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84.エマ・ユリアス1
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「第一戦闘配備! 本艦はこれよりN91ポイント工業自治区へ、
救援に向かう」
エルライドの号令とともに、ブリッジが遮閉され、
シェバリエ部隊は搭乗機に乗り込んで待機する。
エマもまた、自身の搭乗機に乗り込んで、出撃のときを待つ。
さすがに平静ではいられない。
エマはパイロットスーツのポケットから、
写真を取り出してそれを胸に抱きしめた。
それは赤の隊服を着て敬礼する、
自身の姉、セナ・ユリアスの写真だった。
桜の季節、その両脇には、
今よりも幼いウォルフとルークがおどけたように笑い合っている。
アカデミーの入学式の日に、三人で記念に撮ったものだ。
それはセナが生きていたという、幸せな時間の片鱗だ。
エマは瞳を閉じて、暫しの間今は亡き姉、セナ・ユリアスに思いを馳せる。
◇◇◇
「なあに? エマ、
あなたまた頭の痛くなるような本を読んでいるの?」
そういってセナがひょいと自身の読んでいた本を覗き込むと、
エマがびっくりしたように目を上げた。
「お姉さま」
そんなエマから、悪戯っぽく本を取り上げる。
「ふ~ん、マルクスの資本論……かぁ。
あなた経済学に興味があるの?」
セナはそういって、ペラペラとページをめくっていく。
「いいえ、お姉さま、わたくしが興味があるのは、
政治全般ですわ。
経済も軍事も全てを包括して、国を豊かに、そして安寧に導いてゆける、
そんな政治家にわたくしはいつの日にかなりたいのです」
エマはそういって、目を輝かせた。
そんなエマに、セナは優しく微笑みかける。
「素敵な夢ね、エマ。きっとあなただったら、
その夢を叶えられると思う。
あなたが私の妹であることを誇りに思うわ」
そういってセナがエマの頭を、愛おしそうに撫でた。
エマは少しはにかんでセナに微笑んだ。
その手の感触が、今も鮮やかにこの身に蘇る。
(わたくしはこの二歳年上の姉のことが、本当に好きだった)
コクピットで写真を見つめるエマが寂し気な笑みを浮かべた。
(姉は憧憬と尊敬、そして羨望の対象だった)
エマは再び追憶へと沈んでいく。
◇◇◇
アカデミーに入学したセナは、
騎士としてその才能を遺憾なく発揮していった。
特にシェバリエに関しては、同学年で首位を争っていた
ウォルフ・フォン・アルフォードやルーク・レイランドを差し置いて
首位に躍り出た。
その名声に両親は狂喜乱舞していたが、
しかしセナ本人は『100年に一度の逸材』だとか、『天才』だとか、
周りにもてはやされる度にブチキレていた。
「ったく、どいつもこいつも、人を怪物みたいにっ!
なあにが、人類最強よ!
それが年頃の女の子に向かって言う言葉?」
そういって憤慨していたセナに、
ルーク・レイランドが薔薇の花束を持って来た。
アカデミーの創立パーティーで行われる
プロムのパートナーになってほしいということだった。
少し照れながらも、セナは幸せそうに差し出されたルークの手をとった。
お互い真っ赤になりながら、
とてもぎこちなく車に乗り込んでいったのを、
エマは微笑ましく、二階の自分の部屋から眺めていた。
そんな幸せな日々が続いていって、そしたらひょっとして、
今日姉の手を取って車に乗り込んでいった、美少女のような美少年が
将来自分の兄になるのかもしれない。
そんなことを想像して、くすくすと笑っていた。
しかしセナはその数か月後に前線に配備されることになった。
出征の前にエマはセナに、
どうして軍人になったのかを聞いたことがあった。
「ねえ、エマ。
私は戦争が好きなわけじゃないわ。
でもね、私は私の方法で私の愛する人たちを守りたいの」
セナはエマを抱きしめてそう言った。
それはどこまでも優しい抱擁で、
どこまでも悲しい抱擁だった。
泣いてはいけないと思いながらも、
涙が止まらなくて、セナが少し困った顔をした。
(行かないで! お姉さま)
喉元にその言葉がせり上がっても、
決して口にするまいと、唇を噛みしめて堪えた。
そんな自分が泣き止むまで、
セナはずっと背を撫で続けてくれた。
鬼神ルーク・レイランドの華々しい活躍や
レッドロライン第一皇女オリビアを要する戦艦『Black Princess』の凱旋により、
