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56.ウォルフの葛藤
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戦艦『Black Princess』の有事の報告を受け、
ルークの乗船する戦艦『White Wing』も、
L4宙域に駆け付けた。
ウォルフはユウラをルークに託す。
ユウラを戦艦『White Wing』に乗船させたあとで、
ルークがウォルフに向き合う。
「無事でよかった」
そう言ってルークがぎこちなく笑うと、
「なぜ、この場所にユウラを連れてきた?
俺の許可なく、ユウラを戦場に連れ出すことは許さない」
そう言ってウォルフは、
きつい眼差しをルークに向ける。
そんなウォルフの様子に、
ルークは小さくため息を吐いた。
「どうして君はユウラを遠ざけるの?
ユウラを愛しているのでしょう?」
ウォルフはルークの言葉に口を噤み、
しばらく躊躇うように考えを巡らせる。
「戦場がどういうところであるのか、
お前も知っているだろう?
あいつにそんな残酷なものは見せたくない」
ウォルフの表情に痛みが走る。
戦艦『Black Princess』の搭乗員の裏切り、
無数の敵の中に、たった一機で立ち向かわねばならない絶望と孤独。
それは宇宙の深淵の中で、凍えてしまいそうになるほどに、
寒々とした光景だった。
「傷つくのも、地べたを這いつくばるのも、
俺一人で十分なんだ。
あいつには美しいものだけを見せて、
優しい世界で笑っていて欲しい」
そういって微笑もうとして、ウォルフは失敗した。
涙が頬を伝う。
「それは……とても優しい心遣いだと思うのだけれど、
本当に人を愛するということなのだろうか?」
ルークがウォルフをじっと見つめた。
「君が取り繕おうとする幻影の中では、
永遠に心は重ならないよ?
君が本当に望んでいるのはユウラの心なのに」
ウォルフは自分を見つめる、
ルークの鳶色の瞳を直視することができない。
「それに君が必死に取り繕うとしている世界が、
真実ではないことを、
もうユウラは知っている。
その上で、君の痛みも、悲しみも、
共に背負おうとしてるんだよ。
あの子は君を愛そうとしているんだ」
ウォルフの脳裏に、母と姉の墓石が浮かぶ。
「アイツに何かあったら、致命傷なんだよ!
俺はとても生きていく自信がない」
ユウラの愛を必死に求めている一方で、
自分を愛することで、ユウラに危害が及ぶのではいかと、
そんな不安にウォルフは気が狂いそうになる。
「生臭坊主がっ!
惚れた女を守りたいって思って何が悪いっ!
それでもっ! 命のやり取りをする戦場に、
好きな女連れていけるかよっ!
そんな残酷な景色からは目を覆って、
もっと温かな場所で俺の帰りを待って、
幸せそうに笑っていて欲しいと願って何が悪いっ!」
ウォルフが血反吐を吐く様に言った。
「本当に守るっていうことは、そういうことじゃない。
君がやっていることは、お気に入りの小鳥の羽を切って、
飛べなくして、ただ鳥かごに閉じ込めているだけだ。
愛するということとも違う」
ルークの言葉にウォルフが苦し気に、
胸を掴む。
「だったら、お前のように実の妹に戦争を教え込んで
人を殺す道具であるシェバリエに乗せることが愛なのか?
世界一大切な存在に、俺のために命を捨てろとそう命令することが
愛なのか?」
言葉と共に、ウォルフの頬にとめどなく涙が伝う。
「俺がオリビアである限り、
いや、ウォルフ・レッドロラインとして生きたとしても、
ユウラを戦艦に乗せるということは、つまりそういうことなんだっ!」
ウォルフが悲痛に叫ぶ。
「前にも言ったよね、人は皆、
成すべきことを成すために生まれたんだって。
君がただのウォルフ・フォン・アルフォードでいられないように、
ユウラもまた将軍家の血を引く者として、
同時にレイランドの血脈に属する
『平和の鳩』としての役目を果たそうとしているんだ。
もっともユウラはそのことを知らないんだけど、
いずれ戦場でそのことを理解するようになるだろう。
すべては君を守るために、
君の傍らにあって、剣をとらなくてはならない存在なんだ」
ルークの鳶色の瞳はひどく澄んでいる。
生も死も、過去も未来も、運命さえも達観し、
そんな人のささやかな営みをまるっと無視したかのような、
どこか神むさびた眼差しを、
ウォルフはときどき苦手に感じる。
名門の将軍家に生まれながら、
祭司職を司る母方のレイランド家に誓願の子として捧げられた子、
それがルーク・レイランドだ。
レッドロラインは、
きっとその尊い祈りによって
支えられているとウォルフは思う。
しかし今はその正論を冷静に受け止めることができない。
ルークの眼差しは揺らがない。
ウォルフがその唇を噛みしめた。
ルークには敵わないのだ。
己の中の深い所に隠した弱さをもその光の中に晒されて、
言葉の刃で容赦なく貫く。
「俺は、どうすればいい?」
ウォルフが観念したかのようにそう言った。
「君の留守中は、ユウラは僕の戦艦『White Wing』で預かるよ。
誰かに守ってもらう存在ではなく、
ユウラには誰かを守る存在になってほしいから、
そのための戦い方を教えるつもりだ」
ウォルフはしばらくの間、その視線を宙に漂わせ、
大きく息を吐いた。
そしてルークを真っすぐに見つめた。
「わかった……。許可しよう。
だが、くれぐれもエドガーには気を付けろ」
しっかりと釘を刺すことは忘れない。
ルークの乗船する戦艦『White Wing』も、
L4宙域に駆け付けた。
ウォルフはユウラをルークに託す。
ユウラを戦艦『White Wing』に乗船させたあとで、
ルークがウォルフに向き合う。
「無事でよかった」
そう言ってルークがぎこちなく笑うと、
「なぜ、この場所にユウラを連れてきた?
