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第6話 ベルゼラの王
44、夜の気晴らし①
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王の帰還の王城全体を巻き込んだ騒がしい1週間がすぎると、雨が降るようになる。
雨が降っては暑さが和らぐような気がしてユーディアは雨が嫌いではない。
雨に打たれてはしゃぐことは、ここでは誰かに見られるとひんしゅくを買ってしまう。衝動を押さえ、想像にとどめておくということも覚えてしまった。
星の宮では最近、来客が続いている。
来客は馬車で星の宮の玄関口にまで馬車でのりつけてくることもあれば、おつきの者に日傘をさしかけさせて、歩いてくることもある。
男も女もいたが、最近は美しく着飾った令嬢の来客が多い。
小姓のユーディアは、来客を星の宮の内部にある小さな庭園に案内する。
ジプサムは笑顔で彼女たちとティータイムを庭園で過ごし帰りは玄関まで送っていく。
「今度はこちらからお誘いいたしますよ」
そういって送り出された娘たちは、再び星の宮に訪れることはない。
娘たちの予期せぬ来訪が複数重なったときは、娘たちが顔を合わせることのないように彼女たちが待つ部屋を変えて、ユーディアはジプサムが多忙のために少しお待ちいただくことを伝える。
「それならば喜んで待たせていただきますわ。ジプサムさまには、急な訪問のご無礼のお詫びと、お急ぎになられませんようにお伝えくださいませ。サニジンさまは、今はどちらに?」
たいてい、彼女たちはサニジンの名前を告げる。
ユーディアがはじめのうちは彼女たちがサニジンにも用事があるのかと思い、その都度サニジンに告げる。
サニジンは来客の名前によって、応対するかどうかを決めているようである。多忙を理由に令嬢の相手をしないことも多い。
「彼女たちは、ジプサムさまの妃候補の娘たちだよ。アムリア妃が送り込んできているのが大半ではあるが、中にはアムリア妃以外のルートでも妃候補が送り込まれてきているようだね」
「ジプサムが結婚……」
サニジンは気の毒そうにユーディアを見た。
「ジプサムさまが、お前に多大に目をかけているとはいえ、いずれご結婚されることになるだろう。ジプサムさまは力を欲しておられる。容易に手に入れられる手段があるのに、それを使わないこともないだろう」
「婚姻」
「そうだ。レグラン王も妃は三大勢力の家門のそれぞれ二人の娘と結婚している。だから、お前もいずれそうなるものと、覚悟をしておくことだ」
「色小姓はただの噂で、サニジンに気を使われる意味がわからない」
「そんなことはないだろう。現に結婚と聞いて不機嫌になったじゃないか」
「そんなことはないことはない。僕は気にしていない」
むっと口をユーディアは尖らせると、すかさずこつんと頭を小突かれた。
「その口元、子供っぽいから気を付けろ。ジプサムさまがどういうつもりなのか、直接聞いてみたらどうだ?それに、ユーディアが気にしても気にしなくても先方が気にするかもしれないが」
サニジンはその令嬢が待つ応接室へ向かう。
今日の3人目の娘は黒髪の美しい娘だった。
床をこすりそうな長い裾のドレスは手の込んだ刺繍が華やかである。
レースの裾からちらりと見えるヒールの靴は桃色のエナメルで、ユーディアは何で染めたのか想像もつかなかった。
彼女は騎士を一人連れていた。
星の宮に訪れる娘たちは皆、侍女かもしくは騎士を連れてきている。
令嬢がサニジンと会話をして、ジプサム王子の近況などを確認していた。
時間があるのならば先にジプサムの情報を仕入れておこうというところのようだった。
サニジンは笑顔ながらあたりさわりのない受け答えで、個人的な情報を一切令嬢に伝えない。
会話のネタが尽き、令嬢の視線がユーディアに向かい、ユーディアからも情報を引き出そうと始めるころ、ようやく応接室の扉がひらかれ、ジプサム王子が訪れた。
娘が立ち上がるとドレスが広がりその場に花が咲いたように部屋全体が明るくなった。
艶のある黒髪がユーディアの目の前を流れ、バラの花のような残り香が鼻腔をくすぐった。
ユーディアの胸がちくりと痛む。
同じ黒髪でもユーディアの髪は手入れもされず一つに片側にまとめられているだけである。
「お待ちしておりました。押しかけまして申し訳ございません。アムリアさまからお話をいただいていてもいたってもいられず……」
サニジンを相手にしていた時には見せないとろけるような笑顔を令嬢は見せた。
ユーディアには言葉を交わすのも面倒そうだったが。
「母はいつも先走っておりまして、申し訳ございません。せっかく来てくださったのですから、宮の方丈庭園にでもご案内し、そこでお茶でもいたしましょう 」
ジプサムは待たせた詫びを告げ、他の令嬢と同様に庭園に誘う。
令嬢を連れるジプサムの背中はユーディアの知らぬ男のように思えた。
あのさらさらの髪の娘はジプサムの心をとらえるのだろうか。再びこの宮の応接室に、そしてジプサムの寝室に招き入れられることがあるのだろうか。
