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水かけ祭

24、水の巫女

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「何処に行く?」
ズインはリリアスのお守りである。

「服を着替えたいんだ。こう、パリス風の服が着たい気分なんだ」
賑わう通りをぶらぶらショッピングである。
リリアスはすっきりした女物の服に着替えていた。

「おい?いったいどういう風の吹きまわしなんだ?」
リリアスが普段着に女子の服を着ることはバラモンにいるときにはなかったからだ。

リシュアと一体となっていた意識が、リリアスには残っているような感じがあった。
リヒターの妻として過ごした5年間、完全な女性として振る舞っていたのだ。
美しく装うことは日常の身だしなみのひとつとなっていた。
その感覚がリリアスに続いている。

指の装飾も道にたくさん並ぶ屋台のひとつでしてもらうことにする。

「どんなのが良いですか?」
顔を派手にメイクしているアーティストの娘がリリアスに聞く。
最近の人気は花の紋様だそうだ。
リリアスは、ふと浮かんだ模様を描いて示した。
それをみて、娘は綺麗な柄ですね、という。
リリアスは指から手の甲、肘近くまで紋様を入れてもらった。
バラモンでは髪染めに使われる、ヘナを利用したヘナアートである。
ごしごしこすらなければ7日間ほどもつものだった。

「それいいな」
ズインは言う。

ふふっとリリアスは笑って艶かしく腕をくねらせてみせた。
ズインは今すぐ豹に変身して、その腕に抱き締めて欲しくなったのだった。



通りでは水を掛けあう、フライングもはじまっている。
リリアスたちは綺麗な格好なので狙い難いようであった。
そんなとき、角を曲がったとたん、リリアスは走ってきた娘と衝突する。

「きゃあ」
二人は絡まって転ぶ。

リリアスは咄嗟に受け身を取っていた。娘はリリアスの腕の中でショックで呆然としているようだった。

「大丈夫か?」
ズインは娘ごとリリアスを助け起こそうとする。
だが、娘ははっとすると最後まで起こされるのを待てず再び駆け出そうとした。

「おいっ、そんなに慌てるとまたすっころぶぞ!」
娘は派手にひとりでスッ転んだ。

リリアスは娘の顔にただ事ならない恐怖を見ていた。
娘は長い黒髪。
パリスでは、多くはないがしばしば見かける髪色である。
リリアスはその娘に意識を伸ばして探ってみる。
彼女は加護のひとつも持っているようではなかった。


「大丈夫?」
リリアスは声を掛ける。
「放して!逃げなきゃ!」
娘は必死の形相である。
娘はリリアスをつかんで起き上がり、走り出そうとする。

「何から逃げているの?僕たちが助けになるよ!」
リリアスは逆に娘をつかんで放さない。
ズインはそれを見て、厄介事に巻き込まれていく予感がしたのだった。


パリスの娘が落ち着くまで河辺の木陰に休む。
道に向かって大きな街路樹があり、人目をある程度避けられるところだった。

「わたしは水の巫女なのです」

娘は話しだした。
毎年、水かけ祭では祭の初日に巫女が舞を水の精霊に捧げ、運河から引いた水に入り、水の精霊の妻になるという神事があるという。
その祭の水の巫女役には、毎年黒髪の娘が選ばれるのが通例である。

王宮の神官は、パリス国の美しい娘の噂を聞き付けて、水の巫女に指名するという。
選ばれることは名誉で、家族の誉れ。
国から多額の褒賞金が家族に支払われる。
その後は、王宮や教会、またそれらに関係した希望する仕事につけるという。

パリスの国で黒髪に生まれついた女子は皆、この新年の祭りの主役である水の巫女に選ばれることを一度は夢みるのだった。

ビビアンのところにも、神官が訪れて水の巫女に選ばれたことが告げられた。
ビビアンの周りは天地をひっくり返したような大騒ぎとなった。
彼女の元に神官の使いが来る。
家族を残し田舎町を出て、先日から王都入をしていた。

「でも変な噂を聞いたのです。
祭りの水の巫女は水の精霊の生け贄にされ、生きて帰った者はひとりもいないって。
だからわたし、怖くなって、、、」

ビビアンの親は既に大金をもらい、鼻高々である。
両親には申し訳ないとは思うがビビアンは16才。噂通りなら、自分の命は明日の朝で終わるのだ。

「どこか遠くへ逃げようと思って」

祭の初日の水の巫女のセレモニーに、パリスの王子が参加する話をリリアスは聞いていた。
今年は第二王子の番だという。

「それ、僕が変わろうか?」

水の精霊はリリアスを傷つけることはないはずである。
なにか、別のからくりがあるように思えるし、ただの都市伝説的な噂かもしれないとも思えたが、セレモニーにパリスの王子が参加するということはつまり、ルージュと話ができる千載一遇のチャンスだと思った。


娘の服とリリアスの服を交換する。
二人の背格好はとても似ていた。
黒い髪も同じぐらいの長さである。
違うといえば、リリアスの髪は艶のあるぬばたまの黒。

「ズイン、後はよろしく!僕はパリスに来た目的を果たしに行く!」

(おいおいおい、なんの目的なんだよ!)

リリアスが本気になると、ズインにはどうやっても止められない。
「心配だったら水の巫女の神事を見に来て!」

リリアスはビビアンとなって足早に町を駆けた。
追っ手は神官が派遣したものだった。
彼らは娘の顔をよく知らない。
黒髪の、走って逃げた娘をとらえるように指示されていた。
思惑通り、リリアスは捕まえられた。
こうしてリリアスは、ビビアンの替わりに王宮内の神殿の一室に連れ戻される。
快適な部屋である。
今度は見張りを扉に立たせているようだった。

若手の神官に逃げ出したことを叱られる。
急に多くの人の前で大役を果たさなければならないのが怖くなって、という。
その神官はさもありなん、という顔をする。

彼と明日の手順の確認などをして、リリアスはそこで一晩過ごす。
翌日の朝、大観衆を前にして水の神への神事が執り行われるのである。

今年は、水の神の神事を皮切りに、水かけ祭りが三日間続き、その後パリス三百年建国祭が行われる予定であった。




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