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22.アニー・ローリー
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「婚約指輪は……今はまだいいわ」
ユウラは涙を拭って、ウォルフに向き直った。
ウォルフが心の中で白目を剥く。
半開きの口から、
危うく魂がその身体から幽体離脱しかかっている。
(それはっ……!!!
それは、もしかして……婚約破棄ってことですかァァァァ???
ユウラさーーーーん!!!)
ウォルフが心の中で、
幻の日本海の荒海に向かって絶叫する。
ブリザード到来である。
(オワタ……俺の人生……完全にオワタ……)
ウォルフは真っ白になって燃え尽きる。
自室に戻ったウォルフは、
ベッドの上で膝を抱えて涙ぐむ。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中で、
ベッドサイドに置かれたチェストから、
おもむろにオカリナを取り出すと、
アニー・ローリーを演奏し始めた。
「ひぃぃぃっ! アニー・ローリーよ!
どこからともなく、スコットランド民謡の
アニー・ローリーが聞こえてくるわ」
微かに響いてくるその音色に、
アルフォード家の屋敷のメイドたちが恐怖に慄いた。
壁板一枚を隔てて、ユウラの部屋にも、
その音色が聞こえてくる。
スコットランド民謡、アニー・ローリーは、
マクスウェルトン卿の末娘、アニー・ローリーとの悲恋を、
恋人のウィリアムダグラスが、一遍の詩にしたため、
のちにそこにあの哀愁たっぷりのメロディーがつけられたものである。
気持ちを切り替えようと、
アカデミーの教本を読みこんでいたユウラが、
重いため息を吐いた。
ウォルフは時々変だ。
自信家で、それに見合う実力を持っていて、
自分もそのことをよく知っている。
誰もがウォルフに憧れ、恋い慕い、
多くの友人たちや、親しい人に囲まれている。
この世界できっと誰よりも幸福な青年。
それがウォルフ・フォン・アルフォードなのだと、
ユウラは思っていた。
だが、このオカリナの旋律はどうだ。
『俺は、今、悲しい』のだと、
この胸に迫ってやまない。
「ああ、もうっ!」
ユウラは立ち上がり、部屋を出て、
ウォルフの部屋のドアをノックする。
「ちょっと! 隣の住人ですけどねっ!」
ユウラのノックの後、少し沈黙があって、
ウォルフが部屋の戸を開けた。
目が赤く腫れている。
(えっ? 泣いていたの???)
ユウラが高速で目を瞬かせた。
「入れよ」
少しぶっきらぼうにそう言って、
ウォルフはユウラを部屋に招き入れる。
「ねえ、ウォルフ、
あなたはひょっとして悲しいの?」
ユウラがそう切り出すと、
ウォルフの頬に涙が伝った。
「悲しいっ!
俺は今猛烈に悲しいっ!!」
そう言って、ウォルフは膝を掴んで下を向いた。
「いや……だから、何で???」
ユウラがひたすら目を瞬かせる。
「お前がっ!
お前が婚約指輪いらないって……言うからだろっ!」
苦しげに吐き出したウォルフの言葉に、
ユウラが顔色を変えた。
「え? え? ウォルフ、ちょっと待って?
いや、あれは、いらないなんて言ってないよ?
今はまだ、はやいなって思っただけで、
将来的にはちゃんと貰うよ?」
焦ったようにそう言ったユウラに、
「んだよ、そうだったのかよ……」
ウォルフが安堵のため息を吐いて、
ユウラを抱きしめる。
「ったく、紛らわしい言い方すんなよなっ!
俺りゃあ、てっきりお前が俺のこと、
嫌いになっちまって……そんで婚約破棄すんのかなって……、
そう思っちまったんだよ!」
少し怒ったようにそう言ったウォルフを、
ユウラがまじまじと見つめた。
「何?」
ウォルフは少し赤面し、ふいと顔を背けた。
「ウォルフは私と婚約破棄するのが、
そんなに悲しいの?」
ユウラがウォルフに真顔で問いかける。
「ああ、悲しいね、当たり前だろう!
