じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

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29.『裏稼業はじめました』を『冷やし中華はじめました』のノリで言うの、やめてくれない?

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ここはレッドロラインの下町、
横丁長屋の一角。

軒先に吊るされた風鈴が、
ちりりりーんと甲高い音を立てる。

その下には、
戸板に半紙が糊で張り付けられている。

墨字で書かれた、
やたらと達筆な文字が躍る。

『裏稼業はじめました〼』

その張り紙に、
ゼノア・サイファリアのこめかみが、
プチリと怒りに脈打った。

「こいつ……絶っ対ェ、
 裏稼業舐めてやがるっ!」

◇◇◇

「あのーすいませんでしたっ!
 ちゃんと反省したんで、
 そろそろ正座を崩していいでしょうか?」

築四十五年くらいの、
純和風のオンボロ長屋の一室に、

その場にひどく不釣合いな、
仮面の女騎士が正座させられている。

(このクソガキ……いつか絞める)

仮面の女騎士、セレーネ・ウォーリアは、
密かな決意を胸に固めた。

身に纏う煌びやかな白の軍服には、
金糸で豪奢な刺繍が施され、
月の女神ティナの仮面を身に着けている。

その容姿こそ仮面の下に隠されて、
伺い知ることはできないが、

すらりと伸びた四肢はほっそりとして美しい。

背には絹糸のような、
プラチナブロンドの豊かな髪が流れる。

思わず『どこぞの歌劇団の方ですか?』と問いたくなる。

「つうか、お前、絶対裏稼業舐めてるよな?
 俺、言ったよな? 
 この世界はシェバリエと剣術だけで
 渡っていけるほど甘くないって」

一方、この華やかな仮面の女騎士を正座させている、
ゼノア・サイファリアは、まだたった13歳の少年だ。

金の髪に翡翠色の瞳を持つこの少年の容姿は、
女かと見まごうほど端麗である。

しかし一方で他者を威圧する、
王者のオーラを醸し出す。

(つうか、何気に勤め先が
 ブラックすぎるんですけどっ!!!)

セレーネが、屈辱に拳を握りしめた。

この少年、ゼノア・サイファリアは、
地球の小国、サイファリアの王太子だ。

サイファリアは、いわくつきの国である。

その名を聞くものは、皆一様に震えあがる。
『生き血を啜る蜘蛛』だと。

表向きは弱小国家を謳うこの国の民は、
特殊な戦闘能力を有し、その特性を生かして、
他国の闇の仕事を請け負うのである。

ゼノアはサイファリアでも屈指の強者であり、
13歳という若輩でありながら、裏稼業の
首長おさとして君臨する。

(代表取締役が13歳の
 クソガキとかマジあり得ないしっ!!!)

度重なるこの少年の仕打ちに、
セレーネは何度心の中で血の涙を流したことか。

「別に私は裏稼業を舐めているわけではない」

セレーネは不満げに言葉を発した。

「じゃあ、あの張り紙は何?
 やめてくんない? 『裏稼業はじめました』を
 『冷やし中華はじめました』的なノリで言うの」

ゼノアは眉を吊り上げる。

「そうか? 私的には上手く書けたと思うのだが。
 それに私は小学生のとき、
 近所の公民館で書道を習っていたからな。
 初段持ってるぞ?」

セレーネが胸を張る。

「そうかよ、だったら賞状書士にでもなれば? 
 初段じゃ無理だと思うけど」

ゼノアががっくりと肩を落とす。

根本的に食い違っている主張を正そうとは、
もはや思わなかった。

「じゃあ張り紙をしなければ、
 一体どうやって客を呼び込むんだ?」

セレーネが腕を組んで考え込む。

「そりゃ、お前、裏稼業といえばアレだよ。
 お約束の駅の掲示板に、
 XYZと書き込んでもらうアレだっ!」

ゼノアが目をキラキラさせて、
身を乗り出す。

どうやらゼノアはもっこり主人公が活躍する、
某ハードボイルド漫画が好きなようだ。

「あほっ! 漫画の読みすぎだ。
 それに今時、駅に掲示板がない。
 せいぜい2ちゃんねるとか、
 あと私のお気に入りは発言小町だな」

そう言って、仮面の騎士は喜々として
ノートパソコンを取り出した。

スマホやタブレットが主流のこの時代に、
敢えてノートパソコンなのである。
恐らくは相当の強者ヘビーユーザーに違いない。

(いやだ……。
 なんか夫の浮気だの、
 嫁姑問題とかのドロドロした愚痴がめっちゃ山積してそう)

ゼノアが幻の涙をこっそりと拭う。

「おっ? ゼノア見てみろ。
 私が立てたワケアリスレッドに早速書き込みがあったぞ」

セレーネが、パソコンの画面に見入る。

「何立ててんだ! このバカっ!」

ゼノアも画面をのぞき込む。

「なになに? ハンドルネーム:乳母

『私のお仕えする主人が、
 道ならぬ恋に悩んでおります』だと?

 ほーん、さてはBLだな? 
 もしくは……人外か? っていうか、
 アルファやらオメガやら、
 最近はなんでもありなんだし、
 そんなに悩む必要もないのではないか?」

そう呟きながら、セレーネはお茶を啜る。

『主人の恋人はレッドロライン国の事務次官で、
 この度、アーザス国の事務次官を殺害した容疑で、
 秘密警察に連行されたと、報告が入りました』

セレーネは、無言のままに煎餅にかじりつく。
無言の部屋に煎餅の咀嚼音だけが響く。

『なおこのことにより、レッドロラインと
 アーザス国の開戦は避けられない事態となり、
 まもなくレッドロラインによる、
 大規模な戦闘が行われるそうです』

ゼノアも食い入るように画面を見つめている。

「っていうか、この情報は本物だ。
 俺にもその筋から、情報は入っている」

セレーネはごくりと煎餅を飲み込んだ。
 
『そこでハンドルネーム:仮面の女騎士様には、
 その混乱に乗じて、
 レッドロライン国事務次官、
 ハイネス・エーデンを助け出して欲しいのです』

セレーネが目を瞬かせる。

「っていうか、これってまさか本物???」



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