宝生の樹

丸家れい

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第三章

祈り

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 いけない。駄目だ。そんなことを言っては。

 早く、青に、そう言いたいのに言えなかった。胸から溢れる誤魔化し切れないほどの悦に、喉の奥が熱くなって東は言葉が出なかった。

 すると、保親が豪快に笑声を放つ。

「それでこそ、私の娘だ」

 そう満足そうに言い放った保親は腰を据え、青をしかと見据えた。

「お前に馬を二頭やろう。東と逃げるがよい」

 そういうや否や保親は東の束縛を解くよう家臣に命じ、東は自由の身となった。
 きつく捩じり上げられていた腕の痺れ感じながら立ち上がる東に保親は言う。

「刀は扱えるか?」

「多少なら。青から教わりました」

 うむ、と保親は立ち上がる。戦の準備のため、保親の鎧と刀を持ってきていた家臣から刀を手にした保親は東に差し出す。

「これをやろう。美弥藤に代々伝わる刀剣だ」

 鮮明な赤色と青銅色の屈強な気を放つ保親の声を辿り、迷うことなく刀を受け取った東は礼を執った。

「ありがとうございます」
 
 保親の手を離れた刀は、ずっしりと重かった。刀だけの重みではない。
 保親の想いが刀に帯びている。
 
 青を頼んだ、と無言の言付を賜った東はさらに深く頭を下げた。
 粛然たる東の対応に保親は唇に薄く笑みを刷いて言う。

「だが、私が出来ることはこれまでだ。後は、お前らの力で切り開いてゆけ」

 保親から寄せられた絶大なる信頼に青の瞳に涙が滲んだ。

「お世話になりました」

 青が深く頭を下げると、章子が羽織っていた打掛を青の肩にかける。

「今まで、……ご苦労さまでした。國保の分まで、ありがとう」

 章子のしとやかな白檀の香りがする打掛を握り締め、振り仰いだ青の瞳から涙が溢れた。

「……章子さま、安心して健やかなるお子をお生みくださいませ。私は、どこからでも美弥藤の繁栄を祈っております」



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