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最終決戦
水雷戦隊
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ウィスコンシンへの砲撃は全艦一斉に行われた。
同時に放たれた砲弾はウィスコンシンに吸い込まれるように命中する…かに思われた。
ウィスコンシンの艦長は日本艦隊の一斉砲撃の前に舵を切っており全弾が遠弾となった。
そして今度はアメリカ艦隊による砲撃である。
アメリカ艦隊の砲撃は扶桑に41㎝砲を6発命中させることに成功した。
これにより無傷だった扶桑は艦橋が中腹から折れ、至る所がずたずたに引き裂かれ一気に廃艦同然となった。
また西村も戦死しており、福留は静かに扶桑に向け敬礼した。
話は遡るが扶桑と大和がアメリカ艦隊に突撃していたころ、水雷戦隊も突撃していた。
日本が誇る酸素魚雷は長大な射程距離を保持していたが命中率を上げるためには結局10000mまで接近しなければならなかった。
この水雷戦隊の接近はパウネルも認識しており重巡洋艦以下の艦艇に露払いを命じていた。
結果的に重巡妙高、軽巡多摩、吹雪型駆逐艦2隻が撃沈されたが重巡の砲撃によりアメリカ軍にも重巡2隻、駆逐1隻の損害を与え戦場は互角の様相を呈していた。
だがそれは距離が10000mになると一変することになる。
水雷戦隊はそこで312本に及ぶ酸素魚雷を放った。
そして急速に反転する。
これにパウネルは”怖気着いたか”と判断して戦艦同士の砲撃戦に注力していく。
そして扶桑をほぼ撃沈したパウネルは次の目標を大和に定めた時だった。
全戦艦の左舷に水柱が立ったかと思うとにわかに傾き始めた。
「何が起こった!?」
パウネルは慌てながらも情報を得ようとする。
「どうやら魚雷が命中した模様です!」
艦長の報告にパウネルは絶句した。
魚雷を撃ってくる敵艦など先ほどの接近してきていた艦隊しかいない。
だがあの艦隊は10000mで反転した。
「日本はそれほど優秀な魚雷を保持しているということなのか?」
パウネルの言葉に反応する者はいなかった。
水雷戦隊が放った312本の酸素魚雷の内、なんと98本が命中した。
命中率は30%でありこれは演習でもたたき出せなかった数値だった。
そしてその98本の魚雷の大半が戦艦に命中しておりウィスコンシンに8本、サウスダコタに6本、インディアナに9本、マサチューセッツに11本、ミシシッピに6本、ワイオミングに10本、アーカンソーに8本となった。
酸素魚雷の威力は計り知れないものがありアメリカ艦隊の全戦艦は波間に消えていった。
なんとも呆気ない最期にパウネルを口をあんぐらと開けるしかできなかった。
同時に放たれた砲弾はウィスコンシンに吸い込まれるように命中する…かに思われた。
ウィスコンシンの艦長は日本艦隊の一斉砲撃の前に舵を切っており全弾が遠弾となった。
そして今度はアメリカ艦隊による砲撃である。
アメリカ艦隊の砲撃は扶桑に41㎝砲を6発命中させることに成功した。
これにより無傷だった扶桑は艦橋が中腹から折れ、至る所がずたずたに引き裂かれ一気に廃艦同然となった。
また西村も戦死しており、福留は静かに扶桑に向け敬礼した。
話は遡るが扶桑と大和がアメリカ艦隊に突撃していたころ、水雷戦隊も突撃していた。
日本が誇る酸素魚雷は長大な射程距離を保持していたが命中率を上げるためには結局10000mまで接近しなければならなかった。
この水雷戦隊の接近はパウネルも認識しており重巡洋艦以下の艦艇に露払いを命じていた。
結果的に重巡妙高、軽巡多摩、吹雪型駆逐艦2隻が撃沈されたが重巡の砲撃によりアメリカ軍にも重巡2隻、駆逐1隻の損害を与え戦場は互角の様相を呈していた。
だがそれは距離が10000mになると一変することになる。
水雷戦隊はそこで312本に及ぶ酸素魚雷を放った。
そして急速に反転する。
これにパウネルは”怖気着いたか”と判断して戦艦同士の砲撃戦に注力していく。
そして扶桑をほぼ撃沈したパウネルは次の目標を大和に定めた時だった。
全戦艦の左舷に水柱が立ったかと思うとにわかに傾き始めた。
「何が起こった!?」
パウネルは慌てながらも情報を得ようとする。
「どうやら魚雷が命中した模様です!」
艦長の報告にパウネルは絶句した。
魚雷を撃ってくる敵艦など先ほどの接近してきていた艦隊しかいない。
だがあの艦隊は10000mで反転した。
「日本はそれほど優秀な魚雷を保持しているということなのか?」
パウネルの言葉に反応する者はいなかった。
水雷戦隊が放った312本の酸素魚雷の内、なんと98本が命中した。
命中率は30%でありこれは演習でもたたき出せなかった数値だった。
そしてその98本の魚雷の大半が戦艦に命中しておりウィスコンシンに8本、サウスダコタに6本、インディアナに9本、マサチューセッツに11本、ミシシッピに6本、ワイオミングに10本、アーカンソーに8本となった。
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