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第五十六話わがまま王子の奮闘記『ミシェルの覚悟』
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「ミシェル、お前に話しておきたいことがある」
そう言ってアレックがミシェルの隣に腰かけた。
「ミシェル、あのな、ゼノアは女の子だ」
実の父親が言った言葉にミシェルが激しく瞬きを繰り返した。
一見無表情に見えるその思考はエライことになっている。
原始、太古の地上で火山が噴火し、プテラノドンが宙を舞う。
そんなイメージだ。
ーーーーーー 天地創造 ーーーーーー
かっとミシェルが目を見開いた。
「彼女は私の親友であるサイファリアのエリック王の娘で、
ゼノアというのは彼女の双子の兄の名前なのだ」
ミシェルがアレックを食い入るように見つめた。
「彼女の本当の名前は?」
そんなミシェルの眼差しを真摯に受け止めて、アレックが言葉を紡ぐ。
「彼女の本当の名前はセシリアというんだ」
アレックの言葉にミシェルの瞳が見開かれた。
「セシリア……。薄紅の薔薇の名か……」
いつかエリオットが彼女に贈るための薔薇を分けてくれた。
それは奇しくも彼女へのクリスマスの贈り物にと、
密かに大切に育てていた薔薇の名前と同じだった。
「なぜセシリアは男の恰好などして、名前を偽っていたの?
私を欺いていたのか?」
ミシェルの瞳が揺れている。
彼女のことを知りたいという気持ちの中に、
真実を知ってしまうことへの恐れが入り混じっている。
アレックはそんなミシェルの心の機微を受け止めて、
優しく微笑む。
「そうではないのだよ、ミシェル。
私は彼女がライネル公国に入るときに、
エリック王から親書を預かっていたんだ。
そこにそのことが書かれていたから、
決して彼女は私たちを欺いていたわけではない。
それはね、彼女を守るためだったんだ」
ミシェルのダークアッシュの瞳が静かにアレックを見つめ、その続きを促した。
「セシリアの母国サイファリアと、
わが国ライネル公国には過去にとても悲しい出来事があってね。
今から12年前に証として立っていたのは、
エリック王の妹のサナ姫という方だった。
この方は特別に際立った美しい方で、
それがある貴族の目に留まって不幸な出来事が起きてしまったんだ。
その後、サナ姫は自らの命を絶ってしまったんだよ」
アレックはやんわりと直接話法を避けているが、
今のミシェルには、サナ姫に何があったのかという事は理解できる。
性という名の厄介な本能は、本来は新たな命を産みだすためのものなのだが、
時としてその命を奪う。
その強烈な欲求をミシェルはもう知っている。
その本能の前ではどんな理屈も道徳も意味をなさない。
そこには命を燃やして輝く崇高な美しさと、
相手を食らい尽くす戦場のような残酷さが混在する。
人は御大層にその残酷な愛を『エロス』と名前を付けた。
しかし同時に相手を大切にしたいと思う欲求がその根底にあるから始末が悪い。
ここに理性vs本能の対決の構図がコングを鳴らす。
「今はミシェルも心と身体が急激に大人に向かって成長していく時期なんだけど、
自身の欲求のままに求めてしまうという事は、
時に相手を死に追いやってしまうほどに
深く相手を傷つけてしまったり、
その結果自身を傷つけてしまうことになりかねない。
ましてやお前たちの場合、当人同士の思いだけではなく、
国家国民を背負い込んだ複雑な政治が絡んでくる。
そういう感じで一国の王太子というのは、恋愛も色々と大変なんだが、
それでもお前はセシリアを守るという覚悟はあるか?」
アレックの言葉に、ミシェルは暫し目を閉じた。
生きるっていうことはつまりそういうことなのだ。
それは何も王族に限ったことではない。
泣いて、笑って、誰かを好きになって、人の営みとはそういうものだ。
そこに政治家も、王族も、農夫もない。
結局のところ、好きなものは好きなのだ。
好きなのだから仕方がないのだ。
理屈じゃない。
これは世界の法則なのだから。
そう思ってミシェルは微笑んだ。
「私はこの国の王太子ですから。
国家国民を守ることも、セシリアをも守ることも、
それはきっと私に定められた召命なのでしょう。
農夫は農夫で、宇宙飛行士は宇宙飛行士で、
誰もがその召命に従って生を全うするのは、きっと大変なことでしょう?
