超量産艦隊

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海軍の休日

休日の終焉

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日本海軍は軍縮条約を発起点として技術開発に力を入れた。
航空技術であったり、電波技術などだ。
そのおかげもあり1929年には欧米とある程度はまともに戦える程度には技術が向上した。
だが、その1929年は世界にとって災厄の年となる。
ニューヨークのウォール街で株価が大暴落したのである。
この影響は世界に波及し、各国の経済はかなり疲弊した。
無論、日本も例外ではなかったが造船業への大投資が成功し、まだまだ余力があった。
そのため1931年にはこの”世界恐慌”の影響から早々に脱することが出来た。
この1931年と言うのがまた絶妙で、実は陸軍の関東軍が満州地方に対して攻撃を行おうとする計画が立てられていた。
経済が回復したため、この計画は見送られたがもし遅れていたら日本は戦争の道へ転がり落ちていたかもしれない。


疲弊した経済を建て直すための方策はいくつかある。
1つは税を減じ、民力休養に努めること。
そして、もう1つが公共事業の大々的な展開である。
代表的なのはアメリカのニューディール政策やドイツのアウトバーンであろう。
ただ、実はこの2つが与えた経済効果と言うのは限定的だ。
では、この両国はどのようにして疲弊した経済を立て直したのか。
それは、軍拡である。
両国は陸海の差はあれど軍拡し、軍需産業を潤わせた。
アメリカの場合は海軍である。
だが、海軍は2つの軍縮条約に縛られている。
これを懸念した時の大統領であるルーズベルトは”エスカレーター条項”なるもの提案。
それは各国の保有トン数を思いっ切って1.5倍とするものだった。
ただ、これはイギリス、フランスの反発を招いた。
両国とも世界恐慌の影響から脱せられていなかったのである。
公共事業と称して海軍の軍拡を行おうにも、国内は先の大戦の傷跡があり到底不可能だった。
結局、このエスカレーター条項を議題とした第二次ロンドン海軍軍縮会議は1932年4月3日に決裂し、世界は再び無条約時代へ回帰したのである。


「まさか条約が破棄されるとはな…」
軍令部総長になり立てであった伏見宮博恭王大将は困惑の歓喜の感情でごちゃまぜであった。
「46㎝砲や航空機の開発も進んでおると聞いています。近いうちに大建艦計画を策定せねばなりませんな」
そう言ったのは軍令部次長であった高橋三吉だ。
彼は山本の前の第一航空戦隊司令であり、海軍航空に明るかった。
「あぁ、全くだ。ただ、戦艦の建造は46㎝砲が完成してからでも遅くはない。先に整備するべきは空母と重巡だ」
伏見宮の言葉に高橋も頷いた。
ちなみに伏見宮が言った重巡とは装甲巡洋艦の改称である。
つまり金剛型装甲巡洋艦は金剛型重巡洋艦となっている。
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