じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
86 / 118

86.策

しおりを挟む
「え?」

状況が飲み込めないままにユウラが目を開くと、
騎士服のマントにすっぽりと覆われて、隠し部屋へと連れ込まれる。

「ユウラ」

耳に落ちるその美声に、ユウラの心臓が跳ねる。

「オリビア皇女殿下っ!」

思わずその名を呼んでしまったユウラに、騎士服の主はがっくりと肩を落とす。

「ユウラよ、確かにそれは間違ってはいない。
 決して間違ってはいないけれどもっ!」

黒の騎士服に身を包み、
仮面をつけたその主がユウラの前で仮面を外してため息を吐く。

「お前ひょっとしてウォルフよりもオリビア女装の俺の方が
 好きなんか?」

少なからず傷ついたようにそう言った。

「そ……そんなことっ」

ユウラが口ごもる。

「それならそれで俺にも覚悟というものがある。
 本格的にオリビア女装プレイをしてみるか?」

そう言ってウォルフが遠い目をする。

「だからそんなことないわよっ! 
 今はたまたまオリビア様の騎士服を着ていたから
 それだけのことよっ!
 それよりもエマさんがっ!」

そういってユウラが涙目になる。

「大丈夫だ。それも織り込み済みの作戦だから。
 安心してお前は俺に守られていろ」

そういってウォルフは愛おしそうにユウラの額に口づけた。

◇◇◇

王宮に戻ったエドガー・レッドロラインは、
カルシアの離宮へと招集を受けた。

その庭園には色とりどりの薔薇が咲き競う。
エドガーはふと深紅に咲くアンクルウォルターの前で足を止めた。

何気なく花弁に触れようと手を伸ばすと、
思いがけず棘がその指を傷つけた。

薔薇の花弁と同じ色の血が盛り上がる。

◇◇◇

カルシアを上座にその側近たちが、会議の円卓を囲む。
これもまた戦なのだと、エドガーは思う。

国王は今、地球の本国にいて、
今回のことはその留守に起こった出来事だった。

宇宙資源を巡っての隣国との開戦により、
この国の主力部隊である第一皇女オリビアの率いる戦艦『Black Princess』を
前線に出さざる負えない状況の中、
それに呼応するかのように自国で、しかもコロニー内でテロ行為が起こった。

『解放戦線、暁の女神』テロリストたちはそう名乗り、
工業区を破壊し、数多の民間人を人質に取ってターミナルの管制塔を占拠したのだという。

その要求はレッドロラインが有する
コロニーの制御システムに使用される希少資源『Selene of crown』の自由化の撤廃と
、現国王の退位だった。

「幸い今回のテロ行為の現場とこの王宮とは距離があります。
 まずはこの王宮の守りを固めることが、必至かと」

カルシアが黒の洋扇子を、口元に翳した。
そんなカルシアを末席に座わるルークが、ぼんやりと眺めている。
カルシアもまた微笑を浮かべてルークを見つめた。

「王宮に残る近衛隊をレイランド上級大将に指揮していただきましょう」

いきなり話を振られて、ルークが目を瞬かせた。

「母上っ!」

エドガーが席を立ちあがった。
そんなエドガーにカルシアが微かに目を細めた。

「今、テロリストたちに攻められているのは、
 他国のどこか遠い出来事ではありません。
 他でもない我が国、レッドロラインなんです」

感情の激したエドガーが、テーブルを叩いた。

「自国の国民がテロリストによって多数人質として取られている今、
 私たちは王宮に引きこもってやり過ごせと?」

エドガーの言葉に、カルシアの笑みがすっと消え、
その隣に座っていた大公が、厳めしい眉を動かした。

「これはいけませんなぁ。エドガー王太子殿下はまだ若い。
 それゆえに血気にはやるのもわからないではありませんが、
 実にいけませんなぁ」

そういって大公は自身の口髭に触れる。

「テロリストたちにはすでに戦艦『White Wing』を向かわせた。
 管制塔を制圧するのも時間の問題でしょう。
 これが戦でございます。
 将たる我々がわざわざ出向くような局面ではない」

小馬鹿にするような大公の言葉に、エドガーは歯を食いしばり、
拳をきつく握りしめて耐えた。

オブザーバーの席には、
ユウラの父であるハルマ・エルドレッドも座っている。
その足には骨折の治療のための大仰なギブスが巻かれており、
伏目がちに、様子を伺っている。
 
そこに兵卒が入ってきて敬礼した。

「ご報告申し上げます。
 現在交戦中のターミナルにて、国務大臣エヴァン・ユリアス殿のご息女
 エマ・ユリアス様が拘束されました」

その報告にエドガーが目を見開いた。

「なんだと?」

エドガーの手が震える。
どうにか堪えようとしても、その震えを堪えることができない。

可愛げのない女だと思った。
乱暴だし、狂暴だし、
これっぽっちも趣味ではないはずだった。

それに自分はユウラを好きなはずだった。

しかし今、エマを失ってしまうことが怖くて仕方がないのだ。
その感情に説明がつかない。

「母上っ! エマは私の婚約者です。
 その彼女が危険な状況に置かれている今、
 婚約者であるこの私が王宮にとどまっているなど
 末代までの恥じです」

エドガーがきつくカルシアを見据えた。

「私はこれから近衛隊を率いて、
 管制塔の制圧に向かいます」

エドガーの視線を受けて、カルシアが微笑を浮かべる。

「まあエドガー、でしたらこの王宮は一体誰が守るというの?」

赤子の手をひねるごとくに、カルシアがそういうと、
ハルマ・エルドレッドが立ち上がった。

「ご心配なされますな。カルシア様。
 王宮とあなた様はこの私の部隊『雷神』が命を懸けて
 お守り監視させていだだきます」

そう言ったハルマに、カルシアがきつい視線を向けた。

「まあ、先の戦でお怪我をなさっている
 エルドレッド将軍に一体何ができて?」

カルシアの言葉に、ハルマが大仰に足に巻いていたギブスを外して見せた。

「なあに、この怪我は詭弁でございます。
 国内の情勢に懸念を示されたオリビア第一皇女殿下が、
 一足早くこの私をレッドロラインに返すための策なのでございますよ」

カルシアの顔から完全に微笑が消えた。
ハルマがそんなカルシアをきつく見据える。

エドガーは立ち上がり、自身の近衛隊を招集する。

「我々はこれから、N91ポイント工業自治区及び、
 隣接するターミナルへ向かい、自国の人質の救援に向かう!
 上級大将ルーク・レイランド、私の横について指揮を執れ!」

エドガーの声を聞きながら、カルシアは無言のままに瞳を閉じると、
テーブルの中央に生けられた、深紅の薔薇がはらりとその花弁を散らした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...