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第6章 悲運の姫 編
第68話 信仰より人の痛み
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天秀が囚われている小寺。
おおよその潜伏先を明石全登より聞いていたことが、功を奏する。
そのおかげで瓢太は、何とかその場所を見つけることができたのだ。
「甲斐姫さまたちも来ているのですか?」
「いや、まだだ。俺だけ、先行して辿り着いた」
声はすれど姿は見えない。天秀が普通に話しているのを深恵は、不思議そうに眺めた。
天秀の表情から察するに、話している相手に相当、信頼を置いているのだと感じる。
「治房は、警備にかなりの人を雇っている。お前だけなら、何とか連れ出せるが人質、全てとなると俺だけじゃあ無理だ。暫く辛抱してくれ」
「分かりました。それまでは、何とか堪えて見せます」
「・・・最後まで、諦めるなよ」
その言葉を最後に、瓢太の気配が辺りから消えた。
治房との会話を聞いていたがゆえに、天秀を励まして、瓢太は去って行ったのである。
そのことを感じ取った天秀は、十分、勇気づけられるのだった。
「もう大丈夫よ。瓢太さん・・・仲間が見つけてくれたわ。戦国最強の怖いお姉さまが、間もなく来るので、安心して」
「え?・・・はい。・・分かりました」
助かる目途が立ったのに、何故か深恵の顔は浮かない。着物の上から、胸元の十字架を強く握っていることで、天秀はその理由に気づいた。
彼女はキリシタンであるがため、もし、幕府の者に見つかれば、どのような仕打ちを受けるか分からない。
天秀の言う助けというのが、本当に深恵までも救ってくれるのかを、心配しているのだろう。
「大丈夫。どんなことがあっても、必ずあなたを・・・いえ、人質の皆さんを守るわ」
「でも、それだと天秀さまにご迷惑がかかります」
「そんな事、気にしなくていいのよ」
天秀の言葉はありがたいのだが、やはり、どうしても深恵は気後れしてしまうのだ。
それは、今までの経験、キリシタンへの扱いが、そうさせているのかもしれない。
思いつめた深恵は、つい勢い余って、心の奥にある気持ちを天秀にぶつけてしまった。
「どうして、・・・どうしてキリシタンは、こんな迫害を受けなければならないのでしょうか?」
それは日ノ本にいるキリシタン全員の切実な声だった。
幕府の中枢にいるわけではない天秀は、明確な答えを持っているわけではないが、自分なりに思うところを伝える。
「人の本質の中に、理解できぬものへの恐れがあります」
「人の本質ですか?」
天秀は大きく頷く。キリスト教は、この国に伝来されて、まだ日が浅い。
その真理を広く理解するには、まだまだ時間が足りないのだ。
ゆえに、幕府から恐れられているのだろうと説明する。
今でこそ、認められているものの、仏教にもそういう時期があったのだ。
これは、天秀が話す人の本質に係わるところかもしれず、時間を要することは歴史が証明している。
「・・・では、やはり、辛抱強く耐えていくしかないのですね」
「でも、人には未知なるものへの探求心もあるわ。その気持ちがなくならない限り、そして、キリスト教がこれだけ多くの人の心に響くのであれば、きっとこの国でも認められる日が来るはず」
気休めにもならないかもしれないが、天秀が今、言えるのはそれだけだった。
しかし、深恵にとっては、少しの希望を持てた様子。
おそらく自分が生きている間は難しいだろうが、信仰する宗教が、いつか認められる日が来るかもしれないと思えるようになったのだ。
「でも、天秀さまは仏教徒ですよね。キリシタンに、そんなことを説いていいのですか?」
「そうね・・・私は修行中の身だから、御仏の心はまだ、分からない。だけど、人の痛みなら、何となく分かる。人の哀情を和らげることに信仰は、あまり関係ないと思うから」
師匠の瓊山尼が聞いたら、困った顔をするかもしれないが、最後は同意してくれるはずと嘯くと、幾分、深恵の気持ちもほぐれたようで、笑みも浮かぶ。
さて、お互い元気が出たところで、ここである程度逃げる算段をつけておかなければならない。
天秀は、この寺全体の大きさと、この部屋の位置。それと、深恵の母親たちが閉じ込められているという土倉の場所を確認した。
雇っている浪人の数は、少なくとも五十人はいるそうで、警備の目はかなり厳重のようである。
それだけに天秀たちが逃げられないと、治房が油断している可能性は高いのだが・・・
やはり、実際、その人数を相手取るには、甲斐姫、三木之介、瓢太がいても、少々、厳しいような気がした。
これは、幕吏の介入が必要かもしれない。
ただ、そうなると解放された後の身元調べがついて回る。
深恵はもとより、捕まっている人たちは、全員、キリシタン。
直ぐに再び、捕縛されてしまう可能性が高かった。
助けると約束した以上、捕まる相手が変わるだけでは意味がない。
ここは、仲間内だけで、何とかするしかないのだろうと肚を決めた。
ただ、救援に来てくれる甲斐姫たちが、どう出るか?
瓢太の報告を聞けば、千姫の伝手を使って、幕府に助力を求めるかもしれない。
それは、それでありがたいのだが。もし、その時は・・・
ここで、天秀は考えるのを止めた。
まだ、不確定要素が多すぎるのである。
自分が考えるのは、まず、救援隊の足枷にならぬよう、治房の手から人質含めて逃れておくこと。
それを果たせなければ、甲斐姫たちの不利を解消できないのだ。
まずは、そのことだけに集中しようと思うのだった。
おおよその潜伏先を明石全登より聞いていたことが、功を奏する。
そのおかげで瓢太は、何とかその場所を見つけることができたのだ。
「甲斐姫さまたちも来ているのですか?」
「いや、まだだ。俺だけ、先行して辿り着いた」
声はすれど姿は見えない。天秀が普通に話しているのを深恵は、不思議そうに眺めた。
天秀の表情から察するに、話している相手に相当、信頼を置いているのだと感じる。
「治房は、警備にかなりの人を雇っている。お前だけなら、何とか連れ出せるが人質、全てとなると俺だけじゃあ無理だ。暫く辛抱してくれ」
「分かりました。それまでは、何とか堪えて見せます」
「・・・最後まで、諦めるなよ」
その言葉を最後に、瓢太の気配が辺りから消えた。
治房との会話を聞いていたがゆえに、天秀を励まして、瓢太は去って行ったのである。
そのことを感じ取った天秀は、十分、勇気づけられるのだった。
「もう大丈夫よ。瓢太さん・・・仲間が見つけてくれたわ。戦国最強の怖いお姉さまが、間もなく来るので、安心して」
「え?・・・はい。・・分かりました」
助かる目途が立ったのに、何故か深恵の顔は浮かない。着物の上から、胸元の十字架を強く握っていることで、天秀はその理由に気づいた。
彼女はキリシタンであるがため、もし、幕府の者に見つかれば、どのような仕打ちを受けるか分からない。
天秀の言う助けというのが、本当に深恵までも救ってくれるのかを、心配しているのだろう。
「大丈夫。どんなことがあっても、必ずあなたを・・・いえ、人質の皆さんを守るわ」
「でも、それだと天秀さまにご迷惑がかかります」
「そんな事、気にしなくていいのよ」
天秀の言葉はありがたいのだが、やはり、どうしても深恵は気後れしてしまうのだ。
それは、今までの経験、キリシタンへの扱いが、そうさせているのかもしれない。
思いつめた深恵は、つい勢い余って、心の奥にある気持ちを天秀にぶつけてしまった。
「どうして、・・・どうしてキリシタンは、こんな迫害を受けなければならないのでしょうか?」
それは日ノ本にいるキリシタン全員の切実な声だった。
幕府の中枢にいるわけではない天秀は、明確な答えを持っているわけではないが、自分なりに思うところを伝える。
「人の本質の中に、理解できぬものへの恐れがあります」
「人の本質ですか?」
天秀は大きく頷く。キリスト教は、この国に伝来されて、まだ日が浅い。
その真理を広く理解するには、まだまだ時間が足りないのだ。
ゆえに、幕府から恐れられているのだろうと説明する。
今でこそ、認められているものの、仏教にもそういう時期があったのだ。
これは、天秀が話す人の本質に係わるところかもしれず、時間を要することは歴史が証明している。
「・・・では、やはり、辛抱強く耐えていくしかないのですね」
「でも、人には未知なるものへの探求心もあるわ。その気持ちがなくならない限り、そして、キリスト教がこれだけ多くの人の心に響くのであれば、きっとこの国でも認められる日が来るはず」
気休めにもならないかもしれないが、天秀が今、言えるのはそれだけだった。
しかし、深恵にとっては、少しの希望を持てた様子。
おそらく自分が生きている間は難しいだろうが、信仰する宗教が、いつか認められる日が来るかもしれないと思えるようになったのだ。
「でも、天秀さまは仏教徒ですよね。キリシタンに、そんなことを説いていいのですか?」
「そうね・・・私は修行中の身だから、御仏の心はまだ、分からない。だけど、人の痛みなら、何となく分かる。人の哀情を和らげることに信仰は、あまり関係ないと思うから」
師匠の瓊山尼が聞いたら、困った顔をするかもしれないが、最後は同意してくれるはずと嘯くと、幾分、深恵の気持ちもほぐれたようで、笑みも浮かぶ。
さて、お互い元気が出たところで、ここである程度逃げる算段をつけておかなければならない。
天秀は、この寺全体の大きさと、この部屋の位置。それと、深恵の母親たちが閉じ込められているという土倉の場所を確認した。
雇っている浪人の数は、少なくとも五十人はいるそうで、警備の目はかなり厳重のようである。
それだけに天秀たちが逃げられないと、治房が油断している可能性は高いのだが・・・
やはり、実際、その人数を相手取るには、甲斐姫、三木之介、瓢太がいても、少々、厳しいような気がした。
これは、幕吏の介入が必要かもしれない。
ただ、そうなると解放された後の身元調べがついて回る。
深恵はもとより、捕まっている人たちは、全員、キリシタン。
直ぐに再び、捕縛されてしまう可能性が高かった。
助けると約束した以上、捕まる相手が変わるだけでは意味がない。
ここは、仲間内だけで、何とかするしかないのだろうと肚を決めた。
ただ、救援に来てくれる甲斐姫たちが、どう出るか?
瓢太の報告を聞けば、千姫の伝手を使って、幕府に助力を求めるかもしれない。
それは、それでありがたいのだが。もし、その時は・・・
ここで、天秀は考えるのを止めた。
まだ、不確定要素が多すぎるのである。
自分が考えるのは、まず、救援隊の足枷にならぬよう、治房の手から人質含めて逃れておくこと。
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まずは、そのことだけに集中しようと思うのだった。
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