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27.破滅の恋
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深淵の星々に展開するコロニー群は、
地球の環境を再現するための、
完璧なコンピューター制御によって成り立っている。
そのコンピューター制御に欠かせない物質、
それが『女神の王冠』だ。
近年調査団によって、レッドロライン領の小惑星に、
『女神の王冠』の大量の埋蔵があることが発覚した。
レッドロラインは国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で『女神の王冠』を
供給することを約束したが、
現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態にある。
そんな状況に不満を抱く国々が、
連合となって、レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのである。
◇◇◇
アーザス国内にある、レッドロライン大使館の前では、
大規模なデモ行進が行われている。
「レッドロラインは出て行け!」
「国に巣くう害虫」
それぞれの主張を横断幕や、
プラカードに掲げては、怒号が飛び交う。
そこにはレッドロラインに向けられた怒りと、
果てなき憎しみが満ちている。
レッドロライン国の事務次官、
ハイネス・エーデンは重いため息を吐いた。
そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、
一人の男が部屋に入ってきた。
「アンソニー!」
ハイネスは、驚いたように声を上げた。
「やあ! ハイネス」
ブロンドの短髪に、澄んだ碧眼のこの男は、
親し気に、ハイネスに微笑みかける。
アンソニー・カーマイケルは、
この国、アーザス国の事務次官だ。
「あなたという人は、こんな時に……」
ハイネスが言葉を詰まらせる。
「国や立場は違えど、
僕が君の友人であることには、
かわりないだろう?
そのことを証明するために、
僕は今日ここに来たんだ」
レッドロラインとアーザス国の関係は、
今、最悪の状況を迎えている。
大使館の撤退命令こそ出てはいないが、
いつそうなってもおかしくはない。
今もぎりぎりの状態で、
瀬戸際の外交を続けてはいるものの、
二国間の溝は深い。
そんな状況の中で、
敵国であるレッドロラインの大使館を訪れることは、
とても勇気のいることだ。
ハイネスはそんな純粋な、
アンソニーの友情が嬉しかった。
その夜は大使館を出て、
二人で行きつけの店に行き、しこたま酒を飲んだ。
そして二国間の和平への道を、
互いに熱く語り合ったのだ。
不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていたハイネスは、
この隣国の友人に、随分と勇気づけられた。
酒が回ったのか、トイレに立とうとした時、
ハイネスは足がよろけてしまった。
即座にウエイターが駆け寄り、ハイネスを支える。
「大丈夫ですか? お客様」
端正な顔立ちの、
しかしどこか寒々とした印象を受ける青年だった。
青年の底冷えのするような冷たい眼差しに、
一瞬ハイネスは、酔いが冷めたような気がした。
「ああ、すまない。
少し酔ってしまったようだ。
お恥ずかしい」
ハイネスは曖昧な笑みを浮かべた。
会計を済ませると、
二人は固い握手を交わして別れた。
ハイネスは表通りでタクシーを拾い、
アンソニーは自宅への近道である、裏路地に姿を消す。
刹那、裏路地の方で一発の銃声が響いた。
◇◇◇
宿舎に戻ったハイネスは、
着替えも済ませずにベッドに倒れ込んだ。
精神的な疲労も含めて、
ひどく疲れていたのだろう。
そこにアルコールが入って、
とても身体が重い。
瞼を閉じるとうつらうつらと、
微睡の中に引きずり込まれていく。
ハイネスは夢の中で、
一人の女性を抱いている。
赤みがかったマルーンの髪がシーツに散って、
華奢な指先が躊躇いと共に、自身の背に回される。
冷たい指先だった。
しかし同時に、
この身を焼き尽くす程の熱量を秘めている。
その冷たい焔は、チリチリと音を立てて、
自身の道徳も、理性も、思考回路のすべてを、
溶かし、奪ってゆく。
決して愛してはならぬ女。
愛さずにはおれぬ女。
そんな相反した思いが、この心を引き裂き、
強烈な渇きをもたらす。
彼女の漏らす微かな吐息さえ、
逃すまいと、この舌で拭った。
それは出国の前の、
ほんのひとときの逢瀬だった。
それと引き換えに、
この命を失っても構わない。
臆病者の自分にそう思わしめるほどに、
強烈なこの思いを、何にたとえればいいのか。
それはさながら、この身が焼かれると分かっていながら、
火に飛び込んでいく、哀れな羽虫のようだ。
(破滅の恋……か)
ハイネスは自嘲する。
「いいこと? ハイネス。
生きて帰らなければ許さない」
この胸にかき抱く恋人の睦言が、
己に残酷な幻を抱かせる。
女は二丁の銃を取り出して、
一丁をハイネスに手渡した。
冷たい重さだった。
そして女はもう一丁を自身の手に持つ。
「あなたが死んだら、
わたくしもこの銃で命を絶つわ」
女は微笑む。
嘘か誠か、ハイネスにはわかりかねる。
しかし、その唇に滴るルージュの赤はひどく艶かしい。
その赤に魅せられて、
また自分は彼女に溺れていく。
何度か薄い微睡を繰り返すうちに、
ハイネスの意識が覚醒していく。
自分で思うよりも、随分酔っていたようだ。
どうやらジャケットを着たまま、眠ってしまったらしい。
ハイネスは苦笑する。
ふと、違和感を感じて、
内ポケットを探り、顔色を変える。
そこには出国の前に恋人が自分に持たせた、
銃がない。
地球の環境を再現するための、
完璧なコンピューター制御によって成り立っている。
そのコンピューター制御に欠かせない物質、
それが『女神の王冠』だ。
近年調査団によって、レッドロライン領の小惑星に、
『女神の王冠』の大量の埋蔵があることが発覚した。
レッドロラインは国際条約に基づいて、
各近隣諸国に適正価格で『女神の王冠』を
供給することを約束したが、
現実は、腐敗した高官たちが暴利を貪り、
正当な国家間の取引ができない状態にある。
そんな状況に不満を抱く国々が、
連合となって、レッドロラインを取り囲み、
牙を剥いたのである。
◇◇◇
アーザス国内にある、レッドロライン大使館の前では、
大規模なデモ行進が行われている。
「レッドロラインは出て行け!」
「国に巣くう害虫」
それぞれの主張を横断幕や、
プラカードに掲げては、怒号が飛び交う。
そこにはレッドロラインに向けられた怒りと、
果てなき憎しみが満ちている。
レッドロライン国の事務次官、
ハイネス・エーデンは重いため息を吐いた。
そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、
一人の男が部屋に入ってきた。
「アンソニー!」
ハイネスは、驚いたように声を上げた。
「やあ! ハイネス」
ブロンドの短髪に、澄んだ碧眼のこの男は、
親し気に、ハイネスに微笑みかける。
アンソニー・カーマイケルは、
この国、アーザス国の事務次官だ。
「あなたという人は、こんな時に……」
ハイネスが言葉を詰まらせる。
「国や立場は違えど、
僕が君の友人であることには、
かわりないだろう?