それだけの話です」
「そうか、ではこれをセシリアに渡してあげなさい」
そういってアレックは宝石箱から、サファイアのネックレスを取り出した。
「これは?」
「我が国の秘宝。代々サイファリア王の正妃となる人に渡す品です。
これをセシリアに贈ることで、
我が国からサイファリアへの正式な婚姻の要請となります」
ミシェルはそれを受け取って自身の首にそれをかけた。
そんなミシェルをアレックが微笑を浮かべて見つめた。
「後悔しないように、全力でやりなさい。
私はそんなお前を全力で応援しているよ」
ミシェルはアレックを真っすぐに見つめた。
「これを当たり前のことだとは決して思いません。
ありがとうございます。王配陛下」
そしてアレックの前でミシェルが姿勢を正して敬礼した。
「え? ミシェル?」
そんなミシェルの様子に、アレックが目を瞬かせた。
「ライネル公国の王太子として、正式にセシリアに婚姻を申し込む以上、
私も相応の覚悟を持ちたいと思います。
王配陛下に置かれましては、これまで同様、いえこれまで以上に
若輩者である私にご教授を賜りますよう、お願い申し上げます」
ミシェルの言葉に、アレックが涙ぐむ。
「や~め~てぇ~ミシェル……。うっうっうっ……。
ミシェルの王太子としての覚悟は、嬉しい反面、
父としての心がついて行かないんですけど?」
そういってアレックが自身の両手で顔を覆って泣き出した。
「いや……あのっ……ごめん。泣かせるつもりはなくって……」
ミシェルが少し焦った。
「ミシェルは王太子である前に、私の息子なんですっ!
そうやって敬語で話されたら、なんか心に壁を作られたみたいで、
私の父としての部分が耐えられませんっ!」
そういってさめざめと泣き出す。
(ああ、面倒くせぇぇぇ!)
ミシェルは心の中で絶叫する。
「わかった、わかったから、泣くなっ!
それと申し訳ないけど、
お父さんの今年のクリスマス休暇は私にください」
ミシェルがぽつりとそう言った。
「ん? それはどういうことだい? ミシェル」
アレックが顔を上げた。
「王家の修行場に行き、
一から私に剣術を教えなおして欲しいのです。
王太子として立つ以上、そしてセシリアに正式に婚姻を申し込む以上、
それ相応の覚悟と実力をつけたいのです」
アレックの顔が破顔する。
「えーーーー? ミシェル君冬休み返上して筋トレに励むの?
あれか、いわゆる山籠もりってやつ?
え? え? マジでどこ行く? 南アルプス? それとも飛騨高山?
奇をてらって山陰地方も捨てがたいな」
アレックの機嫌がすっかり直り、スキップしそうなテンションである。
そう言ってアレックがミシェルの隣に腰かけた。
「ミシェル、あのな、ゼノアは女の子だ」
実の父親が言った言葉にミシェルが激しく瞬きを繰り返した。
一見無表情に見えるその思考はエライことになっている。
原始、太古の地上で火山が噴火し、プテラノドンが宙を舞う。
そんなイメージだ。
ーーーーーー 天地創造 ーーーーーー
かっとミシェルが目を見開いた。
「彼女は私の親友であるサイファリアのエリック王の娘で、
ゼノアというのは彼女の双子の兄の名前なのだ」
ミシェルがアレックを食い入るように見つめた。
「彼女の本当の名前は?」
そんなミシェルの眼差しを真摯に受け止めて、アレックが言葉を紡ぐ。
「彼女の本当の名前はセシリアというんだ」
アレックの言葉にミシェルの瞳が見開かれた。
「セシリア……。薄紅の薔薇の名か……」
いつかエリオットが彼女に贈るための薔薇を分けてくれた。
それは奇しくも彼女へのクリスマスの贈り物にと、
密かに大切に育てていた薔薇の名前と同じだった。
「なぜセシリアは男の恰好などして、名前を偽っていたの?
