9 / 118
9.『私、騎士になりたいんだ』
しおりを挟む
『私、騎士になりたいんだ』
ユウラが真剣な眼差しをウォルフに向けた。
『なればいいんじゃねぇの?』
ウォルフは反射的にそう言った。
ウォルフ・フォン・アルフォードと
ユウラ・エルドレッドのショッピングモールでの誓いである。
◇◇◇
嬉し恥ずかしの週末が明けて、月の曜日となった。
ユウラは王立のアカデミーの制服を身に纏う。
学年上位10名にのみ着用を許された、
通称『赤服』と呼ばれる軍服だ。
「えっ? 何? お前赤服なの?
やるじゃん」
部屋の前で偶然鉢合わせたウォルフが、
興味深げにユウラを見つめた。
ちなみにウォルフもアカデミーに在学中で、
ユウラの2学年上のトップガンであり、騎士の称号を得ている。
ウォルフはすでに自身の部隊を持っており、身に纏うのは白の隊長服だ。
従来の騎士とは、土地支配権を認められる代わりに
騎兵として軍役を負った身分を指す言葉なのであるが、
この国レッドロラインで言うところの騎士とは、
軍のトップエリートを指す。
従来のその言葉の通り、騎乗して戦う者、という意味合いを持つが、
乗るのは馬ではなく、
現在の軍の主力である『シェバリエ・アーマー』という名の人型起動兵器だ。
遥か古の昔、地球を発った一艘の宇宙船ノアが、紆余曲折の末に
たどり着いた星に築いた国、それがレッドロラインだ。
レッドロラインの王族とは、
かつて『神に選ばれし民』を宇宙船でこの地に導いたとされる、
ノアの一族の末裔なのだという。
いち早く宇宙資源の開発に成功し、莫大な富を得たレッドロラインは、
その経済力にものを言わせ、軍事、政治、経済、文化において比類なき発展を遂げた。
人々は地球と同じ重力や自然環境が再現された、
スペースコロニーと呼ばれる居住空間に暮らしている。
◇◇◇
「ほんじゃあ、行きますか」
そういってウォルフが、ユウラの手を取ろうとすると、
ユウラがその手を反射的に払いのけた。
「何?」
ウォルフの目が半眼になる。
「軍服を着たら、あなたは上官ですから。
公私混同はおやめください」
そういってユウラが軍靴の踵を鳴らして、ウォルフの前に姿勢を正した。
「ああ?」
ウォルフの声色が低くなる。
ウォルフはユウラの顎を掴み、その唇を強引に奪う。
「勘違いするな、ユウラ。
ちゃんと両立しろと言っている。
軍服を着ていようが、何を着ていようが、
お前が俺の婚約者であることは変わらない」
そのままウォルフは、不機嫌にむっつりと黙り込んだ。
「いってらっしゃいませ、ウォルフ様、ユウラ様」
執事とメイド頭にそういって見送ってもらっているにもかかわらず、
ウォルフは無言のままに車に乗り込んだ。
ユウラがその車に乗ろうとしないので、ウォルフが窓を開けた。
「何? なんで乗らないの?」
不機嫌この上ない声色でそう問う。
「いや、だから先ほど公私混同を避けて下さいと
言ったじゃないですか」
ユウラが目を瞬かせる。
「ほ~う、そうか、そうか。
だったらこれは上官命令だ。
異を唱えることは許さない。乗れ!」
ユウラの手首を掴んで車の中に引っ張り込んだ。
「わっ!」
ユウラがバランスを崩し、ウォルフの胸の上に倒れ込んだ。
「ひょっとして呆れてる?」
ウォルフがユウラの様子を伺うように、そう言った。
「呆れるっていうか、ずっと騎士になるために真剣に取り組んできたから、
きちんとけじめはつけたいの」
ユウラが真っすぐな視線をウォルフに向ける。
「それは……まぁ、わかってる……。
けど、不安なんだよ!」
そう言ってウォルフが口ごもった。
「公私混同は、アカデミーではできる限りしない方向性で努力……する。
だが、お前に距離を置かれるのが、俺は辛い」
ウォルフは吐き出すようにそう言って、下を向いた。
「私を信じてよ、ウォルフ。
心はちゃんとあなたの婚約者だよ」
ユウラはウォルフの頬を両手で包み込んで微笑んだ。
「ちくしょう……。
やっぱりお前が騎士になることを、許さなければ良かった」
ウォルフは赤面した顔を隠すために、
そっぽを向いてその視線を窓の外に移した。
しばらくの沈黙の後で、ロマネスク様式の古城が、
視界に映り込んでくる。
建国の父、ノア・レッドロラインの銅像が、
古城の手前に位置する広場の中央に据えられている。
その横には白のポールが立てられて、
レッドロラインの国旗が、風を受けてはためいている。
そのモチーフは、箱舟とオリーブの葉を咥えた鳩だ。
ウォルフは暫しその国旗に、するどい視線を向けた。
『オリーブと鳩』平和の象徴を国旗に頂くこの国は、
果たして本当に真の平和を築く道を歩んでいるのか。
ウォルフは自問する。
その周りにはこの国の守護、シュバリエ・アーマーの機体が鎮座する。
通称『ヒノボリの一族』と呼ばれる技術開発者が、
国の依頼を受けて秘密裏に開発したとされる人型起動兵器。
白を基調とした洗練されたその機体の関節には、金のカラーリングが施され、
西洋の騎士さながらに、盾と槍を装備している。
(狒々爺どもがっ……。物騒なもん作りやがって)
ウォルフが窓側の肘置きに頬杖をついた。
『私、騎士になりたいんだ』
ウォルフはユウラの言葉を思い出し、
その胸に突き刺さる痛みの在処に思いを馳せた。
ユウラが真剣な眼差しをウォルフに向けた。
『なればいいんじゃねぇの?』
ウォルフは反射的にそう言った。
ウォルフ・フォン・アルフォードと
ユウラ・エルドレッドのショッピングモールでの誓いである。
◇◇◇
嬉し恥ずかしの週末が明けて、月の曜日となった。
ユウラは王立のアカデミーの制服を身に纏う。
学年上位10名にのみ着用を許された、
通称『赤服』と呼ばれる軍服だ。
「えっ? 何? お前赤服なの?
