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第一章
うそつき
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***
雲母は東を乗せて上尾の農村を駆け回った。本来なら、振り落とされてもおかしくはなかったと東は思う。
「本当に、雲母は賢いね」
そう東が雲母の鬣を撫でると、当たり前だ、とでも言うように雲母は荒々しく鼻を鳴らした。
青の言葉が、気迫が雲母を動かしていた。雲母は気高く、自分が心を開いている人間の言うことしか聞かない。けれど、雲母は青の言葉を聴いていた。
村人を救いたい青の気持ちが雲母に届いていた。
すべての農村の長に尾東の溜池が決壊したことを告げ、すぐさま美弥藤の屋敷へ避難するよう伝えた。
そして、屋敷には行かず、尾東に戻った東は布作面の下で顔を顰める。
尾東には、死霊が彷徨っていた。
決壊の知らせを聞いて青と共に駆けつけたときよりも増えている。
『……死にたくなかったよおぉ……』
「なんで、こんなことになっちまったんだ……」
『おかあさん、……わたし、ここにいるよ。こっちだよ。なんで泣いてるの?』
「さよ、さよ……! なんか言っておくれよ!」
死霊の叫び声と残された家族らの哀咽が混ざり合い、不協和音を成して東の脳内を揺さぶった。
溜池が決壊するかもしれないからと、各農村の長たちに東が避難を促すと彼らは東に感謝の意を伝えた。
「知らせてくれてありがとう」
東はその言葉を聞くのが辛かった。
溜池が決壊したのは自分のせいだから。
雨を降らしたら、みんなが喜んでくれた。
村の人たちも、青さんも。……嬉しかったんだ。
自分が生きていても良い理由が見つけられた気がして、嬉しかった。
そのとき、ひとりの死霊――又吉と思しき霊が東に指を差した。
『おまえ……どうして……言ってくれなかったんだ。予言では何も言ってなかったじゃないか』
東は乾いた喉を上下させるも、声が出ない。
『死にたくなかったなぁ……まだ生きていたかったなぁ……』
東の存在に気付いた死霊たちが、ぞろぞろと集まってくる。
『あぁ、あんたのせいだよ。予言してくれてりゃあ、わしらは死ぬことはなかったんだ』
『さては、あてずっぽうだったね?』
『そうに違いねえ。青さまに拾われた孤児じゃ。人から注目を浴びたかったに違いねえ』
『このうそつきが……』
「ち、ちがう……」
自分で紡いだ言葉を東は否定した。
いや、何も違わないじゃないか。
僕はうそつきだ。
『うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき』
死霊たちの重なり合う憎悪の言葉に耐えきれなくなった東は雲母の腹を蹴り、逃げるようにその場から立ち去った。
美弥藤の屋敷に辿り着くと、避難してきた村人たち東を見つけて口々に言う。
「教えてくれてありがとう。助かったよ」
「まさか、尾東があんなことになるとはなぁ。教えてくれなきゃ、うちらも同じ目にあっていたかもしれないね」
「東さまのおかげで奇妙な現象も少なくなって、感謝しかないよ」
東は声をかけてくる村人たちの間を縫うように歩いた。
村人たちの言葉を掻き消すように、やめてくれ、と心の中で繰り返しながら。
青の部屋へ戻った東は頭を抱えて蹲った。
こんなことになるなんて、知らなかった。わかるわけがないじゃないか。天気のことなんて、何もわからない。雨を降らせる感覚がわかるから、やっただけなんだ。
「僕は、悪くない……」
そうぽつりと呟いた瞬間、腹部から渦巻く嫌悪感に東は吐き気を催して、縁側から庭へ頭を突っ込んで嘔吐いた。
幸い、吐しゃ物は出なかったが気持ち悪さが収まらない。手の甲で口元を拭い、その場で蹲っていると、ふと声をかけられた。
雲母は東を乗せて上尾の農村を駆け回った。本来なら、振り落とされてもおかしくはなかったと東は思う。
「本当に、雲母は賢いね」
そう東が雲母の鬣を撫でると、当たり前だ、とでも言うように雲母は荒々しく鼻を鳴らした。
青の言葉が、気迫が雲母を動かしていた。雲母は気高く、自分が心を開いている人間の言うことしか聞かない。けれど、雲母は青の言葉を聴いていた。
村人を救いたい青の気持ちが雲母に届いていた。
すべての農村の長に尾東の溜池が決壊したことを告げ、すぐさま美弥藤の屋敷へ避難するよう伝えた。
そして、屋敷には行かず、尾東に戻った東は布作面の下で顔を顰める。
尾東には、死霊が彷徨っていた。
決壊の知らせを聞いて青と共に駆けつけたときよりも増えている。
『……死にたくなかったよおぉ……』
「なんで、こんなことになっちまったんだ……」
『おかあさん、……わたし、ここにいるよ。こっちだよ。なんで泣いてるの?』
「さよ、さよ……! なんか言っておくれよ!」
死霊の叫び声と残された家族らの哀咽が混ざり合い、不協和音を成して東の脳内を揺さぶった。
溜池が決壊するかもしれないからと、各農村の長たちに東が避難を促すと彼らは東に感謝の意を伝えた。
「知らせてくれてありがとう」
東はその言葉を聞くのが辛かった。
溜池が決壊したのは自分のせいだから。
雨を降らしたら、みんなが喜んでくれた。
村の人たちも、青さんも。……嬉しかったんだ。
自分が生きていても良い理由が見つけられた気がして、嬉しかった。
そのとき、ひとりの死霊――又吉と思しき霊が東に指を差した。
『おまえ……どうして……言ってくれなかったんだ。予言では何も言ってなかったじゃないか』
東は乾いた喉を上下させるも、声が出ない。
『死にたくなかったなぁ……まだ生きていたかったなぁ……』
東の存在に気付いた死霊たちが、ぞろぞろと集まってくる。
『あぁ、あんたのせいだよ。予言してくれてりゃあ、わしらは死ぬことはなかったんだ』
『さては、あてずっぽうだったね?』
『そうに違いねえ。青さまに拾われた孤児じゃ。人から注目を浴びたかったに違いねえ』
『このうそつきが……』
「ち、ちがう……」
自分で紡いだ言葉を東は否定した。
いや、何も違わないじゃないか。
僕はうそつきだ。
『うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき、うそつき』
死霊たちの重なり合う憎悪の言葉に耐えきれなくなった東は雲母の腹を蹴り、逃げるようにその場から立ち去った。
美弥藤の屋敷に辿り着くと、避難してきた村人たち東を見つけて口々に言う。
「教えてくれてありがとう。助かったよ」
「まさか、尾東があんなことになるとはなぁ。教えてくれなきゃ、うちらも同じ目にあっていたかもしれないね」
「東さまのおかげで奇妙な現象も少なくなって、感謝しかないよ」
東は声をかけてくる村人たちの間を縫うように歩いた。
村人たちの言葉を掻き消すように、やめてくれ、と心の中で繰り返しながら。
青の部屋へ戻った東は頭を抱えて蹲った。
こんなことになるなんて、知らなかった。わかるわけがないじゃないか。天気のことなんて、何もわからない。雨を降らせる感覚がわかるから、やっただけなんだ。
「僕は、悪くない……」
そうぽつりと呟いた瞬間、腹部から渦巻く嫌悪感に東は吐き気を催して、縁側から庭へ頭を突っ込んで嘔吐いた。
幸い、吐しゃ物は出なかったが気持ち悪さが収まらない。手の甲で口元を拭い、その場で蹲っていると、ふと声をかけられた。
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