神さまの寵愛も楽じゃない

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3夜、憑き物落とし

15-2、

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 外の空気に触れると、ふうっとため息がでる。
 神坂晴海は事務所を出ている時が多くて、顔を合わせていない。

 理事長がさも不思議だといっていた事件も、憑きもの落としの儀式も、摩訶不思議なことは何もなくて拍子ぬけしてしまった。
 花蓮の首も、ほかの女子たちの首も二つの赤い跡は消えていて、神坂は儀式のおかげだと誇らしげだったのだけれど。

 わたしはなんとなく剣が鞘にぴたりと収まらない感じというか、足に合わない大きな靴をぺこぺこいわせながら履いているかのような、そんな収まりの悪さを感じるのである。

 もう一度、オーディションの暴動事件のときのような、日常がべりりと皮をむかれて妖しい世界が現前するその場に、偶然にも居合わせるかもしれないと、わたしは期待していたのかもしれない。
 あの時の話を誰もしなくなった。
 日を経るごとに、熱中症になったわたし自身が作り出した白昼夢だったのかと思いはじめている自分がいるのだ。

 廊下でも校舎の外でも人の気配はまばらである。
 空はどんよりと曇り、朽葉がかおる。
 雨の匂いがした。 
 遊歩道が閉鎖される約束の時間になっている。
 このような天気では遊歩道から休憩を終え、校舎に向かってくるものもいなかった。
 わたしはポールに巻き付けていた紐をほどき、向こう側のポールの金具に引っかけようと親指に力を入れ、紐の先の輪の金具を開いた。


「ミーナ先輩……」

 背後からの予期せぬ呼びかけに金具を取り落としそうになった。
 わたしをミーナと呼ぶのは花蓮だけで、ミーナ先輩など呼ぶ後輩は今まで誰もいない。

 振り返れば早坂紫苑が遊歩道のベンチから立ちあり、こちらに向かってくるところだった。
 一瞬、なにか獰猛な動物の気配を感じたような気がしたのだった。
 心臓がばくばくと打っている。
 
「びっくりしたわ、驚かさないでよ」
「ごめん。誰かが来るのを待っていたんだ。このところ調子が悪くて。近道で早く帰って寮で休もうと思うんだけど、ここが閉じられる時間ぎりぎりになってしまったから、どうしようかと思っていたところミーナ先輩が来たので」

 確かに、美人でないわたしへの不快な態度はなりを潜め、真っ白な血の気の失せた顔色をしている。
 整った顔が弱れば凄絶な美が現れる。
 早坂紫苑も例外ではない。
 
「ねえ、あんた、ちゃんと食べてるの?それとも眠れている?保健室で休んだほうがいいんじゃない?」

 紫苑は校舎をみて首をふった。
 切羽詰まった目でわたしを見た。

「ミーナ先輩、この結界を張って今日が終わりなら、僕と一緒に寮まで帰らない?」
「付き添いってこと?」
「そう」
「この道で?」
「この道で」

 最後の被害者である花蓮の事件から、もう2週間がたつ。
 看板やメールなどで注意喚起を促しわたしがこうやって毎日封鎖し、学内に入る一般人の身元を厳しく確認するようにしたためか、あれから一度も類似の事件が発生していなかった。不審者もどこか行ってしまったのか。
 わたしの役目も今日で終わる。
 この通路封鎖の紐を渡すも、来週から管理会社の仕事の一環として引き継いでくれることになっている。
 
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