母国は戦勝の喜びに沸いた。
しかしセナは帰ってこなかった。
セナは最後まで自身の所属した部隊を守り切り、
そして死んだのだという。
遺骨さえ残らずに、宇宙の藻屑と消えたと言われても、
とうてい心がついていかなかった。
葬儀の日、
そんなセナのことを人々は口々に英雄だといった。
「は? 英雄? なにそれ?」
人々の無責任な物言いに、エマは拳を握りしめた。
(お姉さまはあなたたちにとって都合の良い、
プロパガンダでも、虚像でもない。
お姉さまはただの一人の人間よ。
他者を慈しみ、愛した、ただの人間なの)
エマの頬に涙が伝った。
それは悔し涙だった。
セナの思いが、生き様が、無神経に踏みにじられ、
捻じ曲げられていく悔しさだった。
「英雄だとかなんだとか、そんな御大層なもんじゃない。
セナはただ母国を、同僚を、家族を、友人を愛しただけなんだ」
誰に言うともなしに、ルーク・レイランドが呟いた。
その鳶色の瞳が涙に濡れていた。
エマはその瞳の悲しみの深さに、少し救われた気がした。
(この人は静かに、しかし誰よりも深く、お姉さまの死を悼んでいる)
その透き通った瞳は、真っすぐにセナを映していたから。
◇◇◇
「ねえ、お姉さま。
今度はあなたが守りたいと思ったものを
わたくしが守って差し上げる番ですわね」
エマは写真にそう呟いた。
「戦艦『White Wing』発進する」
スピーカーから聞こえてくるエルライドの声と共に
エンジン音が唸ると、ドッグの海水の中を戦艦『White Wing』が泳ぎ出す。
やがてスピードを増して船体は離水し、宙へと浮かぶ。
古の昔に神の民を乗せたて飛んだ船のように。
もしくはその船を約束の地へと導いた、鳩のように。
空の青が、戦艦『White Wing』を飲み込んで煌めくと、
少女たちは自身が乗り込んだ機体の中でその重力に耐えた。
救援に向かう」
エルライドの号令とともに、ブリッジが遮閉され、
シェバリエ部隊は搭乗機に乗り込んで待機する。
エマもまた、自身の搭乗機に乗り込んで、出撃のときを待つ。
さすがに平静ではいられない。
エマはパイロットスーツのポケットから、
写真を取り出してそれを胸に抱きしめた。
それは赤の隊服を着て敬礼する、
自身の姉、セナ・ユリアスの写真だった。
桜の季節、その両脇には、
今よりも幼いウォルフとルークがおどけたように笑い合っている。
アカデミーの入学式の日に、三人で記念に撮ったものだ。
それはセナが生きていたという、幸せな時間の片鱗だ。
エマは瞳を閉じて、暫しの間今は亡き姉、セナ・ユリアスに思いを馳せる。
◇◇◇
「なあに? エマ、
あなたまた頭の痛くなるような本を読んでいるの?」
そういってセナがひょいと自身の読んでいた本を覗き込むと、
エマがびっくりしたように目を上げた。
「お姉さま」
そんなエマから、悪戯っぽく本を取り上げる。
「ふ~ん、マルクスの資本論……かぁ。
あなた経済学に興味があるの?」
セナはそういって、ペラペラとページをめくっていく。
「いいえ、お姉さま、わたくしが興味があるのは、
政治全般ですわ。
経済も軍事も全てを包括して、国を豊かに、そして安寧に導いてゆける、
そんな政治家にわたくしはいつの日にかなりたいのです」
エマはそういって、目を輝かせた。
そんなエマに、セナは優しく微笑みかける。
「素敵な夢ね、エマ。きっとあなただったら、
その夢を叶えられると思う。
あなたが私の妹であることを誇りに思うわ」
そういってセナがエマの頭を、愛おしそうに撫でた。
エマは少しはにかんでセナに微笑んだ。
その手の感触が、今も鮮やかにこの身に蘇る。
(わたくしはこの二歳年上の姉のことが、本当に好きだった)
コクピットで写真を見つめるエマが寂し気な笑みを浮かべた。
(姉は憧憬と尊敬、そして羨望の対象だった)
エマは再び追憶へと沈んでいく。
◇◇◇
アカデミーに入学したセナは、
騎士としてその才能を遺憾なく発揮していった。
特にシェバリエに関しては、同学年で首位を争っていた
ウォルフ・フォン・アルフォードやルーク・レイランドを差し置いて
首位に躍り出た。
その名声に両親は狂喜乱舞していたが、
しかしセナ本人は『100年に一度の逸材』だとか、『天才』だとか、
周りにもてはやされる度にブチキレていた。
「ったく、どいつもこいつも、人を怪物みたいにっ!
