じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

文字の大きさ
91 / 118

91.ウォルフ・レッドロライン1

しおりを挟む
「ルーク・レイランド、お前はどう思う?」

ウォルフはその眼差しを、シェバリエの損傷部分に向けて尋ねた。

「どうって……正直戦慄を覚えているよ」

ルークはその柳眉をかすかに顰めた。

「レッドロラインの英知の全てを注ぎ込んだシェバリエの最新機種に、
 君が乗り込んで戦ったわけだろ?
 それでこの損傷負うとか、もし君以外が部隊を率いていたとしたら、
 間違いなく全滅だろうね」

ルークが淡々とした口調で言う。

「俺もさ、自惚れているわけじゃないけど、
 シェバリエに関しては国内屈指の腕はあると自負している。
 その俺にこれだけの傷を負わせることのできる奴って
 そうそういないんじゃないかなって思うんだ」

ウォルフは自販機でコーヒーを買って、プルタブを引いた。

「そうそういてたまるかっ! 国が亡ぶわ」

ルークが眉間に皺を寄せてそう言った。

ウォルフはそんなルークを横目で伺う。

「剣の感覚ってあるだろ?
 知ってる感じだったんだ」

ウォルフは缶コーヒーを流し込んだ。
『苦い』とウォルフは思った。
苦くて、絡みつくような違和感がその喉にある。

「知ってる感じ?」

ルークがウォルフに視線を向けた。

「アイツを思い出したんだ」

ウォルフの言葉にルークが、
きょとんとした表情で脳内の情報を検索する。

「アイツ……ねぇ」

(ウォルフの機体に損傷を与えられる力量を持ったシェバリエ乗り……)

ルークは必死に思い出を探るが、

(はて、引っかかってこない)

目を瞬かせる。

(僕の知る限り、ウォルフって昔から結構最強クラスだよ?
 むしろそんな奴がまわりに簡単にいてたまるか)

そんな気がしないでもない。

ルークを見つめるウォルフの眼差しに一瞬痛みが過ったのを、
ルークは知らない。

「セナ・ユリアスだ」

ウォルフが冷静にその名を口にした。

「まさかっ!」

ルークが声を荒げた。
握りしめた拳が小さく震えている。

ウォルフは小さくため息を吐いた。

(やはりまだ、傷は癒えてはいない)

ウォルフは目を伏せた。

癒えるはずがないだろう。
あれ程深く愛していたのだから。

「冗談じゃないっ! セナは……死んだんだ」

ルークが血を吐くようにそう言った。
ルークの激情を受け止める一方で、
ひどく冷静にウォルフが言葉を紡いでいく。

「残念ながら、冗談なんかじゃない。
 同門だったアイツとは、幼少期から
 鬼のように剣を交わしてきた仲だ。
 その俺がアイツの剣を間違えるはずがない」

ルークが凍てついた眼差しを暫し、彷徨わせる一方で、
ウォルフの中に確信めいたものが満ちる。

「機体に敵機の映像が残っている。
 あとで見てほしい」

そう言い置いて、ウォルフがその場所を立ち去った。

◇◇◇

戦艦『White Wing』のオリビア専用プロムナードにて、
オリビアモードのウォルフは優雅に紅茶を嗜む。

本日の茶葉はダージリンのファーストフラッシュだ。

ティーカップに注がれた淡いオレンジ色の紅茶に目を落として、
オリビアが口を開く。

「ねえ、ユウラ。わたくし、
 わたくしの乗る戦艦『Black Princess』を
 少し改装しようと思っていてよ」

戦艦の中とはいえ、今は完全にプライベートの空間で、
ウォルフとユウラは二人きりでお茶を飲んでいる。

にも拘わらず、ウォルフはオリビアモードを解かない。

「はあ……そうですか」

君子危うきに近寄らず。
そう、ユウラの本能が危険を告げている。

こういうときのウォルフは
きっと良からぬことを考えているに違いないのだ。

ユウラもティーカップに目を落として、
適当に相槌を打った。

(決して目を合わせてはいけない)

ユウラはぐっと腹に力を入れた。

「ええ、わたくしの司令官室のとなりに、
 ユウラ、あなたの特別室を作るのよ?」

オリビアがはしゃいだようにそう言うと、
その言葉にユウラが
思わず紅茶を吹き出しそうになった。

「は……はあ? いりません。そんなもの。
 普通に士官室のどこかの相部屋に入ります」

命のやり取りをする戦場を、
この人は何だと思っているのだ。

しかも特別室って何?