私を欺いていたのか?」
ミシェルの瞳が揺れている。
彼女のことを知りたいという気持ちの中に、
真実を知ってしまうことへの恐れが入り混じっている。
アレックはそんなミシェルの心の機微を受け止めて、
優しく微笑む。
「そうではないのだよ、ミシェル。
私は彼女がライネル公国に入るときに、
エリック王から親書を預かっていたんだ。
そこにそのことが書かれていたから、
決して彼女は私たちを欺いていたわけではない。
それはね、彼女を守るためだったんだ」
ミシェルのダークアッシュの瞳が静かにアレックを見つめ、その続きを促した。
「セシリアの母国サイファリアと、
わが国ライネル公国には過去にとても悲しい出来事があってね。
今から12年前に証として立っていたのは、
エリック王の妹のサナ姫という方だった。
この方は特別に際立った美しい方で、
それがある貴族の目に留まって不幸な出来事が起きてしまったんだ。
その後、サナ姫は自らの命を絶ってしまったんだよ」
アレックはやんわりと直接話法を避けているが、
今のミシェルには、サナ姫に何があったのかという事は理解できる。
性という名の厄介な本能は、本来は新たな命を産みだすためのものなのだが、
時としてその命を奪う。
その強烈な欲求をミシェルはもう知っている。
その本能の前ではどんな理屈も道徳も意味をなさない。
そこには命を燃やして輝く崇高な美しさと、
相手を食らい尽くす戦場のような残酷さが混在する。
人は御大層にその残酷な愛を『エロス』と名前を付けた。
しかし同時に相手を大切にしたいと思う欲求がその根底にあるから始末が悪い。
ここに理性vs本能の対決の構図がコングを鳴らす。
「今はミシェルも心と身体が急激に大人に向かって成長していく時期なんだけど、
自身の欲求のままに求めてしまうという事は、
時に相手を死に追いやってしまうほどに
深く相手を傷つけてしまったり、
その結果自身を傷つけてしまうことになりかねない。
ましてやお前たちの場合、当人同士の思いだけではなく、
国家国民を背負い込んだ複雑な政治が絡んでくる。
そういう感じで一国の王太子というのは、恋愛も色々と大変なんだが、
それでもお前はセシリアを守るという覚悟はあるか?」
アレックの言葉に、ミシェルは暫し目を閉じた。
生きるっていうことはつまりそういうことなのだ。
それは何も王族に限ったことではない。
泣いて、笑って、誰かを好きになって、人の営みとはそういうものだ。
そこに政治家も、王族も、農夫もない。
結局のところ、好きなものは好きなのだ。
好きなのだから仕方がないのだ。
理屈じゃない。
これは世界の法則なのだから。
そう思ってミシェルは微笑んだ。
「私はこの国の王太子ですから。
国家国民を守ることも、セシリアをも守ることも、
それはきっと私に定められた召命なのでしょう。
農夫は農夫で、宇宙飛行士は宇宙飛行士で、
誰もがその召命に従って生を全うするのは、きっと大変なことでしょう?
それだけの話です」
「そうか、ではこれをセシリアに渡してあげなさい」
そういってアレックは宝石箱から、サファイアのネックレスを取り出した。
「これは?」
「我が国の秘宝。代々サイファリア王の正妃となる人に渡す品です。
これをセシリアに贈ることで、
我が国からサイファリアへの正式な婚姻の要請となります」
ミシェルはそれを受け取って自身の首にそれをかけた。
そんなミシェルをアレックが微笑を浮かべて見つめた。
「後悔しないように、全力でやりなさい。
私はそんなお前を全力で応援しているよ」
ミシェルはアレックを真っすぐに見つめた。
「これを当たり前のことだとは決して思いません。
ありがとうございます。王配陛下」
そしてアレックの前でミシェルが姿勢を正して敬礼した。
「え? ミシェル?」
そんなミシェルの様子に、アレックが目を瞬かせた。
「ライネル公国の王太子として、正式にセシリアに婚姻を申し込む以上、
私も相応の覚悟を持ちたいと思います。
王配陛下に置かれましては、これまで同様、いえこれまで以上に
若輩者である私にご教授を賜りますよう、お願い申し上げます」
ミシェルの言葉に、アレックが涙ぐむ。
「や~め~てぇ~ミシェル……。うっうっうっ……。
ミシェルの王太子としての覚悟は、嬉しい反面、
父としての心がついて行かないんですけど?」
そういってアレックが自身の両手で顔を覆って泣き出した。
「いや……あのっ……ごめん。泣かせるつもりはなくって……」
ミシェルが少し焦った。
「ミシェルは王太子である前に、私の息子なんですっ!
そうやって敬語で話されたら、なんか心に壁を作られたみたいで、
私の父としての部分が耐えられませんっ!」
そういってさめざめと泣き出す。
(ああ、面倒くせぇぇぇ!)
ミシェルは心の中で絶叫する。
「わかった、わかったから、泣くなっ!
それと申し訳ないけど、
お父さんの今年のクリスマス休暇は私にください」
ミシェルがぽつりとそう言った。
「ん? それはどういうことだい? ミシェル」
アレックが顔を上げた。
「王家の修行場に行き、
一から私に剣術を教えなおして欲しいのです。
王太子として立つ以上、そしてセシリアに正式に婚姻を申し込む以上、
それ相応の覚悟と実力をつけたいのです」
アレックの顔が破顔する。
「えーーーー? ミシェル君冬休み返上して筋トレに励むの?
あれか、いわゆる山籠もりってやつ?
え? え? マジでどこ行く? 南アルプス? それとも飛騨高山?
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