たとえ世界を手に入れたってな、
お前を失ったら意味ねぇんだよ!」
怒鳴るようにそう言ったウォルフの言葉に、
ユウラが口を噤んだ。
「何?」
ウォルフが、そんなユウラを目を細めて注視する。
「今ちょっと、意外だなって思ってる」
ユウラの鳶色の瞳が、真っすぐにウォルフを見据える。
「何が?」
ウォルフも、そんなユウラを見返す。
「私たちは、親が決めた許嫁で、
ウォルフは優しくしてくれたけど、
あなたが私を好きだということに、
ずっと確信を持てなかったの。
だから、あなたのことを好きになるのが、とても怖かった」
今にして思えば、
自分は心に幾重にも予防線を張っていたのだ。
自分の思いを口にしてみて、
ユウラはようやく納得がいった。
「なんで?」
ウォルフが無機質な眼差しをユウラに向ける。
「私はずっと、あなたのことを世界一幸せな人だと思ってた。
実力があって、人望があって、すべてを持っている、
誰もが憧れてやまない人、それがあなたなのだと。
でも一方でときどき、本当のあなたはずっと泣いていたんじゃなかなって、
そんな風に思うの」
ウォルフの瞳に涙が溢れた。
そんなウォルフをユウラが、そっと抱きしめる。
「泣いても、いいんだよ、ウォルフ」
ウォルフは、ユウラの胸の中で、
アニー・ローリーの詞を口ずさんだ。
「春の岸辺に咲く、美しき花よ、
君の姿を何に例えればいいのか。
愛しきアニー・ローリーよ」
そこまで口ずさんで、ウォルフは身体を起こし、
ユウラを見つめた。
「いや、我妻、ユウラ・エルドレッドよ」
ユウラはぷっと噴き出したが、
ウォルフの瞳は切なげに揺れている。
「我はその御前に、この身と心を
永遠に捧ぐと誓おう」
そう言ってウォルフはユウラの手の甲に口づけた。
ユウラは涙を拭って、ウォルフに向き直った。
ウォルフが心の中で白目を剥く。
半開きの口から、
危うく魂がその身体から幽体離脱しかかっている。
(それはっ……!!!
それは、もしかして……婚約破棄ってことですかァァァァ???
ユウラさーーーーん!!!)
ウォルフが心の中で、
幻の日本海の荒海に向かって絶叫する。
ブリザード到来である。
(オワタ……俺の人生……完全にオワタ……)
ウォルフは真っ白になって燃え尽きる。
自室に戻ったウォルフは、
ベッドの上で膝を抱えて涙ぐむ。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋の中で、
ベッドサイドに置かれたチェストから、
おもむろにオカリナを取り出すと、
アニー・ローリーを演奏し始めた。
「ひぃぃぃっ! アニー・ローリーよ!
どこからともなく、スコットランド民謡の
アニー・ローリーが聞こえてくるわ」
微かに響いてくるその音色に、
アルフォード家の屋敷のメイドたちが恐怖に慄いた。
壁板一枚を隔てて、ユウラの部屋にも、
その音色が聞こえてくる。
スコットランド民謡、アニー・ローリーは、
マクスウェルトン卿の末娘、アニー・ローリーとの悲恋を、
恋人のウィリアムダグラスが、一遍の詩にしたため、
のちにそこにあの哀愁たっぷりのメロディーがつけられたものである。
気持ちを切り替えようと、
アカデミーの教本を読みこんでいたユウラが、
重いため息を吐いた。
ウォルフは時々変だ。
自信家で、それに見合う実力を持っていて、
自分もそのことをよく知っている。
誰もがウォルフに憧れ、恋い慕い、
多くの友人たちや、親しい人に囲まれている。
この世界できっと誰よりも幸福な青年。
それがウォルフ・フォン・アルフォードなのだと、
ユウラは思っていた。
だが、このオカリナの旋律はどうだ。
『俺は、今、悲しい』のだと、
この胸に迫ってやまない。
「ああ、もうっ!」
ユウラは立ち上がり、部屋を出て、
ウォルフの部屋のドアをノックする。
「ちょっと! 隣の住人ですけどねっ!」
ユウラのノックの後、少し沈黙があって、
ウォルフが部屋の戸を開けた。
目が赤く腫れている。
(えっ? 泣いていたの???)
