わがまま王子の取扱説明書

萌菜加あん

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第二十五話わがまま王子の奮闘記⑩『父と子』

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そんなこんなで東宮殿に帰ってきたのは
明け方になってしまったのだが、
アレックはほぼ徹夜で方々に指示を飛ばしている。

「アレック……いや、あの……」

ミシェルが口ごもる。
しかしその目は、忙しく立ち働く父の背中をつい追ってしまう。

(ああ、くそっ……言えねぇ……)

ミシェルが下を向いて赤面した。

(アレックは言ってくれたんだ……。
この私を『私の息子』だって……)

その台詞を思い出し、ミシェルの鼻の奥がツンとした。

(この私がどれだけ嬉しかったかわかるか? アレックよ。
12年間、この私がどれだけあなたのその言葉に餓えていたか)

ミシェルの握りしめた拳が、プルプルと震えている。

(やばい、ちょっと泣きそうになってきた……。
っていうか次は私の番だろう……?
私が言わなきゃならない言葉がある。
あなたに伝えたい言葉があってだな……)

ミシェルは大きく息を吸った。

(言えっ! 言うんだミシェルっ! 
 今しかないっ!この勢いに乗るんだっ!)

ミシェルの握りしめた拳に、爪が食い込んでいる。

(目覚めよ! 私のメンタルよ……! 
そしてその真の力を解き放て!!!
母親譲りの無駄にポジティブな私のメンタルよぉぉぉ!!!)

ミシェルは天を仰ぎ、気を溜めた。

「お……お父……さん」

ようやくのことで絞り出したミシェルの蚊の鳴くような声に
アレックが振り返った。

最初は驚きに見開かれた瞳が、やがて至上の喜びへと色を変える。

「ミシェル」

(『ミシェル様』ではなく、『ミシェル』だぞ?
 分かるかこの感動が、ちゃんと伝わるか???
 生まれて初めてこの人が執事としてではなく、
 父として自分の名前を呼んでくれたんだぞ……!!!)

感動に打ちひしがれるミシェルに、アレックが寄り添った。

「もう少しだけ待ってて、
 この仕事が終わったら私の部屋に行こう」

(私の部屋だと??? 
 パーソナルスペースだぞぉ??? いいのか?
 この私がいきなり訪れて。
 それはこの私を受け入れてくれているという解釈でいいんだよな?
 いいんだよな? な? な?
 違うっ!とか言わないで、ホント立ち直れないから)

父という存在をずっと求めて、思い描いていた。
期待が大きすぎて、今ちょっと怖いんだ。

◇◇◇

東宮殿の敷地には、使用人のための宿舎がある。
宿舎というよりは、もはや高級マンションという体なのであるが、
その最上階にアレックの部屋はある。

一般とは違う出入口から中に入ると、
どうやらそれはアレック専用のエントランスであり、
アレック専用のエレベーターであるらしかった。
磨き抜かれた大理石が敷き詰められ、
そこに配されたオーク材の調度品なんかも高級感に溢れている。

「まあ、ここはあの人も寝泊まりする場所なんで、
 こういう感じなんですが……」

アレックが言葉を切った。
コンシェルジュがアレックとミシェルに一礼する。

「お帰りなさいませ、王配陛下。
 ミシェル王太子殿下」

王配陛下とは、王の配偶者であり、
この国ではそれと同等の身分を示す。

エレベーターが最上階に着くと、指紋認証で部屋の扉が開いた。

「お……お邪魔します」

ミシェルがもそもそと呟いた。

「どうしたの? ミシェル、ひょっとして緊張してる?」

「……してるよ。私は母親に似て妄想力が逞しいからな、
 自分の父親をずっと妄想してた。
 お前だったらいいのにって、ずっと理想の父親像をお前に重ねて、
 枕を涙で濡らしてたよ! こんちくしょー。
 そもそもなんで今まで黙ってた? 
 この私がどれだけお前に餓えていたかわかるか?
 お前に『私の息子』だって言ってもらって
 どれだけ嬉しかったかわかるか?
 大好きだぞ、こんちくしょー!!!
 月金はお前が執事でもいい、我慢する。
 わがまま言ってお前に嫌われたくないからなっ!!!
 でも土日は泊まりに来るからなっ! 
 絶対だぞ!!! 覚悟しとけ!!!」

途中から感極まって、涙と鼻水で偉いことになっていたが、
そんなことを気にする余裕はなかった。
結構それは12年分の絶叫だったかもしれない。

「ありがとう。ミシェル……」

そう言ってミシェルを抱きしめたアレックの腕が、少し震えていた。
この日、ミシェルは大人が号泣するのをはじめてみた。

(餓えていたのはどうやら私だけではなかったらしい)

そう思うとミシェルの心の奥が温かくなった。

重厚なモノクロの設えの調度品は、
さすがアレックでセンスいいなとミシェルは思った。

ついつい興味が沸いて部屋をキョロキョロと見回してしまった。
部屋のあちこちに自分の写真と母親の写真が飾ってある。

(この人も寂しかったんだろうな)

そう思った。
そしてふと気にかかる。

「っていうか、公務だなんだのっていって、
 全然部屋に帰ってねぇんじゃねぇの?
 もう若くないんだし、身体大丈夫なのかよ?」

さすがに心配になった。
まあ、だいたいそれは自分のせいなのだが。

「私もね、ミシェルと一緒に居たかったんです。
 さっき妄想力の逞しさは母親譲りっていってましたけど、
 私も大概ですよ。
 あなたとツーリングに行くことを妄想してハーレー買っちゃいましたし、
 キャンプ道具一式だって、DSだって二人分……」

モノクロだった私の世界は、この日涙に溶けて色を取り戻した。
それは暖かな色彩で、私の世界を塗り替えた。
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