そのことを証明するために、
僕は今日ここに来たんだ」
レッドロラインとアーザス国の関係は、
今、最悪の状況を迎えている。
大使館の撤退命令こそ出てはいないが、
いつそうなってもおかしくはない。
今もぎりぎりの状態で、
瀬戸際の外交を続けてはいるものの、
二国間の溝は深い。
そんな状況の中で、
敵国であるレッドロラインの大使館を訪れることは、
とても勇気のいることだ。
ハイネスはそんな純粋な、
アンソニーの友情が嬉しかった。
その夜は大使館を出て、
二人で行きつけの店に行き、しこたま酒を飲んだ。
そして二国間の和平への道を、
互いに熱く語り合ったのだ。
不安とプレッシャーに押しつぶされそうになっていたハイネスは、
この隣国の友人に、随分と勇気づけられた。
酒が回ったのか、トイレに立とうとした時、
ハイネスは足がよろけてしまった。
即座にウエイターが駆け寄り、ハイネスを支える。
「大丈夫ですか? お客様」
端正な顔立ちの、
しかしどこか寒々とした印象を受ける青年だった。
青年の底冷えのするような冷たい眼差しに、
一瞬ハイネスは、酔いが冷めたような気がした。
「ああ、すまない。
少し酔ってしまったようだ。
お恥ずかしい」
ハイネスは曖昧な笑みを浮かべた。
会計を済ませると、
二人は固い握手を交わして別れた。
ハイネスは表通りでタクシーを拾い、
アンソニーは自宅への近道である、裏路地に姿を消す。
刹那、裏路地の方で一発の銃声が響いた。
◇◇◇
宿舎に戻ったハイネスは、
着替えも済ませずにベッドに倒れ込んだ。
精神的な疲労も含めて、
ひどく疲れていたのだろう。
そこにアルコールが入って、
とても身体が重い。
瞼を閉じるとうつらうつらと、
微睡の中に引きずり込まれていく。
ハイネスは夢の中で、
一人の女性を抱いている。
赤みがかったマルーンの髪がシーツに散って、
華奢な指先が躊躇いと共に、自身の背に回される。
冷たい指先だった。
しかし同時に、
この身を焼き尽くす程の熱量を秘めている。
その冷たい焔は、チリチリと音を立てて、
自身の道徳も、理性も、思考回路のすべてを、
溶かし、奪ってゆく。
決して愛してはならぬ女。
愛さずにはおれぬ女。
そんな相反した思いが、この心を引き裂き、
強烈な渇きをもたらす。
彼女の漏らす微かな吐息さえ、
逃すまいと、この舌で拭った。
それは出国の前の、
ほんのひとときの逢瀬だった。
それと引き換えに、
この命を失っても構わない。
臆病者の自分にそう思わしめるほどに、
強烈なこの思いを、何にたとえればいいのか。
それはさながら、この身が焼かれると分かっていながら、
火に飛び込んでいく、哀れな羽虫のようだ。
(破滅の恋……か)
ハイネスは自嘲する。
「いいこと? ハイネス。
生きて帰らなければ許さない」
この胸にかき抱く恋人の睦言が、
己に残酷な幻を抱かせる。
女は二丁の銃を取り出して、
一丁をハイネスに手渡した。
冷たい重さだった。
そして女はもう一丁を自身の手に持つ。
「あなたが死んだら、
わたくしもこの銃で命を絶つわ」
女は微笑む。
嘘か誠か、ハイネスにはわかりかねる。
しかし、その唇に滴るルージュの赤はひどく艶かしい。
その赤に魅せられて、
また自分は彼女に溺れていく。
何度か薄い微睡を繰り返すうちに、
ハイネスの意識が覚醒していく。
自分で思うよりも、随分酔っていたようだ。
どうやらジャケットを着たまま、眠ってしまったらしい。
ハイネスは苦笑する。
ふと、違和感を感じて、
内ポケットを探り、顔色を変える。
そこには出国の前に恋人が自分に持たせた、
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