ユウラが高速で目を瞬かせた。
「入れよ」
少しぶっきらぼうにそう言って、
ウォルフはユウラを部屋に招き入れる。
「ねえ、ウォルフ、
あなたはひょっとして悲しいの?」
ユウラがそう切り出すと、
ウォルフの頬に涙が伝った。
「悲しいっ!
俺は今猛烈に悲しいっ!!」
そう言って、ウォルフは膝を掴んで下を向いた。
「いや……だから、何で???」
ユウラがひたすら目を瞬かせる。
「お前がっ!
お前が婚約指輪いらないって……言うからだろっ!」
苦しげに吐き出したウォルフの言葉に、
ユウラが顔色を変えた。
「え? え? ウォルフ、ちょっと待って?
いや、あれは、いらないなんて言ってないよ?
今はまだ、はやいなって思っただけで、
将来的にはちゃんと貰うよ?」
焦ったようにそう言ったユウラに、
「んだよ、そうだったのかよ……」
ウォルフが安堵のため息を吐いて、
ユウラを抱きしめる。
「ったく、紛らわしい言い方すんなよなっ!
俺りゃあ、てっきりお前が俺のこと、
嫌いになっちまって……そんで婚約破棄すんのかなって……、
そう思っちまったんだよ!」
少し怒ったようにそう言ったウォルフを、
ユウラがまじまじと見つめた。
「何?」
ウォルフは少し赤面し、ふいと顔を背けた。
「ウォルフは私と婚約破棄するのが、
そんなに悲しいの?」
ユウラがウォルフに真顔で問いかける。
「ああ、悲しいね、当たり前だろう!
たとえ世界を手に入れたってな、
お前を失ったら意味ねぇんだよ!」
怒鳴るようにそう言ったウォルフの言葉に、
ユウラが口を噤んだ。
「何?」
ウォルフが、そんなユウラを目を細めて注視する。
「今ちょっと、意外だなって思ってる」
ユウラの鳶色の瞳が、真っすぐにウォルフを見据える。
「何が?」
ウォルフも、そんなユウラを見返す。
「私たちは、親が決めた許嫁で、
ウォルフは優しくしてくれたけど、
あなたが私を好きだということに、
ずっと確信を持てなかったの。
だから、あなたのことを好きになるのが、とても怖かった」
今にして思えば、
自分は心に幾重にも予防線を張っていたのだ。
自分の思いを口にしてみて、
ユウラはようやく納得がいった。
「なんで?」
ウォルフが無機質な眼差しをユウラに向ける。
「私はずっと、あなたのことを世界一幸せな人だと思ってた。
実力があって、人望があって、すべてを持っている、
誰もが憧れてやまない人、それがあなたなのだと。
でも一方でときどき、本当のあなたはずっと泣いていたんじゃなかなって、
そんな風に思うの」
ウォルフの瞳に涙が溢れた。
そんなウォルフをユウラが、そっと抱きしめる。
「泣いても、いいんだよ、ウォルフ」
ウォルフは、ユウラの胸の中で、
アニー・ローリーの詞を口ずさんだ。
「春の岸辺に咲く、美しき花よ、
君の姿を何に例えればいいのか。
愛しきアニー・ローリーよ」
そこまで口ずさんで、ウォルフは身体を起こし、
ユウラを見つめた。
「いや、我妻、ユウラ・エルドレッドよ」
ユウラはぷっと噴き出したが、
ウォルフの瞳は切なげに揺れている。
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