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第2章 東慶寺入山 御用宿 編
第13話 千姫の恋
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奈阿姫が東慶寺に入寺した翌年、義母、千姫に再婚話が持ち上がった。
相手は、伊勢桑名藩藩主・本多忠政の嫡男、本多忠刻である。
徳川四天王の一人、愛槍・蜻蛉切でも有名な本多忠勝を祖父に持つ、家康に三河時代より仕える重臣家系の嫡流だった。
忠勝の武勇は、あの秀吉から、『東の天下無双』と称されるほどであったが、この忠刻も剣への志は高い。
それは、後にあの剣豪・宮本武蔵を迎え入れて師事するほどの熱の入れぶりだった。
この婚儀を主導したのは、家康の信任篤い茶阿局である。
実は蜜月と思われる徳川家と本多家であったが、現在、その関係は、やや冷えかかっていたのだ。
それは本多忠勝の娘婿、真田信之による関ヶ原での敗将・真田昌幸、信繫親子の助命嘆願に始まる。
現、征夷大将軍の秀忠は、西軍についた真田の居城、上田城攻めに手を焼き、関ヶ原決戦に遅参するという失態を招いた。
面目を失った秀忠が、信之の願いに真っ向から反発し、家康に真田親子の首級を取るよう、こちらも懇願する。
板挟みとなった家康だったが、結局、長年仕えてくれた忠勝の功に報いる形で、昌幸、信繁の命は取らず、九度山への蟄居を命じるに留まった。
ただ、この真田家が九度山で、大人しくしていれば良かったのだが、方広寺鐘銘事件により、危機感を募らせた豊臣からの呼び掛けに応じてしまうのである。
この時、参陣したのは父、昌幸はすでに他界していたため、信繁のみであったが、大坂冬の陣では、出城・真田丸によって、徳川は苦杯を舐めることとなる。
そして、大阪夏の陣では、信繁の特攻で、あわやという場面を作られるに至って、秀忠の心中、『あの時、殺しておけば・・・』となるのは、やむを得なかった。
秀忠と股肱の臣・本多家。
この間にひびが生じていれば、徳川の世の安泰も遠のいてしまう。
茶阿局より、この婚儀の話を聞いた時、家康は相当、期待し千姫の動向を伺った。
というのも、この忠刻との話の前、さる公家との縁談話もあったのだが、千姫から強く拒絶されたため、破談となった経緯がある。
今回ばかりは、必ず成就させるために家康も慎重になったのだ。
一方、千姫の心情はというと、やはり、今回の婚姻も乗り気ではない。
そもそも、夫、秀頼が亡くなって、まだ、一年も経過していなかった。
どう考えても、早すぎる。他の誰かの妻となることには、後ろめたさがついて回るのだ。
千姫は、この話もお断りしようと心に決める。
ただ、相手は本多家の嫡男。家臣とはいえ、無下に断るのも失礼と一度だけ、会うことにした。
江戸城の中庭で、初めて会う二人。
ところがこの対面、実は初めてではなかったと知って、お互いに驚く。
実は千姫が伏見から江戸に戻る途中、桑名の七里の渡しで船を待っていたところ、運悪く通り雨にあたるということがあった。
千姫が奈阿姫とともに途方に暮れていると、さっと傘を差出してくれた侍がいたのである。
戸惑う千姫をよそに、その侍は自分が濡れるのを避けるためか、その場からすぐに立ち去って行った。
その時は名を聞く間もなく、きちんとお礼が言えなかったこと、どこか千姫の心の片隅に残っていたのである。
「あの時、傘を貸してくださったのは、忠刻さまだったのですか?」
「いや、拙者も高貴な方とはお見受けしていましたが、まさか、千姫さまとは・・・」
「その節は、大変助かりました。ありがとうございます」
照れた表情を見せる忠刻との江戸城中庭でのお見合い。
剣の道に生きていた忠刻は、あまり女性の扱いには慣れておらず、二人の会話は弾むことはなかった。
だが、千姫は、精悍にして内に秘める誠実な人柄を感じ取る。
確実に忠刻に惹かれている自分を自覚した。
それから、数日経過しても、時折、思い浮かぶのは忠刻の顔。これは、一時に気の迷いではないことを悟る。
秀頼のことを決して忘れたわけではないが、自分の気持ちを偽り続けるのに辛さを感じる日々が続くのだった。
そんな千姫の様子を侍女たちから聞き知った家康は、あることを急ぎ対応させる。
それは、秀頼との縁切りだ。
千姫とともに大阪城を脱出した刑部卿局を千姫の代理として、上州の満徳寺に派遣する。
満徳寺は東慶寺と並ぶ縁切り寺法を持つ寺だった。
刑部卿局は、千姫の御代わりで、満徳寺に入寺し俊澄尼と安名される。
千姫の代理駆け込みに、すでに亡くなっている秀頼が異議を唱えることは当然できず、すぐに縁切りが成立したことになった。
これは、家康が独断で行ったことで、勝手な行動に千姫は非難するものの、忠刻との婚姻へ外堀が埋まったのも事実。
揺れ動いていた気持ちが、一気に桑名藩へと向かうのである。
その後、千姫と忠刻の婚約が決まったという報せは、吉報として、日本中をにぎわすことになるのだった。
相手は、伊勢桑名藩藩主・本多忠政の嫡男、本多忠刻である。
徳川四天王の一人、愛槍・蜻蛉切でも有名な本多忠勝を祖父に持つ、家康に三河時代より仕える重臣家系の嫡流だった。
忠勝の武勇は、あの秀吉から、『東の天下無双』と称されるほどであったが、この忠刻も剣への志は高い。
それは、後にあの剣豪・宮本武蔵を迎え入れて師事するほどの熱の入れぶりだった。
この婚儀を主導したのは、家康の信任篤い茶阿局である。
実は蜜月と思われる徳川家と本多家であったが、現在、その関係は、やや冷えかかっていたのだ。
それは本多忠勝の娘婿、真田信之による関ヶ原での敗将・真田昌幸、信繫親子の助命嘆願に始まる。
現、征夷大将軍の秀忠は、西軍についた真田の居城、上田城攻めに手を焼き、関ヶ原決戦に遅参するという失態を招いた。
面目を失った秀忠が、信之の願いに真っ向から反発し、家康に真田親子の首級を取るよう、こちらも懇願する。
板挟みとなった家康だったが、結局、長年仕えてくれた忠勝の功に報いる形で、昌幸、信繁の命は取らず、九度山への蟄居を命じるに留まった。
ただ、この真田家が九度山で、大人しくしていれば良かったのだが、方広寺鐘銘事件により、危機感を募らせた豊臣からの呼び掛けに応じてしまうのである。
この時、参陣したのは父、昌幸はすでに他界していたため、信繁のみであったが、大坂冬の陣では、出城・真田丸によって、徳川は苦杯を舐めることとなる。
そして、大阪夏の陣では、信繁の特攻で、あわやという場面を作られるに至って、秀忠の心中、『あの時、殺しておけば・・・』となるのは、やむを得なかった。
秀忠と股肱の臣・本多家。
この間にひびが生じていれば、徳川の世の安泰も遠のいてしまう。
茶阿局より、この婚儀の話を聞いた時、家康は相当、期待し千姫の動向を伺った。
というのも、この忠刻との話の前、さる公家との縁談話もあったのだが、千姫から強く拒絶されたため、破談となった経緯がある。
今回ばかりは、必ず成就させるために家康も慎重になったのだ。
一方、千姫の心情はというと、やはり、今回の婚姻も乗り気ではない。
そもそも、夫、秀頼が亡くなって、まだ、一年も経過していなかった。
どう考えても、早すぎる。他の誰かの妻となることには、後ろめたさがついて回るのだ。
千姫は、この話もお断りしようと心に決める。
ただ、相手は本多家の嫡男。家臣とはいえ、無下に断るのも失礼と一度だけ、会うことにした。
江戸城の中庭で、初めて会う二人。
ところがこの対面、実は初めてではなかったと知って、お互いに驚く。
実は千姫が伏見から江戸に戻る途中、桑名の七里の渡しで船を待っていたところ、運悪く通り雨にあたるということがあった。
千姫が奈阿姫とともに途方に暮れていると、さっと傘を差出してくれた侍がいたのである。
戸惑う千姫をよそに、その侍は自分が濡れるのを避けるためか、その場からすぐに立ち去って行った。
その時は名を聞く間もなく、きちんとお礼が言えなかったこと、どこか千姫の心の片隅に残っていたのである。
「あの時、傘を貸してくださったのは、忠刻さまだったのですか?」
「いや、拙者も高貴な方とはお見受けしていましたが、まさか、千姫さまとは・・・」
「その節は、大変助かりました。ありがとうございます」
照れた表情を見せる忠刻との江戸城中庭でのお見合い。
剣の道に生きていた忠刻は、あまり女性の扱いには慣れておらず、二人の会話は弾むことはなかった。
だが、千姫は、精悍にして内に秘める誠実な人柄を感じ取る。
確実に忠刻に惹かれている自分を自覚した。
それから、数日経過しても、時折、思い浮かぶのは忠刻の顔。これは、一時に気の迷いではないことを悟る。
秀頼のことを決して忘れたわけではないが、自分の気持ちを偽り続けるのに辛さを感じる日々が続くのだった。
そんな千姫の様子を侍女たちから聞き知った家康は、あることを急ぎ対応させる。
それは、秀頼との縁切りだ。
千姫とともに大阪城を脱出した刑部卿局を千姫の代理として、上州の満徳寺に派遣する。
満徳寺は東慶寺と並ぶ縁切り寺法を持つ寺だった。
刑部卿局は、千姫の御代わりで、満徳寺に入寺し俊澄尼と安名される。
千姫の代理駆け込みに、すでに亡くなっている秀頼が異議を唱えることは当然できず、すぐに縁切りが成立したことになった。
これは、家康が独断で行ったことで、勝手な行動に千姫は非難するものの、忠刻との婚姻へ外堀が埋まったのも事実。
揺れ動いていた気持ちが、一気に桑名藩へと向かうのである。
その後、千姫と忠刻の婚約が決まったという報せは、吉報として、日本中をにぎわすことになるのだった。
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