じゃじゃ馬婚約者の教育方針について悩んでいます。

萌菜加あん

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90.剣は知っている。

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ウォルフはユウラを横抱きにしたまま、
非常階段へと出た。

そこからユウラたちが突入した裏ゲートへと戻り、
ユウラのシェバリエに乗り込む。

「ふ~ん、シェバリエの最新機種、Rシリーズか」

起動画面に目を通したウォルフが呟いた。
タッチパネルを操作し、設定を自分好みに書き換えていく。

「ちょ……ちょっと、ウォルフ」

コクピット内の操縦席で、ウォルフの膝の上で横抱きにされているユウラが、
たまらずウォルフに抗議の声を上げた。

「いいから、いいから、任せとけって。
 こう見えて、プログラミングはアカデミーの学年首位だったんだぞ?
 この機体を最高スペックにしてやんよ」

そういいながら、忙しくタッチパネルを操作する。

「あなたはいいかもしれないけど、私はまだ初心者で……」

ユウラがそう言おうとした瞬間にアラームが鳴った。
敵機襲来を告げるアラームだ。

前方より十機ほどの敵機が、隊列をなしてこちらに向かってくる。
ウォルフは画面を一瞥し、なおも高速でプログラミングを施す。

敵機の後頭部から発射されたバルカンが、機体すれすれの地面をえぐった。

「よっしゃあ! できた」

ウォルフは言うが早いかバーニアを吹かして、空へと飛翔し、
そこから急降下して、敵機に突っ込んでいく。

ウォルフはシェバリエにソードを装備させ、舞を舞うかのような軽やかさで次々と
機体を屠っていく。

(これは……なに?)

その鮮やかな軌跡に、ユウラは思わず鳥肌が立った。

(強い……。あまりにも圧倒的だわ)

息を呑むうちに、敵機は残すところ一機となった。

濃紺の闇に輝く三日月のエンブレムを掲げた、
隊長機シェバリエ『まほろば』だ。

その機体には敵将である仮面の女騎士、セレーネ・ウォーリアが搭乗する。

「ほう、ようやく女神様のおでましかというわけか」

モニターを眺めるウォルフが、少し目を細めた。

ウォルフがこの機体と対峙するのは今日で三度目となる。

一度目はL4宙域にて、圧倒的大多数の敵機に囲まれてしまったとき。

それでもウォルフは、負けるつもりなど毛頭なかった。

事実ルークとエルライドがシェバリエに被せたハリボテの段ボールにさえ、
銃弾を掠らせた個所すらなかったのだ。

それがどうだ。

この機体がビームサーベルを抜いたその一瞬の閃光の後で、
自身の機体が纏う張りぼては、細々に切り裂かれたのだ。

今でもよく覚えている。
余りにも滑らかなその剣の軌跡に、

全身が粟立ち、鳥肌が立ったことを。

ウォルフはその軌跡に重ねた少女の面影を
小さく頭を振って振り払う。

そしてシェバリエの腰から、
ビームサーベルを引き抜いた。

「ユウラ、頭をぶつけないように、しっかり俺につかまっていろ」

言うが早いか、ウォルフは一気にブースターを踏み込んで、
敵機に突っ込んでいった。

空中で交わる剣が火花を散らし、激しく切り結ぶ。

急降下と衝撃に、ユウラは必死にウォルフにしがみつく。
そんなユウラを左手で庇いながら、ウォルフが必死に応戦する。

「マジかよ?」

敵機の力量にウォルフが苦笑した。

プログラミングもさることながら、ウォルフはシェバリエでの戦闘においても、
国内屈指の腕前だ。

いくら王族とはいえ、いや、王族だからこそ
そういった実力を兼ね備えていなければ、
父王は自分に部隊を任せはしなかっただろうと、ウォルフは思う。

戦場とは無慈悲なものなのだ。

たとえどれだけの戦力をもっていたとしても、
その上に立つ者に将たる力量がなければ、
それらのものは無に帰す。

(自惚れているわけではないが、
 この俺とシェバリエでここまで渡り合える奴がいるとすれば、
 それはルーク・レイランドと、アイツくらいしかいねぇぞ?)

ウォルフは瞼の裏に、
再びその人物の面差しを思い浮かべた。

(いや、あり得ねぇ。
 アイツは二年前に、戦死したはず)

ウォルフは自身の脳裏に浮かんだその考えを、必死に否定する。

刹那、敵機のソードがコクピットを目掛けて振り上げられた。

危険を告げるアラームが、けたたましくコクピットの中で鳴り響いた

「くっ」

ウォルフは奥歯を食いしばった。
額に汗が滲む。

耳障りな金属音の後で、
敵機のソードが容赦なく機体に食い込んだ。

「キャッ」

ユウラが小さく悲鳴を上げた。

回線がショートし、小さな火花を散らしている。

ウォルフがとっさに後退したので、
わずかにその軌道がコクピットからは外れ、
しかしシェバリエの脇腹に深い傷跡をつけた。

「ウォルフ?」

ユウラが心配そうにウォルフを伺うと、
ウォルフはきつい眼差しをモニターに向けたままだ。

モニター越しにゴトリと音がして、
敵機のソードを握る腕が地面に落ちるのが見えた。

敵機はその状況に、後ろに飛びのいて撤退していった。

それを見届けると、
ウォルフは小さく息を吐いて、

「怪我はないか? ユウラ」

そういってユウラを気遣い、ようやく表情を弛めた。

「ええ、大丈夫よ」

ユウラは少し青ざめた顔をして、
ウォルフに微笑んだ。

ウォルフは無言のままに、シェバリエを駆って
その母艦である戦艦『White Wing』に戻った。

◇◇◇

「おかえり! ご苦労様だったよね」

そう言って、艦長服を身に纏ったルークが二人を出迎えた。

シェバリエから戦艦に降り立ってようやく、
ウォルフがユウラをその腕から解放した。

シェバリエに被弾有りとの報を受けた医療スタッフが、
その場に控えており、ウォルフはユウラを託した。

「え? 私は大丈夫です」

ユウラがきょとんとした顔をしているが、

「不本意ながらも、けっこうあちこちに
 傷を負わせてしまった。
 手当してやってくれ」

そう言って女性の看護師にユウラを託した。

緊迫した状況だったので、すっかり忘れていたが、
そう言われればあちこちに傷を負っている。

擦り傷、打撲、銃撃戦の時に弾が掠った傷。

ユウラが自身の肘や、膝を見回した。
結構ボロボロだ。

「結婚式が近いんだからさ、お前もちょっとは自重しろよ。
 でないとあちこち傷だらけのまんまで、
 ウエディングドレスを着る羽目になるんだからな」

ウォルフが小さくため息を吐いて、ユウラを見送った。

ルークはガラス越しに見える、
ウォルフの乗っていたシェバリエを注視する。

「ウォルフ……。
 君の乗るシェバリエにこれほどの損傷を与えるだなんて……」

ルークはそう呟いて、きつい眼差しをウォルフに向けた。
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