ユーディアの心は、小石が投げ入れられたかのようにざわついたのだった。
雨が降っては暑さが和らぐような気がしてユーディアは雨が嫌いではない。
雨に打たれてはしゃぐことは、ここでは誰かに見られるとひんしゅくを買ってしまう。衝動を押さえ、想像にとどめておくということも覚えてしまった。
星の宮では最近、来客が続いている。
来客は馬車で星の宮の玄関口にまで馬車でのりつけてくることもあれば、おつきの者に日傘をさしかけさせて、歩いてくることもある。
男も女もいたが、最近は美しく着飾った令嬢の来客が多い。
小姓のユーディアは、来客を星の宮の内部にある小さな庭園に案内する。
ジプサムは笑顔で彼女たちとティータイムを庭園で過ごし帰りは玄関まで送っていく。
「今度はこちらからお誘いいたしますよ」
そういって送り出された娘たちは、再び星の宮に訪れることはない。
娘たちの予期せぬ来訪が複数重なったときは、娘たちが顔を合わせることのないように彼女たちが待つ部屋を変えて、ユーディアはジプサムが多忙のために少しお待ちいただくことを伝える。
「それならば喜んで待たせていただきますわ。ジプサムさまには、急な訪問のご無礼のお詫びと、お急ぎになられませんようにお伝えくださいませ。サニジンさまは、今はどちらに?」
たいてい、彼女たちはサニジンの名前を告げる。
ユーディアがはじめのうちは彼女たちがサニジンにも用事があるのかと思い、その都度サニジンに告げる。
サニジンは来客の名前によって、応対するかどうかを決めているようである。多忙を理由に令嬢の相手をしないことも多い。
「彼女たちは、ジプサムさまの妃候補の娘たちだよ。アムリア妃が送り込んできているのが大半ではあるが、中にはアムリア妃以外のルートでも妃候補が送り込まれてきているようだね」
「ジプサムが結婚……」
サニジンは気の毒そうにユーディアを見た。
「ジプサムさまが、お前に多大に目をかけているとはいえ、いずれご結婚されることになるだろう。ジプサムさまは力を欲しておられる。容易に手に入れられる手段があるのに、それを使わないこともないだろう」
「婚姻」
「そうだ。レグラン王も妃は三大勢力の家門のそれぞれ二人の娘と結婚している。だから、お前もいずれそうなるものと、覚悟をしておくことだ」
「色小姓はただの噂で、サニジンに気を使われる意味がわからない」
「そんなことはないだろう。現に結婚と聞いて不機嫌になったじゃないか」
「そんなことはないことはない。僕は気にしていない」
むっと口をユーディアは尖らせると、すかさずこつんと頭を小突かれた。
「その口元、子供っぽいから気を付けろ。ジプサムさまがどういうつもりなのか、直接聞いてみたらどうだ?それに、ユーディアが気にしても気にしなくても先方が気にするかもしれないが」
サニジンはその令嬢が待つ応接室へ向かう。
今日の3人目の娘は黒髪の美しい娘だった。
床をこすりそうな長い裾のドレスは手の込んだ刺繍が華やかである。
レースの裾からちらりと見えるヒールの靴は桃色のエナメルで、ユーディアは何で染めたのか想像もつかなかった。
彼女は騎士を一人連れていた。
星の宮に訪れる娘たちは皆、侍女かもしくは騎士を連れてきている。
令嬢がサニジンと会話をして、ジプサム王子の近況などを確認していた。
時間があるのならば先にジプサムの情報を仕入れておこうというところのようだった。
サニジンは笑顔ながらあたりさわりのない受け答えで、個人的な情報を一切令嬢に伝えない。
会話のネタが尽き、令嬢の視線がユーディアに向かい、ユーディアからも情報を引き出そうと始めるころ、ようやく応接室の扉がひらかれ、ジプサム王子が訪れた。
娘が立ち上がるとドレスが広がりその場に花が咲いたように部屋全体が明るくなった。
艶のある黒髪がユーディアの目の前を流れ、バラの花のような残り香が鼻腔をくすぐった。
ユーディアの胸がちくりと痛む。
同じ黒髪でもユーディアの髪は手入れもされず一つに片側にまとめられているだけである。
「お待ちしておりました。押しかけまして申し訳ございません。アムリアさまからお話をいただいていてもいたってもいられず……」
サニジンを相手にしていた時には見せないとろけるような笑顔を令嬢は見せた。
ユーディアには言葉を交わすのも面倒そうだったが。
「母はいつも先走っておりまして、申し訳ございません。せっかく来てくださったのですから、宮の方丈庭園にでもご案内し、そこでお茶でもいたしましょう 」
ジプサムは待たせた詫びを告げ、他の令嬢と同様に庭園に誘う。
令嬢を連れるジプサムの背中はユーディアの知らぬ男のように思えた。
あのさらさらの髪の娘はジプサムの心をとらえるのだろうか。再びこの宮の応接室に、そしてジプサムの寝室に招き入れられることがあるのだろうか。
ユーディアの心は、小石が投げ入れられたかのようにざわついたのだった。
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