宝生の樹

丸家れい

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第四章

お守り

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 ***

 手綱を引き上げて、雲母の足を止めた青は振り返る。

 追手は二騎。

 今まで怠ることなく武術の鍛錬を積んできた青ではあるが、実戦は初めてだった。
 二百年前に起きた朝廷軍と伊予の一族の戦を最後に、倭ノ国で大きな戦は起きていない。

 故に今向かってきている騎兵も同様に戦を経験していないということなのだが、どうしても緊張して手に汗が滲む。

 屋敷では、卑劣な母親の行動に怒りに任せて抜刀した。
 人に向けて刃を向けるのは初めてだった。

 もしもあのとき、母上を斬り付けていたら後悔していたかもしれない。

 母親を許せなかったのも事実だが、一番は自分のことが許せなかったから。 
 情けなかったから。
 
 青は深呼吸をする。

 東がいなければ、予波ノ島に封印された龍神を解き放つことができない。
 沫ノ森で東が待っている。

 瞳を閉じると、母親を斬り付けた保親の姿が脳裏に過った。
 強張った身体を、心をほぐすように再び深呼吸をした青は目を開け、呂色の瞳に闘志を漲らせる。

 青が意を決して刀を振り上げると、追手の武者も怒号を飛ばしながら刀を振り上げて突進してきた。

 目前に迫った武者に刀を振り下ろすと刃が激しくぶつかり合う。

 だが、青と武者との力の差は歴然だった。
 武者の威力に弾き飛ばされた青は均衡を崩して雲母から落馬してしまう。嘶く雲母の声を聞きながら受け身を取り、すぐに立ち上がろうとするも、武者は再び青に向けて刃を突いてきた。
 
 青は俊敏に身体を転がせて寸前のところで武者の刃を避ける。

「すばしっこい娘じゃ」

 武者は無精ひげを揺らして余裕の笑みを滲ませて追撃する。
 青はどうにか立て直し、刀を薙いで刃を受け止めた。ぎちぎち、と力がかち合う音が耳朶にいやに響く。じわりじわりと刃を押し戻す青に武者が笑った。

「遊びは終いじゃ。もう諦めい」

 青は負けじと足を踏ん張って刀を受け流し、武者の浅黒い喉を狙って刃を突いた。
 が、突如、肩に激痛が走り抜け、青は刀を落としてしまう。

 痛む右肩へ視線を走らせると矢が刺さっていた。続きざまに、脹脛に矢を受けた青がよろめいた瞬間、無機質な銀色が閃いた。

 青は咄嗟に武者の刃を避けたが、ぬかるんだ地面に足を取られて上手く避け切れず、切っ先に胸元を斬り付けられてしまう。

 そのとき、血が溢れる胸元から何かが落ちた。

 首から下げていたお守りが武者の刃を受けて破れてしまっていた。
 破れたお守りの中から零れ落ちていたそれに、青は顔を歪める。

 濡れた地面には、ただの石ころではなく翡翠色の石が転がっていた。
 
 翡翠には『ありがとう』と大きさも形も不揃いな文字が刻まれている。
 細い線を何度も重ねて削った文字が。

 東の文字だ。

 泣き出しそうになるのを堪えて青は翡翠を泥ごと掴み取り、地面に横たわる刀に手を伸ばす。

 青の頭上で、武者の刃が再び閃いた。
 
 空を斬る鋭い音が聞こえ、青は覚悟してきつく目を瞑った。

 刹那。

 頭上から鈍い音が落ちてきた。ハッとして青が顔を上げると、虚空に瞬く深紅と銀の煌めき。

 血飛沫が散る中、青の瞳が映し出したのは東の姿だった。

 保親から授かった刀で武者の腕を斬り落とした東の深紅の瞳は、片腕をなくした武者を冷淡に見据えていた。

 こちらに駆けてくるときに受けたのか、肩で息をする東の脇腹と脚には矢が突き刺さってしまっている。青が悲痛に顔を歪めていると、武者が高揚した声を上げた。

「白人……! 誠だったのだ。美弥藤家は白人を隠匿して……っ!」

 異様な興奮を見せた武者の言葉を遮るように東は、再び武者を斬り付ける。悲鳴を上げながら落馬した武者に歩み寄り、深紅の瞳に冷酷な色を宿した東は容赦なく首を一突きした。

 矢が亡くなってしまったのか、もう一騎の武者が刀を振り上げてこちらに駆けてくる。気配を察知した東が刀を構えたそのとき、突然武者が落馬して倒れ込んだ。

 何が起きたのだ、と訝し気に立ち上がった青と東が目を眇めると、倒れた武者の周りには影が蠢いていた。

「こっちのことは任せろ!」

 そう手を挙げる影の声は、佐助のものだった。どうやら、村人たちが石や鍬などの農部を使って武者を襲ったようだった。

「今のうちに逃げろー!」
「いつも世話になっていた恩返しだい! 構わず行きなされ!」
「ご無事で!」

 佐助に続いて、手を振る村人たちの姿を目に焼き付けた青と東は深々と頭を下げてその場を後にした。
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