じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
27 / 118

27.破滅の恋

しおりを挟む
深淵の星々に展開するコロニー群は、
地球の環境を再現するための、
完璧なコンピューター制御によって成り立っている。

そのコンピューター制御に欠かせない物質、
それが『女神の王冠』だ。

近年調査団によって、レッドロライン領の小惑星に、
『女神の王冠』の大量の埋蔵があることが発覚した。

レッドロラインは国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で『女神の王冠』を
供給することを約束したが、

現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態にある。

そんな状況に不満を抱く国々が、
連合となって、レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのである。

◇◇◇

アーザス国内にある、レッドロライン大使館の前では、
大規模なデモ行進が行われている。

「レッドロラインは出て行け!」

「国に巣くう害虫」

それぞれの主張を横断幕や、
プラカードに掲げては、怒号が飛び交う。

そこにはレッドロラインに向けられた怒りと、
果てなき憎しみが満ちている。

レッドロライン国の事務次官、
ハイネス・エーデンは重いため息を吐いた。

そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、
一人の男が部屋に入ってきた。

「アンソニー!」

ハイネスは、驚いたように声を上げた。

「やあ! ハイネス」

ブロンドの短髪に、澄んだ碧眼のこの男は、
親し気に、ハイネスに微笑みかける。

アンソニー・カーマイケルは、
この国、アーザス国の事務次官だ。

「あなたという人は、こんな時に……」

ハイネスが言葉を詰まらせる。

「国や立場は違えど、
 僕が君の友人であることには、
 かわりないだろう? 
 そのことを証明するために、
 僕は今日ここに来たんだ」

レッドロラインとアーザス国の関係は、
今、最悪の状況を迎えている。

大使館の撤退命令こそ出てはいないが、
いつそうなってもおかしくはない。

今もぎりぎりの状態で、
瀬戸際の外交を続けてはいるものの、
二国間の溝は深い。

そんな状況の中で、
敵国であるレッドロラインの大使館を訪れることは、
とても勇気のいることだ。

ハイネスはそんな純粋な、
アンソニーの友情が嬉しかった。

その夜は大使館を出て、
二人で行きつけの店に行き、しこたま酒を飲んだ。

そして二国間の和平への道を、
互いに熱く語り合ったのだ。

不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていたハイネスは、
この隣国の友人に、随分と勇気づけられた。

酒が回ったのか、トイレに立とうとした時、
ハイネスは足がよろけてしまった。

即座にウエイターが駆け寄り、ハイネスを支える。

「大丈夫ですか? お客様」

端正な顔立ちの、
しかしどこか寒々とした印象を受ける青年だった。

青年の底冷えのするような冷たい眼差しに、
一瞬ハイネスは、酔いが冷めたような気がした。

「ああ、すまない。
 少し酔ってしまったようだ。
 お恥ずかしい」

ハイネスは曖昧な笑みを浮かべた。

会計を済ませると、
二人は固い握手を交わして別れた。

ハイネスは表通りでタクシーを拾い、
アンソニーは自宅への近道である、裏路地に姿を消す。

刹那、裏路地の方で一発の銃声が響いた。

◇◇◇

宿舎に戻ったハイネスは、
着替えも済ませずにベッドに倒れ込んだ。

精神的な疲労も含めて、
ひどく疲れていたのだろう。

そこにアルコールが入って、
とても身体が重い。

瞼を閉じるとうつらうつらと、
微睡の中に引きずり込まれていく。

ハイネスは夢の中で、
一人の女性を抱いている。

赤みがかったマルーンの髪がシーツに散って、
華奢な指先が躊躇いと共に、自身の背に回される。

冷たい指先だった。

しかし同時に、
この身を焼き尽くす程の熱量を秘めている。

その冷たい焔は、チリチリと音を立てて、
自身の道徳も、理性も、思考回路のすべてを、
溶かし、奪ってゆく。

決して愛してはならぬひと
愛さずにはおれぬひと

そんな相反した思いが、この心を引き裂き、
強烈な渇きをもたらす。

彼女の漏らす微かな吐息さえ、
逃すまいと、この舌で拭った。

それは出国の前の、
ほんのひとときの逢瀬だった。

それと引き換えに、
この命を失っても構わない。

臆病者の自分にそう思わしめるほどに、
強烈なこの思いを、何にたとえればいいのか。

それはさながら、この身が焼かれると分かっていながら、
火に飛び込んでいく、哀れな羽虫のようだ。

(破滅の恋……か)

ハイネスは自嘲する。

「いいこと? ハイネス。
 生きて帰らなければ許さない」

この胸にかき抱く恋人の睦言が、
己に残酷な幻を抱かせる。

女は二丁の銃を取り出して、
一丁をハイネスに手渡した。

冷たい重さだった。

そして女はもう一丁を自身の手に持つ。

「あなたが死んだら、
 わたくしもこの銃で命を絶つわ」

女は微笑む。
嘘か誠か、ハイネスにはわかりかねる。

しかし、その唇に滴るルージュの赤はひどく艶かしい。

その赤に魅せられて、
また自分は彼女に溺れていく。

何度か薄い微睡を繰り返すうちに、
ハイネスの意識が覚醒していく。

自分で思うよりも、随分酔っていたようだ。
どうやらジャケットを着たまま、眠ってしまったらしい。

ハイネスは苦笑する。

ふと、違和感を感じて、
内ポケットを探り、顔色を変える。

そこには出国の前に恋人が自分に持たせた、
銃がない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...