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第4章 茶器と美しい姉妹 編
第41話 お互いの思惑
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柏屋の中で縄目を解かれた『風』が手首を動かしながら、調子を確認した。
長い間、縛られていたせいで、多少、しびれは残っているが、これは時間の経過とともに取れると思われる。
どうやら、問題なさそうだ。
「ところで、御仏に仕えるあんたたちが、こんな賊に仕事を頼んでいいのかよ?」
あまり、深く考えていなかったが、実際、どうなのだろうか?
皆の視線が瓊山尼に集まった。
「あなた、人を殺めたことはありますか?」
「ねぇよ」
だから、天秀への踏み込みが甘く、大事に至らなかったのであろう。甲斐姫が、ややからかうようにニヤリとした。
その嫌な視線を感じた『風』がそっぽを向く。
「では、今後、盗みをしないと誓うのであれば、東慶寺として不問とします」
「誓うって、口だけなら、何とでも言えるぜ」
「私は、貴方の言葉を信用する。それだけのことです」
瓊山尼は、そう言うと真っすぐ『風』を見据えた。
全てを見透かすような、そんな眼力である。
「もし、あなたが謀れば、それは私に見る目がなかったということ。そして、あなたは信を失い人としての品を落とす」
これが悟りを開いた者の格なのか、決して声を張っているわけではないが、瓊山尼の言葉には力があった。
さすが東慶寺第十九代の住持である。
『風』は、「分かったよ」と、頷くしかなかった。
神妙な顔をしている『風』の前に、甲斐姫が立つ。
豪快に笑うと、その場の雰囲気を和ませた。
「では、成立じゃな。お主は忍びこむ以外、特技はあるのかえ?」
その質問には、相当、自信があるのか胸を反らせて、『風』が答える。
「他人への扮装が一番得意だ」
何でも少年の身では、相手に舐められるそうで、取引の際には常に大人に変装しているとのことだった。
まだ、一度も見破られたことがないらしい。
「なるほどのぅ」
甲斐姫は次に卯花に大事な確認をする。紫乃が捕まり柏屋に賊が入った一連の流れは、二人が持つ茶器に起因していることは、言うまでもない。
では、姉を助けるために、その茶器を失うことも厭わないかということだった。
つまり、それほどの覚悟があるかを問いただす。
すると、卯花は大きく頷いた。
「お姉さんを助けられるのであれば、茶器はいりません」
「よう、申した」
甲斐姫が卯花を褒めると、一計あると皆を集める。
それを聞いて、皆、大いに納得するのだった。
役目を理解した者から、順に準備を開始する。
早速、『風』も山村屋に向かおうとした。
「ええと、・・・・・・・・、頑張ってください」
そんな『風』を天秀が励まそうとしたが、通り名、呼び名が分からないため、長い沈黙があったのである。
それに対して、『風』が照れたように頭をかいた。
「俺の名は、か・・・・いや、瓢太だ。風魔に拾われた時、何故か瓢箪を抱えていたらしい」
『風』は通り名ではなく、本当の名前を天秀に教える。
そして、風のように、その場を去って行くのだった。
瓢太がいなくなった空間を天秀は見つめる。頭の中で、何度もその名前を繰り返すのだった。
山村屋の中で、権兵衛の背後に突然、気配がする。
振り返ると、そこには『風』が立っていた。
「おお、仕事が早いな。早速、茶器を渡してくれ」
権兵衛は催促するが、『風』は首を横に振る。噂以上に甲斐姫が手強く、任務に失敗したと告げたのである。
この体たらくに、権兵衛は『風』をなじるのだが、茶器を手に入れることができる方法があると話すと、態度をコロリと変えた。
「柏屋で捕まった時、間抜けにもあんたをやり込める策を、俺にまで教えてくれたのさ」
「それを逆手に取ろうってのか?」
『風』が頷くと同時に、権兵衛が笑い始める。ようやく、念願の『紫白一対の茶器』を手に入れられる見込みが立ち、笑いが止まらなくなったのだ。
これで、山村屋は安泰である。
「しかし、あんたを本当に信用してもいいのか?」
「ん?向こうは言葉だけて謝礼も出ない。あんたは金を払い成功報酬まで約束している。どちらにつくかなんて、疑うことなのか?」
「それもそうだな」
権兵衛は、『風』の言葉に納得した。
では、ついにその本題。その逆手にとる策とやらを授けてもらうことにする。
そこで『風』が話したのは、本当に簡単なことだった。
権兵衛は、東慶寺の招集に応じて、柏屋に行けばいいだけの話。
そこで、離縁状でも何でも言われた通りにすればいい。
ただ、最後にそこにいるのは妻の紫乃ではなく、義妹の卯花だと騒ぎ立てれば、縁切寺法は通用しなくなるのだ。つまり、東慶寺は手が出せなくなる。
後は卯花の身柄を山村屋で預かると言えば、決着がつくという寸法。
その話を聞いて、権兵衛は早くも興奮する。
これ以上ないというくらいに完璧な作戦に思えたからだった。
「それじゃあ、明日にでも早速、柏屋に行ってくるぜ」
「ああ。成功報酬を忘れるんじゃねぇぞ」
「もちろん、分かっている」
上々の首尾となることを確信した権兵衛と『風』は、互いに笑い合う。
こんなに明日が来るのを待ち遠しく感じることは、今まで生きてきた中で、一度もないと思う権兵衛だった。
長い間、縛られていたせいで、多少、しびれは残っているが、これは時間の経過とともに取れると思われる。
どうやら、問題なさそうだ。
「ところで、御仏に仕えるあんたたちが、こんな賊に仕事を頼んでいいのかよ?」
あまり、深く考えていなかったが、実際、どうなのだろうか?