やるじゃん」
部屋の前で偶然鉢合わせたウォルフが、
興味深げにユウラを見つめた。
ちなみにウォルフもアカデミーに在学中で、
ユウラの2学年上のトップガンであり、騎士の称号を得ている。
ウォルフはすでに自身の部隊を持っており、身に纏うのは白の隊長服だ。
従来の騎士とは、土地支配権を認められる代わりに
騎兵として軍役を負った身分を指す言葉なのであるが、
この国レッドロラインで言うところの騎士とは、
軍のトップエリートを指す。
従来のその言葉の通り、騎乗して戦う者、という意味合いを持つが、
乗るのは馬ではなく、
現在の軍の主力である『シェバリエ・アーマー』という名の人型起動兵器だ。
遥か古の昔、地球を発った一艘の宇宙船ノアが、紆余曲折の末に
たどり着いた星に築いた国、それがレッドロラインだ。
レッドロラインの王族とは、
かつて『神に選ばれし民』を宇宙船でこの地に導いたとされる、
ノアの一族の末裔なのだという。
いち早く宇宙資源の開発に成功し、莫大な富を得たレッドロラインは、
その経済力にものを言わせ、軍事、政治、経済、文化において比類なき発展を遂げた。
人々は地球と同じ重力や自然環境が再現された、
スペースコロニーと呼ばれる居住空間に暮らしている。
◇◇◇
「ほんじゃあ、行きますか」
そういってウォルフが、ユウラの手を取ろうとすると、
ユウラがその手を反射的に払いのけた。
「何?」
ウォルフの目が半眼になる。
「軍服を着たら、あなたは上官ですから。
公私混同はおやめください」
そういってユウラが軍靴の踵を鳴らして、ウォルフの前に姿勢を正した。
「ああ?」
ウォルフの声色が低くなる。
ウォルフはユウラの顎を掴み、その唇を強引に奪う。
「勘違いするな、ユウラ。
ちゃんと両立しろと言っている。
軍服を着ていようが、何を着ていようが、
お前が俺の婚約者であることは変わらない」
そのままウォルフは、不機嫌にむっつりと黙り込んだ。
「いってらっしゃいませ、ウォルフ様、ユウラ様」
執事とメイド頭にそういって見送ってもらっているにもかかわらず、
ウォルフは無言のままに車に乗り込んだ。
ユウラがその車に乗ろうとしないので、ウォルフが窓を開けた。
「何? なんで乗らないの?」
不機嫌この上ない声色でそう問う。
「いや、だから先ほど公私混同を避けて下さいと
言ったじゃないですか」
ユウラが目を瞬かせる。
「ほ~う、そうか、そうか。
だったらこれは上官命令だ。
異を唱えることは許さない。乗れ!」
ユウラの手首を掴んで車の中に引っ張り込んだ。
「わっ!」
ユウラがバランスを崩し、ウォルフの胸の上に倒れ込んだ。
「ひょっとして呆れてる?」
ウォルフがユウラの様子を伺うように、そう言った。
「呆れるっていうか、ずっと騎士になるために真剣に取り組んできたから、
きちんとけじめはつけたいの」
ユウラが真っすぐな視線をウォルフに向ける。
「それは……まぁ、わかってる……。
けど、不安なんだよ!」
そう言ってウォルフが口ごもった。
「公私混同は、アカデミーではできる限りしない方向性で努力……する。
だが、お前に距離を置かれるのが、俺は辛い」
ウォルフは吐き出すようにそう言って、下を向いた。
「私を信じてよ、ウォルフ。
心はちゃんとあなたの婚約者だよ」
ユウラはウォルフの頬を両手で包み込んで微笑んだ。
「ちくしょう……。
やっぱりお前が騎士になることを、許さなければ良かった」
ウォルフは赤面した顔を隠すために、
そっぽを向いてその視線を窓の外に移した。
しばらくの沈黙の後で、ロマネスク様式の古城が、
視界に映り込んでくる。
建国の父、ノア・レッドロラインの銅像が、
古城の手前に位置する広場の中央に据えられている。
その横には白のポールが立てられて、
レッドロラインの国旗が、風を受けてはためいている。
そのモチーフは、箱舟とオリーブの葉を咥えた鳩だ。
ウォルフは暫しその国旗に、するどい視線を向けた。
『オリーブと鳩』平和の象徴を国旗に頂くこの国は、
果たして本当に真の平和を築く道を歩んでいるのか。
ウォルフは自問する。
その周りにはこの国の守護、シュバリエ・アーマーの機体が鎮座する。
通称『ヒノボリの一族』と呼ばれる技術開発者が、
国の依頼を受けて秘密裏に開発したとされる人型起動兵器。
白を基調とした洗練されたその機体の関節には、金のカラーリングが施され、
西洋の騎士さながらに、盾と槍を装備している。
(狒々爺どもがっ……。物騒なもん作りやがって)
ウォルフが窓側の肘置きに頬杖をついた。
『私、騎士になりたいんだ』
ウォルフはユウラの言葉を思い出し、
その胸に突き刺さる痛みの在処に思いを馳せた。
11
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる