じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
81 / 118

81.カルシア・ハイデンバーグ

しおりを挟む
ルーク・レイランドは白の隊長服に着替え、
戦艦『White Wing』に乗り込んだ。

「敵機策定は? 住民の被害状況は?」

矢継ぎ早に厳しい口調で
モニタールームに詰めている情報処理班にそう問うた。

「はっ! 機体を捕らえた映像がこちらです」

兵卒がそう言って画像をモニターに映し出した。

敵のシェバリエがビームライフルを乱射しながら自国の工業施設を爆破し、
その周りの居住区を攻撃している。

「これはっ!」

思っていたよりも、被害は甚大だ。

「住民を直ちにシェルターに避難させ、シャトルの発射を準備させろ!
 総員第一戦闘配備! これより戦艦『White Wing』はN91ポイント工業自治区に、
 救援に向かう」

ルークが戦艦『White Wing』の搭乗員にそう命令した瞬間に
刹緊急回線から呼び出しの電子音がけたたましく響いた。

「レイランド艦長! カルシア第二王妃からの伝令です」

脇に控える士官の報告に、
ルークは軽くこめかみを押さえた。

(なぜこんなときに……っ!)

ルークの苛立ちは頂点に達する。

「ごきげんよう! レイランド上級大将」

モニターの向こう側に、美女が映し出される。

赤みがかったマルーンの髪をきつく巻いて、
その唇には真っ赤なルージュが濡れている。

「先ほど有事の報告を聞きました。
 レイランド上級大将が、我が息子エドガーと一緒にいらっしゃることに、
 まずは安堵しています。
 王太子たるエドガーの身の安全を第一に、
 もっとも警護が厳重である王宮へと送り届けることが、
 最優先とされる事柄であるとわたくしは考えます」

カルシアはそう言って、優雅に黒の洋扇子をその口元に翳した。

「ですが、カルシア様っ! 
 今はコロニー内の工場区とその周りの居住区が攻撃されており、
 我々軍人は民間人を守ることが何よりの最優先事項であります」

ルークがモニターに張り付くようにして必死に訴える。

今こうしている間にも、消えていく命があるのだ。

救えるものは、なんとしてでも救いたい。
ルークは焼け付く様にそう思う。

「いいえ、そうではありませんわ。
 これはレイランド上級大将ともあろう方が、
 戦を理解しておられないのでしょうか?」

モニター越しのカルシアが、ほほと笑う。

「将たる者が打ち取られれば、全ては終わってしまうのです。
 ゆえに何にも増して優先されるべきは、王太子たるエドガーの命なのです」

カルシアの言葉はどこまでも優美だ。

まるで美しい詩の一節を朗読するかのように、
もっとも残酷な命の選別を迫まって寄こす。

ルークはきつく唇を噛んだ。

「国王陛下と元帥たるオリビア第一皇女が留守の今、
 成人していない王太子エドガーの保護者であるこのわたくしに、
 総ての指揮権が委ねられているのだと理解しておりますが?」

カルシアが微笑む。
それはどこまでも優美な微笑みのはずなのに、
なぜだかルークには、そのルージュの色が血の色に見えて仕方がない。

「エドガーの警護には、
 もちろんレイランド上級大将自らが当たってくださいますわね」

まるで寝所で囁く睦言の様に、カルシアが囁く。
ルークがあきらめと共に瞳を閉じた。

ルークの背後に副艦長である、エルライドが立ち、
その肩にそっと手を置いた。

一瞬の目配せのあとで、
ルークはモニター越しにカルシアに臣下の礼をとった。

「身命を賭して」

ルークの言葉にカルシアが満足げに微笑む。

「では、吉報をお待ちしておりますわね。
 レイランド上級大将」

通信が途切れると、ルークは激しく拳を壁に叩きつけた。

「くっそ!」

ルークが血反吐を吐く様にそういうと、
エルライドが肩をそびやかした。

「艦長! ちゃんと俺らのこと、見えてます?」

エルライドの言葉にルークが顔を顰める。
そして自身を制するために、大きく息を吐いた。

「残念でした~、ちゃ~んと見えてますぅ! 
 だからおとなしく年増カルシアの命令を受け入れたんですぅ!」

言うが早いか、ルークはその辺にあった紙に猛烈な勢いで何かを書き始めた。

「あとのことは頼んだぞ! 全部君に託す」

そういってルークはエルライドに、
自分が何事かを書きつけた紙の束を手渡した。

その殴り書きに目を通したエルライドが、
小さく溜息を吐いた。

「毎度のことながら、結構無茶苦茶な作戦ですよね。
 まあ、終局まで読み切っている点は評価しますけど」

エルライドが冷静な口調でそういうと、

「ま、君以外の人には、実行不可能な計画だよね。
 っていうか君以外の人にはそもそもこの戦艦『White Wing』の艦長席に
 座らせないけどね」

ルークがそういってその目を半眼にして、エルライドを見つめた。

「うわー、愛されちゃってるんですね、俺」

エルライドが、ほぼ棒読みでその台詞を吐いた。

おどけたようなやり取りの一瞬あとで、
ルークが真剣な眼差しをエルライドに向けた。

「エルライド、死ぬなよ」

そういって自身が被っていた軍の制帽をエルライドに差し出した。
エルライドは少し驚いたような表情をして、それを受け取って
頭にかぶった。

「了解!」

エルライドがにっと笑って見せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...