じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
39 / 118

39.鏡よ、鏡、鏡さん。どうしてわたくしがオリビア・レッドロラインなのかしら。

しおりを挟む
アカデミーでのオリビア皇女の歓待の宴は続く。

日が暮れると、校舎がライトアップされて、
楽団が音楽を奏でる。

中庭にはキャンドルがゆらと揺れて、
幻想的な雰囲気を醸しだし、

いつもは軍服を身に纏う士官候補生たちも、
今はそれぞれ礼服に身を包む。

本日の主役であるオリビアも、
衣装替えのために今は控室にさがっている。

ユウラはアカデミーのカフェテリアの自販機で紅茶を購入し、
喉に流し込んだ。

オリビアからウォルフの無事は聞いたのだが、
それでもその姿を見るまではやはりどうにも落ち着かない。

「いくら特別任務っていったって、
 電話の一本くらい、くれてもよくない?
 ウォルフの薄情者っ!」

ユウラが独り言ち、
唇を尖らせる。

刹那、中央階段に向かって、
一組のカップルが歩いていくのが見えた。

男性は慣れないタキシードを身に纏い、
赤面しながら、隣のドレス姿の女性を
ぎこちなくエスコートしている。

それでも男性の腕に手を重ねる女性は、
ひどく幸せそうに男性に微笑みかけている。

そんな二人をユウラは微笑ましく思う一方で、
切なさが胸に募る。

『ユウラ、お前は俺の妹なんかじゃない。
 お前は俺の女だ』

そう言って出征の前日、
ウォルフは自分に婚約指輪を渡した。

ユウラは知らず自身の薬指に触れて、
その冷たい感触に下を向いた。

「お……おい赤髪! 
 お前、こんなところで何をしているんだ?」

そう言って、いつの間にかタキシードを身に纏った
エドガーがユウラの前に立っていた。

「あの、えっと……。
 只今準備中のオリビア様待ち……です」

ユウラがぎこちない笑みを浮かべて、
後ずさる。

「ふ~ん」

エドガーがユウラの頭のてっぺんからつま先までを、
じろじろと不躾に眺める。

ユウラはいつもの赤の軍服姿だ。

「あの……何か?」

ユウラが小首を傾げると、
エドガーがユウラの手を取った。

「来い! 赤毛。
 そんな不景気な顔をしなくても大丈夫だ。
 任せておけ!
 この私がお前を最高の女にしてやる!」

エドガーはユウラに不敵に微笑んで、
駆け出した。

手を引っ張られたユウラがバランスを崩し、
前につんのめりそうになる。

その拍子に、ユウラの髪に差していた、
銀の髪飾りが落ちた。

エドガーはユウラを自身の控室に連れて行き、

「こいつを最高の女にしてやってくれ」

そう言って専属スタイリストの前にユウラを突き出した。

◇◇◇

「鏡よ、鏡よ、鏡さん。
 どうしてこのわたくしが
 オリビア・レッドロラインなのかしら」

オリビアが身支度を終えて、
虚ろな眼差しで鏡を見つめている。

ワインレッドのイブニングドレスに、
王族のティアラを頂くオリビアは、
どこからどう見ても絶世の美女である。

しかしその眼差しは、死んだ魚のように
どんよりと濁っている。

「ちょっ、ちょっとしっかりしなよ」

そう言って、隣に控えているルークがペチペチと
オリビアの頬を叩くと、
うっすらとオリビアの瞳に涙が滲む。

「すぐそばにですねぇ、死ぬほど好きな女がいるのにさあ、
 何が悲しくてこの俺は女装せにゃあならんのですか。
 ねぇ、ルークさん」

オリビアは両の掌で顔を覆って、
さめざめと泣きだした。

そんなオリビアの魂の叫びに、ルークが後ずさる。

「やっ……嫌だなあ。ほんの二時間くらいの辛抱じゃない。
 長い人生、二時間くらい頑張ってみても罰はあたらないんじゃない?
 その後は、君もフリーじゃん? 
 思う存分ウォルフに戻ってユウラに会えば……」

ルークがなんとかオリビアを宥めようとするが、
オリビアの眼差しが再び虚ろな光を宿す。

「はは……ははは。なあ、ルーク、
 お前この後の俺のスケジュール知ってる?」

乾いた笑いとともに、その頬に涙が伝い落ちる。

「ご……ごめん。当分無理そうだよね……」

ルークが気まずそうに視線を彷徨わせた。

「オリビア様、お時間です」

タイムキーパーの声に、オリビアのスイッチが入り、
嫋やかにエスコート役のルーク・レイランドの腕に手を重ねる。

中央階段を降りたあたりで、
オリビアは目敏くユウラの落とした銀の髪飾りを見つけて、

その手に取る。

「ユウラっ!」

鋭く叫んで、きつい眼差しを周囲に向ける。

「ユウラがいないっ! あいつどこに?」

蒼白になって取り乱しそうになるオリビアを、ルークが制す。

「落ち着いて。有事の報告はまだ受けていないよ。
 それに今夜、このアカデミーは、
 国の威信をかけて警護に臨んでいる。
 そう易々と何かが起こるとは考え難い」

ひどく冷静な声で、オリビアの耳元に囁く。

「でもっ……だけど……俺の政敵とかかも……。
 もしあいつに何かあったら……俺っ……」

オリビアが小さく震えている。

「だったら尚更平気な振りをして。
 この場にはカルシア様の腹心も何人か、
 エドガー様経由で紛れ込んでいるのだから」

ルークの言葉に、オリビアがきつく唇を噛み締める。

「嫌です! 離してくださいっ!
 エドガー様。
 私はオリビア様の専属騎士で、
 今は勤務中なんです」

中央階段の上で、ユウラが泣きそうな声を出している。

「ユウラっ!」

オリビアがその名を呼んで、
その場に固まる。

ユウラの淡いピンク色のやわらかいドレスがふわりと揺れて、
まるで桜の精が、その場に舞い降りたかのような愛らしさだ。

そしてその隣に佇み、ユウラをエスコートするのは
エドガー・レッドロラインだ。

「これはこれは、姉上っ!」

エドガーがオリビアに微笑みかける。




 
 





 








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...