なあにが、人類最強よ!
それが年頃の女の子に向かって言う言葉?」
そういって憤慨していたセナに、
ルーク・レイランドが薔薇の花束を持って来た。
アカデミーの創立パーティーで行われる
プロムのパートナーになってほしいということだった。
少し照れながらも、セナは幸せそうに差し出されたルークの手をとった。
お互い真っ赤になりながら、
とてもぎこちなく車に乗り込んでいったのを、
エマは微笑ましく、二階の自分の部屋から眺めていた。
そんな幸せな日々が続いていって、そしたらひょっとして、
今日姉の手を取って車に乗り込んでいった、美少女のような美少年が
将来自分の兄になるのかもしれない。
そんなことを想像して、くすくすと笑っていた。
しかしセナはその数か月後に前線に配備されることになった。
出征の前にエマはセナに、
どうして軍人になったのかを聞いたことがあった。
「ねえ、エマ。
私は戦争が好きなわけじゃないわ。
でもね、私は私の方法で私の愛する人たちを守りたいの」
セナはエマを抱きしめてそう言った。
それはどこまでも優しい抱擁で、
どこまでも悲しい抱擁だった。
泣いてはいけないと思いながらも、
涙が止まらなくて、セナが少し困った顔をした。
(行かないで! お姉さま)
喉元にその言葉がせり上がっても、
決して口にするまいと、唇を噛みしめて堪えた。
そんな自分が泣き止むまで、
セナはずっと背を撫で続けてくれた。
鬼神ルーク・レイランドの華々しい活躍や
レッドロライン第一皇女オリビアを要する戦艦『Black Princess』の凱旋により、
母国は戦勝の喜びに沸いた。
しかしセナは帰ってこなかった。
セナは最後まで自身の所属した部隊を守り切り、
そして死んだのだという。
遺骨さえ残らずに、宇宙の藻屑と消えたと言われても、
とうてい心がついていかなかった。
葬儀の日、
そんなセナのことを人々は口々に英雄だといった。
「は? 英雄? なにそれ?」
人々の無責任な物言いに、エマは拳を握りしめた。
(お姉さまはあなたたちにとって都合の良い、
プロパガンダでも、虚像でもない。
お姉さまはただの一人の人間よ。
他者を慈しみ、愛した、ただの人間なの)
エマの頬に涙が伝った。
それは悔し涙だった。
セナの思いが、生き様が、無神経に踏みにじられ、
捻じ曲げられていく悔しさだった。
「英雄だとかなんだとか、そんな御大層なもんじゃない。
セナはただ母国を、同僚を、家族を、友人を愛しただけなんだ」
誰に言うともなしに、ルーク・レイランドが呟いた。
その鳶色の瞳が涙に濡れていた。
エマはその瞳の悲しみの深さに、少し救われた気がした。
(この人は静かに、しかし誰よりも深く、お姉さまの死を悼んでいる)
その透き通った瞳は、真っすぐにセナを映していたから。
◇◇◇
「ねえ、お姉さま。
今度はあなたが守りたいと思ったものを
わたくしが守って差し上げる番ですわね」
エマは写真にそう呟いた。
「戦艦『White Wing』発進する」
スピーカーから聞こえてくるエルライドの声と共に
エンジン音が唸ると、ドッグの海水の中を戦艦『White Wing』が泳ぎ出す。
やがてスピードを増して船体は離水し、宙へと浮かぶ。
古の昔に神の民を乗せたて飛んだ船のように。
もしくはその船を約束の地へと導いた、鳩のように。
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