じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

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61.敬礼

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仮面の女騎士は、カルシア第二王妃の前に跪く。

王宮のカルシアの館の庭園には、
色とりどりの薔薇の花が咲き乱れている。

「今回の負け戦の尻ぬぐいを
 しなければならなくなったわ」

サロンの長椅子に身体を預けるカルシアが、
仮面の女に物憂げな視線を向ける。

「アーザス・リアンの連合には
 オリビアを葬ることができないのなら、
 その右腕と頼むルーク・レイランドの命を求められたわ」

仮面の女騎士は、立ち上がりカルシアに向き合う。

「あなたが留守の間に、
 殺し屋を雇ったの。
 サイファリアの団長よ」

カルシアは細い足を組みかえた。

「だけど彼女だけでは、心許ない。
 あなたには、その後方支援をお願いできるかしら?」

仮面の女騎士は、カルシアの手を取って口づけた。

「御心のままに」

そう言って、目を伏せる仮面の騎士に、
カルシアは少し目を細めた。

「アーザス・リアンの連合から、
 傭兵部隊を借り受けました。
 あなたには彼らをテロリストに仕立て上げ、
 この国に陽動を起こして欲しいの」

カルシアは口元に微笑を浮かべる。

◇◇◇

アカデミーの構内に、
けたたましいサイレンの音が響き渡った。

「何事かしら?」

ユウラが不安げに周りを見渡した。
それはちょうど授業と授業の間の休憩時間で、

友人たちと楽しくおしゃべりをしていた時だった。

「緊急事態発生! 緊急事態発生!
 アカデミーの士官候補生たちは直ちにシェルターに避難せよ!」

いきなりの館内放送に、その場が騒然となる。

ユウラと友人たちも、アカデミーに併設されたシェルターへと向かうが、
ユウラは意を決して、その人波に諍った。

「あっ、ちょっとユウラさん、どこへ行くのよ?」

エマ・ユリアスが心配そうに、ユウラに声をかけた。

「ごめんなさい、ちょっと忘れ物をしてしまって。
 先に行っていてくださらない?」

ユウラの姿は、エマの返事を待たず、
人波の中に消えていく。

(ルーク教官に会わなければ)

とユウラは思った。

ユウラの脳裏に、L4宙域で孤立した戦艦『Black Princess』が過った。

『身構えなくてもいいよ。
 僕が君を抱きしめても、多分ウォルフは怒らない。
 何せ僕は君の教官であり、ウォルフの親友であり、
 そして君の実の兄なのだから』

そう言って、ルーク・レイランドは自分に笑いかけた。

ウォルフが今まで自分にその正体を一切明かさなかった理由を、
ユウラは肌で感じ取る。

そして今、その矛先は……。

ユウラはきつく唇を噛み締めた。

アカデミーの上空に数機のシェバリエが飛び交い、
グラウンドにミサイルの雨を降らせる。

「うそ……。コロニーが攻撃を受けているの?」

ユウラの身体が恐怖に震える。

アカデミーの地下施設から、戦闘機が発進し、
スクランブルをしかけるが、
敵のシェバリエに簡単に握りつぶされて、爆発する。

「うそよ。ノアの英知を結集して作られた、
 難攻不落のセキユリティーだって」

窓の外に広がる惨状に、
ユウラが手で口を覆った。

ユウラはシェバリエの格納庫にひた走る。

◇◇◇

「非常事態の発生……だってさ」

ルーク・レイランドはそう言って、
隣に佇むイザベラ・ウェラルドに肩を竦めて見せた。

「君との命のやりとりは、また後ほどということで。
 今は教官として、生徒たちの命を守って欲しい」

そう言ってルークは、
イザベラをシェルターに続くエレベーターに乗せた。

「あっこらっ! ちょっと!」

抵抗するイザベラの前で扉が閉まり、
エレベーターはシェルターに続く地下へと進む。

それを見届けたルークもまた、シェバリエの格納庫にひた走る。

エレベーターの中で、
イザベラは下を向く。

その頬に涙が伝う。

「わたくしは……もしかして、
 泣いているの?」

イザベラの漆黒の瞳が驚きに見開かれ、
震える指先がその頬を伝う涙に触れる。

「熱い……」

イザベラの唇が小さく呟いた。

「涙など……当の昔に枯れ果てたと思っていたのに」

そして自嘲する。

「今更、涙などを流して……、
 それで、何が変わるというの?」

イザベラの脳裏に、墓石も卒塔婆もない、
土を盛られただけの粗末な母の墓が過った。

イザベラの表情が凍り付く。

イザベラは隠し持っていた、
小規模な爆発を起こす手榴弾の安全装置を解除し、
放り投げた。

エレベーターの扉は吹き飛び、
その場に停止する。

イザベラはそこから、
闇の中に飛び降りた。

◇◇◇

シェバリエの格納庫に銃声が響き渡った。

「痛っつう……」

パイロットスーツを身に纏うルーク・レイランドが、
肩のあたりを抑えている。

床に落ちる銃弾の薬莢の金属音が、
甲高く響いた。

銃弾はルークのパイロットスーツを抉り、
鮮血が滴っている。

「やあ、イザベラ・ウェラルドさん。
 僕を殺しに来たの?」

ルークが頼りなく笑いかけると、
イザベラは笑みを返そうとして、失敗した。

「ええ、そうよ……」

そう答えるイザベラの頬に涙が伝っている。
イザベラは手の甲で、涙を拭い、
ルークに向き合う。

「あなたをその機体に乗せるわけにはいかないの」

イザベラは腰に薙いだ剣を引き抜いた。

刹那、シェバリエの格納庫の扉が開き、
ユウラがこちらに向かって駆けてくる。

「ルーク教官っ!」
「ユウラっ! 来てはいけないっ!!」

ルークが鋭く、ユウラを制した瞬間に、
イザベラの剣がルークの腹を突き刺した。

ルークの目が見開かれ、血糊が唇を伝う。

ルークは無言のままにユウラの手を取って、
リモコンを操作すると、

シェバリエがその場にしゃがみこんで、コクピットを開いた。

ルークは最後の力を振り絞り、
ユウラをコクピットに押し込んだ。

「お……お兄様?」

ユウラの手に、服に、べったりとルークの血がついている。

ユウラの瞳が驚愕に見開かれる。

そんなユウラに、ルークが微笑みかけて
敬礼する。

コクピットの扉がゆっくりと閉じて、
兄妹を隔てた。








 




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