね、あなたは今回何故か我慢している。何故?」

 質問の意味が分からなかった。

「アタシだって、分別くらいある。相手が困るようなことはしないよ」
「今まではそうじゃなかったじゃない?」

 優里は振り返り、細めた目を向けた。

「自分を愛して欲しくて、自分の欲望を相手に押し付けて、何とか自分に束縛しておこうとした。馬鹿な男ばかりだったからその欲望の波に呑まれてしまっていたけれど、相手に都合の良い女だと思わせておいて、本当は自分を相手の一番近くに置いておかせるように仕向けてきた。今回だって、原田君と同棲までできている。それは愛里。あなたが望んだことでしょ」

 確かにその通りだ。
 考えてそう行動した訳じゃないけれど、結果として、自分が一番望むものを手に入れてきたのかも知れない。だからいつかは相手がそれに付き合いきれなくなって、別れが訪れる。

「ならもっと欲張ればいいじゃない? キスしたいでしょ? セックスしたいでしょ? 愛していると言われたいでしょ? 相手が死んでしまったっていいじゃない。それがあなたの本当の望みなんだから」

 その言葉を聞いて、愛里は自然と右手を振り上げていた。

「何? 叩かないの?」
「お姉ちゃんの思い通りにはならない」

 けれど挙げた手を収め、愛里は頭を下げる。

「お願いします。原田さんを、助けてあげて下さい」

 一分以上、愛里はそのまま床を見ていた。リノリウムのクリーム色のてらてらとした光りの上を、何度か影が横切る。

「彼の担当医に聞きなさい。高正先生よ。とても素敵な人だから、きっと力になってくれる」
「ありがとう」

 そう言った愛里に対して、優里は何も言わずに一度だけ目を閉じるのを見せると、毛布を被って横になってしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

処理中です...