皆の視線が瓊山尼に集まった。
「あなた、人を殺めたことはありますか?」
「ねぇよ」
だから、天秀への踏み込みが甘く、大事に至らなかったのであろう。甲斐姫が、ややからかうようにニヤリとした。
その嫌な視線を感じた『風』がそっぽを向く。
「では、今後、盗みをしないと誓うのであれば、東慶寺として不問とします」
「誓うって、口だけなら、何とでも言えるぜ」
「私は、貴方の言葉を信用する。それだけのことです」
瓊山尼は、そう言うと真っすぐ『風』を見据えた。
全てを見透かすような、そんな眼力である。
「もし、あなたが謀れば、それは私に見る目がなかったということ。そして、あなたは信を失い人としての品を落とす」
これが悟りを開いた者の格なのか、決して声を張っているわけではないが、瓊山尼の言葉には力があった。
さすが東慶寺第十九代の住持である。
『風』は、「分かったよ」と、頷くしかなかった。
神妙な顔をしている『風』の前に、甲斐姫が立つ。
豪快に笑うと、その場の雰囲気を和ませた。
「では、成立じゃな。お主は忍びこむ以外、特技はあるのかえ?」
その質問には、相当、自信があるのか胸を反らせて、『風』が答える。
「他人への扮装が一番得意だ」
何でも少年の身では、相手に舐められるそうで、取引の際には常に大人に変装しているとのことだった。
まだ、一度も見破られたことがないらしい。
「なるほどのぅ」
甲斐姫は次に卯花に大事な確認をする。紫乃が捕まり柏屋に賊が入った一連の流れは、二人が持つ茶器に起因していることは、言うまでもない。
では、姉を助けるために、その茶器を失うことも厭わないかということだった。
つまり、それほどの覚悟があるかを問いただす。
すると、卯花は大きく頷いた。
「お姉さんを助けられるのであれば、茶器はいりません」
「よう、申した」
甲斐姫が卯花を褒めると、一計あると皆を集める。
それを聞いて、皆、大いに納得するのだった。
役目を理解した者から、順に準備を開始する。
早速、『風』も山村屋に向かおうとした。
「ええと、・・・・・・・・、頑張ってください」
そんな『風』を天秀が励まそうとしたが、通り名、呼び名が分からないため、長い沈黙があったのである。
それに対して、『風』が照れたように頭をかいた。
「俺の名は、か・・・・いや、瓢太だ。風魔に拾われた時、何故か瓢箪を抱えていたらしい」
『風』は通り名ではなく、本当の名前を天秀に教える。
そして、風のように、その場を去って行くのだった。
瓢太がいなくなった空間を天秀は見つめる。頭の中で、何度もその名前を繰り返すのだった。
山村屋の中で、権兵衛の背後に突然、気配がする。
振り返ると、そこには『風』が立っていた。
「おお、仕事が早いな。早速、茶器を渡してくれ」
権兵衛は催促するが、『風』は首を横に振る。噂以上に甲斐姫が手強く、任務に失敗したと告げたのである。
この体たらくに、権兵衛は『風』をなじるのだが、茶器を手に入れることができる方法があると話すと、態度をコロリと変えた。
「柏屋で捕まった時、間抜けにもあんたをやり込める策を、俺にまで教えてくれたのさ」
「それを逆手に取ろうってのか?」
『風』が頷くと同時に、権兵衛が笑い始める。ようやく、念願の『紫白一対の茶器』を手に入れられる見込みが立ち、笑いが止まらなくなったのだ。
これで、山村屋は安泰である。
「しかし、あんたを本当に信用してもいいのか?」
「ん?向こうは言葉だけて謝礼も出ない。あんたは金を払い成功報酬まで約束している。どちらにつくかなんて、疑うことなのか?」
「それもそうだな」
権兵衛は、『風』の言葉に納得した。
では、ついにその本題。その逆手にとる策とやらを授けてもらうことにする。
そこで『風』が話したのは、本当に簡単なことだった。
権兵衛は、東慶寺の招集に応じて、柏屋に行けばいいだけの話。
そこで、離縁状でも何でも言われた通りにすればいい。
ただ、最後にそこにいるのは妻の紫乃ではなく、義妹の卯花だと騒ぎ立てれば、縁切寺法は通用しなくなるのだ。つまり、東慶寺は手が出せなくなる。
後は卯花の身柄を山村屋で預かると言えば、決着がつくという寸法。
その話を聞いて、権兵衛は早くも興奮する。
これ以上ないというくらいに完璧な作戦に思えたからだった。
「それじゃあ、明日にでも早速、柏屋に行ってくるぜ」
「ああ。成功報酬を忘れるんじゃねぇぞ」
「もちろん、分かっている」
上々の首尾となることを確信した権兵衛と『風』は、互いに笑い合う。
こんなに明日が来るのを待ち遠しく感じることは、今まで生きてきた中で、一度もないと思う権兵衛だった。
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