驚きに顔を上げてしまったユウラは、
うっかりとオリビアと目が合ってしまった。

蛇に睨まれた蛙のごとく、
ユウラはぎこちなく動きを止めて、
ティーカップをソーサーの上に戻した。

オリビアがニタリと笑う。

ユウラはしまったと思ったが後の祭りだ。

「まあ、どこかの相部屋ですって?
 ユウラはわたくしの他に
 どなたかのルームメイトになりたいのかしら?」

そう言って微笑むこの絶世の美女が、
そこはかとない押しと圧をもって迫ってくる。

中の人がウォルフだと分かってはいても、
ユウラの心拍数が無駄に上がってしまう。

(嗚呼、オリビア様……やっぱりお美しい)

頬を赤く染めて下を向いたユウラに、
オリビアが愉悦の微笑を浮かべる。

「ねえ、おっしゃって、ユウラ。
 わたくしの他にあなたは
 どなたかのルームメイトになりたいとおっしゃるの?」

オリビアはそういってうっとりと
胸の前で手を組んでユウラを促す。

「むしろ、オリビア様以外ならどなたでも結構です」

ユウラがぽそっと呟くと、オリビアの瞳孔が開く。

「聞こえんな」

地獄の地響きのような低温ボイスに、
ユウラの腸がきゅっとなる。

「生意気な口を利く、この専属騎士めがっ!
 お仕置きです」

オリビアが立ち上がり、
ユウラを背後から腕をまわして抱きすくめた。
 
「私のために戦艦を改装するとか、
 色々ありえないんですけど」

抗議の声を上げる。

「あなたはわたくしの専属騎士だという自覚を持ちなさい。
 あなたがわたくしを守らなくて誰が守るというの?」

オリビアはユウラの抗議など、どこ吹く風の様子である。

ユウラは目を閉じた。

(抱きしめ方はウォルフと同じだ。
 その肌に感じる体温も)

同じ人物なのだから当たり前なのだが、

いつも強気で、乱暴な言葉を吐くかと思えば、
ウォルフの自分に触れる手はいつも少しぎこちなくて、
まるで壊れ物を扱うかのように大切そうに自分を扱う。

ユウラはその掌を自身の頬に当てた。

大きくて、温かい、武骨な手。

「どうかなさって? ユウラ」

オリビアがユウラの様子を伺う。

「ああ、なんだろう……確認? 
 抱きしめ方も、掌の温もりも、
 ちゃんと私の知ってるウォルフだなって」

ユウラがそういって、微笑んだ。

「何? 不安なの?」

ウォルフがオリビアモードを解いた。

そしてユウラの正面にまわり、ユウラの顔を覗き込む。

「ときどき……ね。
 オリビア様は第一皇女という尊い方で、
 この国の万民を照らす光でしょう?
 専属騎士としてその傍らにいて、
 命を懸けてお守りしたいと思う一方で、
 私なんかがお傍にいて、本当にいいんだろうかって、
 ふと、そう思っちゃうときがあるの」

ユウラの言葉にウォルフが目を瞬かせる。

「どうした? お前、俺のこの美貌に嫉妬してるのか?」

ウォルフの言葉に、ユウラがぷっと噴き出した。

「嫉妬はしていないわよ。
 お美しくて、憧れの存在では、あるけれど。
 ただ、オリビア様という存在を知れば知るほど、
 あなた風に言うと、ビビっているのよ」

ウォルフを見つめるユウラの眼差しが深い。
ウォルフは小さくため息を吐いた。

「そんなに気負うな、所詮中身は俺だぞ?」

ウォルフは手を伸ばし、ユウラの前髪に触れた。

「そうよ、だから私も引けないの。
 どんなに怖くても、身震いしても
 逃げ出すわけにはいかない。
 あなたのくれた温もりを思い出して、
 こうやって自分を奮い立たせているのよ。
 あなたに並ぶ私でありたいと」
 
ユウラの言葉に、ウォルフが遠くに視線を彷徨わせた。

「騙されるな、オリビアは偽物だぞ?
 この栗色の髪も、この瞳の色も。
 全部偽物だぞ?」

ウォルフがそう言って自嘲する。

「そうかもしれないわね。
 だけどだとしたら本物のあなたはどこにいるの?
 いえ、どこに行こうとしているの?
 ウォルフ・レッドロライン第一皇子は」

ユウラはそう言ってウォルフの手を取り、
その甲にキスを落とした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...