俺の許可なく、ユウラを戦場に連れ出すことは許さない」
そう言ってウォルフは、
きつい眼差しをルークに向ける。
そんなウォルフの様子に、
ルークは小さくため息を吐いた。
「どうして君はユウラを遠ざけるの?
ユウラを愛しているのでしょう?」
ウォルフはルークの言葉に口を噤み、
しばらく躊躇うように考えを巡らせる。
「戦場がどういうところであるのか、
お前も知っているだろう?
あいつにそんな残酷なものは見せたくない」
ウォルフの表情に痛みが走る。
戦艦『Black Princess』の搭乗員の裏切り、
無数の敵の中に、たった一機で立ち向かわねばならない絶望と孤独。
それは宇宙の深淵の中で、凍えてしまいそうになるほどに、
寒々とした光景だった。
「傷つくのも、地べたを這いつくばるのも、
俺一人で十分なんだ。
あいつには美しいものだけを見せて、
優しい世界で笑っていて欲しい」
そういって微笑もうとして、ウォルフは失敗した。
涙が頬を伝う。
「それは……とても優しい心遣いだと思うのだけれど、
本当に人を愛するということなのだろうか?」
ルークがウォルフをじっと見つめた。
「君が取り繕おうとする幻影の中では、
永遠に心は重ならないよ?
君が本当に望んでいるのはユウラの心なのに」
ウォルフは自分を見つめる、
ルークの鳶色の瞳を直視することができない。
「それに君が必死に取り繕うとしている世界が、
真実ではないことを、
もうユウラは知っている。
その上で、君の痛みも、悲しみも、
共に背負おうとしてるんだよ。
あの子は君を愛そうとしているんだ」
ウォルフの脳裏に、母と姉の墓石が浮かぶ。
「アイツに何かあったら、致命傷なんだよ!
俺はとても生きていく自信がない」
ユウラの愛を必死に求めている一方で、
自分を愛することで、ユウラに危害が及ぶのではいかと、
そんな不安にウォルフは気が狂いそうになる。
「生臭坊主がっ!
惚れた女を守りたいって思って何が悪いっ!
それでもっ! 命のやり取りをする戦場に、
好きな女連れていけるかよっ!
そんな残酷な景色からは目を覆って、
もっと温かな場所で俺の帰りを待って、
幸せそうに笑っていて欲しいと願って何が悪いっ!」
ウォルフが血反吐を吐く様に言った。
「本当に守るっていうことは、そういうことじゃない。
君がやっていることは、お気に入りの小鳥の羽を切って、
飛べなくして、ただ鳥かごに閉じ込めているだけだ。
愛するということとも違う」
ルークの言葉にウォルフが苦し気に、
胸を掴む。
「だったら、お前のように実の妹に戦争を教え込んで
人を殺す道具であるシェバリエに乗せることが愛なのか?
世界一大切な存在に、俺のために命を捨てろとそう命令することが
愛なのか?」
言葉と共に、ウォルフの頬にとめどなく涙が伝う。
「俺がオリビアである限り、
いや、ウォルフ・レッドロラインとして生きたとしても、
ユウラを戦艦に乗せるということは、つまりそういうことなんだっ!」
ウォルフが悲痛に叫ぶ。
「前にも言ったよね、人は皆、
成すべきことを成すために生まれたんだって。
君がただのウォルフ・フォン・アルフォードでいられないように、
ユウラもまた将軍家の血を引く者として、
同時にレイランドの血脈に属する
『平和の鳩』としての役目を果たそうとしているんだ。
もっともユウラはそのことを知らないんだけど、
いずれ戦場でそのことを理解するようになるだろう。
すべては君を守るために、
君の傍らにあって、剣をとらなくてはならない存在なんだ」
ルークの鳶色の瞳はひどく澄んでいる。
生も死も、過去も未来も、運命さえも達観し、
そんな人のささやかな営みをまるっと無視したかのような、
どこか神むさびた眼差しを、
ウォルフはときどき苦手に感じる。
名門の将軍家に生まれながら、
祭司職を司る母方のレイランド家に誓願の子として捧げられた子、
それがルーク・レイランドだ。
レッドロラインは、
きっとその尊い祈りによって
支えられているとウォルフは思う。
しかし今はその正論を冷静に受け止めることができない。
ルークの眼差しは揺らがない。
ウォルフがその唇を噛みしめた。
ルークには敵わないのだ。
己の中の深い所に隠した弱さをもその光の中に晒されて、
言葉の刃で容赦なく貫く。
「俺は、どうすればいい?」
ウォルフが観念したかのようにそう言った。
「君の留守中は、ユウラは僕の戦艦『White Wing』で預かるよ。
誰かに守ってもらう存在ではなく、
ユウラには誰かを守る存在になってほしいから、
そのための戦い方を教えるつもりだ」
ウォルフはしばらくの間、その視線を宙に漂わせ、
大きく息を吐いた。
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